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第七話 頑張れ優一! 運命を左右する期末テストついに始まる

「ただいま母さん」

「おかえり優一。明日からの期末テスト、全力を尽くすのよ」

「うん! もちろんだよ」

 期末テスト初日前日、授業は四時限目までだったため、優一はお昼過ぎに帰って来た。

 昼食に母が用意してくれたカツカレーを食べたあと、自室に向かう。

「優一君、いよいよ明日からね」

「優一さん、今日は明日ある科目の最終確認をしていきましょう」

「ユウイチくん、all night studyingは逆効果だよ」

「ユウイチラコイド、体調は万全かな?」

「優一お兄ちゃん、塾行き回避を目指して極限まで頑張ろうね。塾なんか行かされたらあたしと遊ぶ時間が少なくなっちゃうもん」

 部屋に入るといつものように、教材キャラ達が飛び出して来た。

「うん。頑張るしかないからね」

優一はわりと乗り気で机に向かう。明日行われる科目は化学基礎、保健、数学Ⅰだ。

「ユウイチラコイドは保健好き? 保健って、性教育分野があるでしょ」

 照水裸が興味津々な様子で問いかけてくる。

「その分野は高校ではまだだよ。今回の範囲は精神の健康と交通安全と運動技能の構造のところだから」

 優一が素の表情で伝えると、

「なぁんだ。性教育じゃないのかぁ」

 照水裸はちょっぴりがっかりした。

「照水裸ちゃん、からかっちゃダメよ。保健は一部、現代社会と被る分野もあるのね」

「あいだぁーっ! からかってないのにぃー」

 真桜里に背中をパチーンッと思いっ切り叩かれ、照水裸はかなり痛がる。

「これは使えるわね」

 真桜里は、優一が今日学校から持ち帰った体育実技副教材の剣道が載っているページから竹刀を取り出したのだ。

「あの、真桜里ちゃん。まさか、それで俺を……」

 優一は顔を引き攣らせながら質問した。

「もちろん。優一君、サボったら、これで思いっ切りパッチンするからね♪」

 真桜里は竹刀を優一の肩の上に乗せて、にこりと笑う。

「てっ、手加減してね」

 優一はびくびくしながらお願いした。

「マオリソソームに叩かれたくなかったらさっそく化学、化学。今日はアタシが作った直前対策予想問題集を解いていこうぜ。そういやユウイチラコイド、中学の頃、フレミングの左手の法則ってのを習ったでしょ? フレミングには右手の法則もあるの知ってる?」

「知らないよ」

「やっぱりか。高校物理の範囲だからな。左手の場合、中指が電流、人差し指が磁界、親指が導体にかかる力の向きなんだけど、誘導起電力の向きの場合は右手だぜ。指はそれぞれ直角にしてね」

 照水裸は強引に優一の右手のその三本の指を反らしてくる。

「いっ、痛いよ、照水裸ちゃん」

 優一は苦しそうな表情。

「すまんねえユウイチラコイド、これも学習のためだからちょっとだけ我慢してくれ。フレミングの右手の法則は、中指が起電力の向き、人差し指は磁場の向き、親指が導体の動く向きなのだ。もう少しきれいな直角に」

