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ヴィンス――聖受暦1,536年水耀月24日 雨


「おはようございます」

 扉越しにかけられた声は、若々しく柔らかかった。

 だけど震えの一切感じられない凛としたもの。

 目覚めたばかりの青年達は、声に青竹の印象を受けた。

「昨夜はよく眠れましたか?」

「ええ、お陰様で。君は昨日、部屋に案内してくれた……?」

「あ、申し遅れました。昨夜はお疲れの様子だったので、先に部屋までお通ししたから自己紹介をしていませんでしたね」

 にこりと微笑む顔は、沢山の同居人に揉まれた故か人懐っこい。

「俺の名前はヴィンセント・ベルフロウ。ルーゼントの長男です」

 母親譲りの金髪に、父親譲りの緑の瞳。

 少年期を脱したばかりの青年は、温和な笑みを新たな同胞に向ける。


「ようこそ、ルーゼントの砦へ!」


 部屋への案内など、その辺の下っ端か使用人がするもの。

 そういう認識でいた青年達はたいそう驚いた顔を見せる。

 だがその驚きも直ぐに厚い面の皮の下に隠され、彼らは友好的な微笑を浮かべた。

「これは大変失礼を……閣下のご子息様だったとは」

「あはは。ここは俺にとっては家ですからね。父親の雑用を息子がこなすのはありでしょう? 俺は父の部下って訳でもないんで、気軽にヴィンスと呼んで下さいよ」

「いえ、そこは父君の部下ではないからこそ、気軽には接するべきではないかと……流石にそこまで簡単には呼び辛いのですが」

「まあ俺の方から強制はできませんけど。色々な人がるし、それで満足するなら好きに呼んで貰っても良いですけど」

「それでは若君とお呼びしましょう」

「うわー……なんか最近、それ流行ってんですか?」

 砦も随分と人が増えてきた。

 最初の頃のような気安く、馬鹿の多い雰囲気も段々と鳴りを潜めつつある。

 将軍(元)の直属ともいえる男達と、その下部に配される男達。

 人が増えすぎたことで、ある程度の秩序だった階級分けが自然となされるよう。

 立場を考える者も増えた。

 それ以前に、将軍(元)のことを流言飛語でしか知らず、噂で憧れてきたような者達や、仲間になったばかりで直接交流の無い者達は将軍(元)一家を偶像化して無駄に敬う節がある。

 つい数年前まで、ヴィンスはただの少年だった。

 だがこの辺境の地に来て以来、周囲に立場を持ち上げられている気がする。

 よって、未だ身分としては『村人』に過ぎないはずの彼が、どこかの御曹司のような下にも置かぬ扱いを砦の住民達から受ける羽目になっていた。まあ、持ち上げてくる相手は一応『父の配下』なので、御曹司という扱いも間違ってはいないのだが。

 本人もわかっているので無駄な抵抗はしない。

 父親と違って。

 

 ヴィンスは父の持つ影響力やカリスマを理解していた。


 ある意味、父親以上に冷静な目でヴィンスは周囲の変化を感じ取っている。

 というよりも母親が亡くなって意気消沈していた父親を復活させようと、父を追ってきた男臭い連中を煽った自覚があるので文句は言えない。どのように自身の状況が変わろうと、自分の責任も少なからず自覚していたのでヴィンスは甘んじて受け入れていた。 

 それでも意識の根底に、『家の仕事は手伝わなきゃ』という考えがあるので、ついつい自分に出来る範囲で働こうとしてしまう。

 根が働き者なのだ。

 それが雑用であろうと肉体労働であろうと案内係であろうと。

 率先して動く働き者のヴィンスは、温厚な振る舞いもあって砦の皆に可愛がられていた。


 今もまた、気が利くヴィンスは率先して動き回る。

 今日の仕事は、『新人』の中でも特殊な背景を持つらしい2人の案内と決めていた。

 これが普通の新参者であれば、先輩に当たる者達がマニュアル化した『歓迎』をしつつ、色々と教えるのだが……どうもこの2人には気を使った方が良さそうだと自分で考えたヴィンスは、自ら案内することに決めたようだ。

 そう、重要人物として。


 何しろ目の前にいるのは、王国でも一部に名の知れた相手。

 数年前、王に諌言したことが原因で不興を買い、処刑された前宰相……

 その孫息子と、学問の兄弟子だというのだから。


 ある意味、とても重要な人物。

 もしかしたら指名手配されていてもおかしくはない。

 だが、だからといってこの砦が彼らの受け入れを拒否することもない。

 元々が王国に嫌気が差して軍を辞めた元将軍と、彼を慕って集まった野郎共の集まりだ。

 王国に睨まれた相手だからと言って、無碍にするはずが無い。

 そんな相手でも怯まずに受け入れる父の度量に、ヴィンスも誇らしい気持ちでいっぱいだ。

 ……例えそれが、実は言い包められただけだろうと。

 王国の顔色を窺ったり、機嫌を気にしたり。

 そういうことをしない父。

 母を腐った貴族の犠牲にされたヴィンスは、権威に尻尾を振るような男を父と呼ぶ気はない。

 だから、彼は父の姿をこの上なく尊敬している。

「さて、この砦も実は特に収益がある訳じゃありません」

「傭兵をされていると聞きましたが……」

「誰かに雇われてる訳じゃありませんから。だから基本的に、皆で仕事や当番を回してるんですよ。開墾して畑作ったり、狩をしたり、村人たちを助けたり、周辺の警戒をしたり、砦の手狭になった箇所を増改築したり、蛮族を逆襲したり」

「最後の一つが明らかに物騒ですね。嫌いじゃありません」

「あと牧場っぽいこともしてたり。後は砦の中の世話ですね。全部、担当区域ごとに当番制で回してます。ところで狩や周辺の警戒や蛮族の襲撃対策である程度は武器の扱いが必要になりますが……何か得意なものとかは?」

「ああ、それでしたら弓を少々。僕もこいつも、ある程度は使えます」

「隠遁生活の間は、自分達でお肉を捕まえてましたからね……やっぱり自分達も男なので、どうしても肉料理がないと口寂しくって」

「ああ、わかります。わかりますよー……俺も育ち盛りだし」

「ですよねぇ」

「あ、あと罠の設置が得意です」

「罠ですか? トラバサミとかの?」

「生物の習性や行動範囲を分析して、それぞれに合わせた罠を作成・設置するんです」

「何しろ森の奥でしたから。考える事柄が少ないので、2人で競ってより効率の良い罠を考案することに思索の時間を費やしていました。最終的には熊なんかも捕まえていましたね、罠で」

「わあ、何やってるんだろうこの人たちー。すっごく心強いですねー」

 何をやっているんだろうと思いつつ、微笑み混じりに流すヴィンス。

 砦に日夜押し寄せる様々な人々。

 来歴も人それぞれに違う。

 そんな野郎共と毎日接する青年は……父親よりも柔軟なメンタルをしているようだった。




前宰相の孫息子 → 後に工兵隊を預かる

その兄弟子 → 未来の軍師&宰相

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