ヴィンス――聖受暦1,536年木耀月22日 晴れ
夏も盛りの今日この頃。
新に砦に単騎で突撃してきたお爺さんは、見上げるような長身のマッチョ武人でした。
うわぁ……。
自分では物怖じしない方だと思っていたんだけどなぁ。
特に対人時には。
だけど初めて見る部類のカテゴリに属していそうな『老人』に、俺もどう接したものか迷いが生じる。
心身ともに健康で、火傷しそうな熱さを感じました。
この夏という季節じゃなくって、初めて会うお爺さんに。
父さんはこのお爺さんのことをどうやら知っているらしい。
直に言葉を交わすのは初めてだって、挨拶の内容から察したけれど……気のせいかな、父さんの目が死んでる気がする。
え、と……父さんの緑の目が、何故か灰色に見えた。
おまけにどうやら本心からお爺さんに対して、なんだか腰が引けてるというか……えぇと、もしかして恐縮している?
父さんがそんな風になるなんて、このお爺さんは何者だろう?
砦に住まう許可を求めて父さんと話をする、お爺さん。
部屋の中、言葉を交わす2人を見守る周囲。
……どうやら軍部出身の人は、あのお爺さんのことも知っていそう。
俺はさりげなく壁沿いに横歩きで移動して、手頃な場所にいたウィルギリスクさんに聞いてみることにした。
物知りな彼なら、多分的確な説明をしてくれるだろうと期待して。
「ウィルギリスクさん、父さんがなんだか新鮮な反応を見せてるんだけど……あのお爺さん、そんなに大物なんですか?」
「あ、ああ、ヴィンス君は知らないのか」
良く見ると、彼の瞳にも強い困惑。
さりげなく父さんに向かって合掌しているのは……「御愁傷様」ってこと?
「ヴィンス君、あの方に失礼はない方が良いよ」
「それは、この空気を読めばわかりますが……何者なんですか?」
「あの方は――デューケリス・ヘルヘブン閣下。紛れもなく本物の『一騎当千』……僕らの様な紛いモノではなく、ね」
「へ、へえ? 何だか凄く凄そう……」
「あの方のお陰で命を拾った軍人は数えきれませんよ。四十代以上の年代の軍人は確実に大なり小なり、あの方の影響で3度は命を拾っているはずです」
「ってことは、父も例に漏れず……ああ、だからあんな脂汗が」
「ベルフロウ閣下は……確か初陣で大きな戦に当たり、ヘルヘブン閣下の獅子奮迅の戦働きによって生還適った部隊にいらっしゃったとか」
「ということは、俺達が生まれたのも父を生き延びさせてくれた、あのお爺さんのお陰ということですね。俺にとっても間接的に恩人じゃないですか」
「ええと、伝説の人なんですよ? ヴィンス君? あの人、生きる伝説」
あの年齢層の人が砦の仲間入りを希望してやってきたのは初めてだけど、そんなに凄い人なら無碍には出来ないと思う。
それが命を救ってもらったと考えている側なら尚更。
父さんの泳ぐ目と脂汗がそれを証明している。
きっとあのお爺さん、今日から仲間になるんだろうな。
何だか押しが強そうだし、凄い人なら怒られないように気をつけよう。
俺は軍人じゃないから軍部式の礼儀とかはわからない。
だけど俺は父の息子だから、俺に失礼があったら父の面目が潰れる。
軍部式はわからなくっても、人としての令節を弁えて行動すれば大丈夫かな?
しっかりと躾てくれた母さんの教育を疑われない為にも、父さんの親としての器量にがっかりされない為にも。
とりあえず俺まで怖気づいていたって仕方がない。
ここは自分から率先してお爺さんに声をかけに行こう。
偉い人だからって委縮していても、良い関係は築けない。
俺にそれを教えてくれたのは、父さんの筈なんだけどな。
俺の目から見て、なんだか父さんが委縮しているように見えた。
…………えっと、仕方ないよな。うん。
俺は俺として、父さんに良い息子を持ったって思ってもらえるように良好な関係構築、がんばろう。
一緒に暮らす相手なんだから、避けたってどうにもならないんだから。
何か困っていたら、家主の息子として俺が助けるべきだし。
考えが纏まったタイミングで、丁度良く父さんとお爺さんの会話は終了した。
やっぱり思った通り、父さんが押し負けたようだ。
今日から屈強な老人戦士が仲間入りします。
……ちなみに一人称は『拙者』だった。
今時分、そんなの使う人は初めて見た……。