 照水裸は構わず真剣な表情で指をいじくり続ける。

「いたたたぁっ!」

 優一はさらに痛がる。

 次の瞬間、ポキッ! と、乾いた音が響いた。

「いっ、てぇぇぇぇぇぇぇーっ!」

 ほとんど間を置かず、優一はかなり大きな叫び声を上げた。

「あっ、優一さんの右手指が変な形に!」

 弥生は焦りの声を上げる。

「捻挫した場合、冷やすと効果的だと保健の教科書に書かれてあるよ」

 根位比愛はそれを眺めながら冷静に説明した。

「じゃあ早急にそうしなきゃ」

「そういえば弥生ちゃん、手をかざせば怪我を治せるという治癒魔法的な設定が備わっていませんでしたっけ?」

「そんな設定もあったんだ! どうりで俺が体罰で受けた痣とか、痛みも一晩寝たらすっかり消えてたわけだ。助かるよ、弥生ちゃん、早く治して」

「あの、優一さん、大変申し上げにくいのですが、わらわの力で即座に治癒出来るのは打撲、切り傷、刺し傷のみで、捻挫や骨折、風邪は不可能なのです。申し訳ございません」

 弥生は優一に向かって深々と頭を下げた。

「そっ、そんな、いたたたぁ」

 優一は大変苦しそうな表情。

「すまねえ、ユウイチラコイド。やり過ぎた」

照水裸がぺこんと頭を下げて謝罪したその直後、

 ドスドスドスドスドス――。小刻みな低い音が聞こえて来て、

「どうしたの? 優一ぃ。大声出して」

 母がお部屋に入って来た。優一のことが心配になり、急いで駆け上がって来たようだ。

教材キャラ達はすぐさま自分のテキストに隠れて見つからずに済んだ。

「母さん、俺、フレミングの法則を、確かめようとしたら、右手の指を捻挫して」

「優一ったら、フレミングは左手でしょ。これは、病院行った方がいいわね」

 痛がる優一を見て、母はにこにこ微笑む。

「うっ、うん」

 優一は母に連れられ、近所の外科医院へ向かったのだった。

            *

約一時間後、優一は右手親指、人差し指、中指に包帯が巻かれた状態で家に帰って来た。

「ごめんなさーい、ユウイチラコイド」

 優一が自室に入った瞬間、照水裸は土下座姿勢で謝罪してくる。彼女はとても気にしている様子であった。

「優一お兄ちゃん、照水裸お姉ちゃん無限大に反省してるから許してあげて」

「テスラちゃんも悪気があってやったわけじゃないから」

 根位比愛とモニカは減刑を求めてくる。

「あの、照水裸ちゃん。俺、全然怒ってないから。むしろ、新しい知識を教えてくれて、感謝してるよ」

 優一は、しょんぼりしてしまった照水裸に優しく話しかけた。

「ほっ、本当か?」

「うん!」

「ありがとう、ユウイチラコイド」

 照水裸は頭をくいっと上げ、立ち上がると優一にきゅっと抱きつく。

「ユウイチくん、toreranceだね。さすが草食系」

 モニカに感心気味に褒められ、 

「いやぁ、それは関係ないと思うけど」

 優一は苦笑いする。

「さあ優一君、テスト勉強再開よ。椅子に座りなさい!」

「わっ、分かった」

真桜里から命令されると優一はパブロフの犬のごとく条件反射的に椅子に座った。左手にシャーペンを持ち、やりにくそうに化学の照水裸が作った予想問題集を解いていく。

「優一君、怪我をしているからといって、甘やかすことは一切しないからね。きっちり制限時間内に解いてもらうわよ」

「えっ、それは勘弁してくれよ。左手だと書きにくいのに」

「ダメッ! これも予期せぬ事態に陥った時の耐性を付けるためよ」

「入試当日に、優一さん一人が風邪を引いたり怪我をしたりしたからといって、日にちを変更することはもちろん時間延長も認めてくれないですからね」

 弥生は真剣な眼差しで忠告してくる。

「そっ、そうだね。学校のテストでもそうだもんな」

 優一はハッと気付かされた。

 こうして優一は、その後も明日ある科目を厳しく鍛え上げられていった。


         ☆


迎えた翌日、期末テスト初日。

「優一くん、どうしたの? その手」

 朝、いつもより十五分くらい早く迎えに来てくれた実帆は、心配そうに接してくる。

「その……」

「フレミングの法則を確かめようとしたら捻挫したのよ。全治一週間だって」

 母はにこにこ顔で伝える。

「そうなんですか。すごく痛そう。字はちゃんと書ける? おしりは自分で拭ける?」

「まあ、左手でなんとかね」

「優一ったら、フレミングなのに左手じゃなくて、右手を捻挫させたのよ」

「おば様、フレミングの法則には右手のもありますよ」

「あらま、そうなの?」

 実帆から知らされたことに、母は少し驚く。

「化学の範囲では使いませんけど」

 実帆はにこやかな表情で付け加えた。

「そっか。じゃ、いずれにせよ間違えたのね。左手じゃ書きにくいけど、ノルマは一番たりとも下げないわよ」

 母はにやりと笑う。

「母さん、これくらいハンディじゃないよ。昨日、左手で書く練習いっぱいしたからね。左手でも、絶対百位以内に入ってみせる! じゃあ母さん、行ってくるね」

 優一は強く言い放った。

「頑張れ優一くん。それじゃ、行って来ます、おば様」

こうして二人は仲睦まじく学校へ。


「ゆういち、どうしたその手?」

「捻挫ではないか?」

 やはり圭太と駿平が心配して来た。圭太はテスト期間中だけは早めに学校に来るのだ。

「右手捻挫しちゃって、左手で書かなきゃいけないから、ちょっとハンディになるな」

 優一は困惑顔で呟く。

「全力を尽くせ。ドゥーユアベスト。おれも昨日は全然勉強出来ひんかった。アニメのチェックが忙しくて」

 圭太はにこっと笑いながら優一を励ます。

「やっぱ誘惑に負けたか。俺は今回はテスト終わったあとにまとめて見ることにするよ」

「おう、ゆういち。烈學館行きアニメ雑誌類捨てられ回避のために本気モードになれたみたいだな」

「まあね。でも左手じゃ答書くのにちょっと時間がかかっちゃうよ。数Ⅰが一番鬼門だ。グラフの描写があるから」

 優一は苦笑いで伝え、自分の席に着く。そして一科目目化学基礎のテスト範囲の最終確認をし始めた。

時間は刻々と過ぎていき、八時半のチャイムが鳴ってまもなく、

「皆さん、出席番号順に座っていますか?」

担任の播野先生がやって来る。彼女は机の中に物が入ってないか、携帯電話の電源は切って茶封筒に入れ机の上に出すようになどの諸注意をした後、化学基礎の問題用紙と解答用紙を裏向けに配布していった。

 そして八時四〇分。チャイムが鳴り、

「それでは始めて下さい」

播野先生からのこの合図で試験開始。教室内に用紙を表に捲る音が聞こえたのち、シャープペンシルの走る音が聞こえ出す。

それから数分後、優一のお部屋。

「優一さん、左手でも上手くやれているようですね」

 弥生は嬉しそうに優一の様子をモニター画面で眺めていた。

「よかったぁ。アタシすごく心配だったぜ」

 照水裸はホッと胸をなでおろした。

 豊中塚高校一年五組の教室。

「優一くん、どうだった? ちゃんと書けた?」

 九時半過ぎ。一科目目終了後、実帆はすぐに優一の席へ近寄って来てくれた。

「まあ、なんとか」

優一が表情を緩ませて答えると、

「よかったぁー。優一くん、次の科目も頑張ってね」

 実帆はホッとした表情を浮かべてこう励まし、自分の席へ戻っていった。

「ゆういち、今回はおれ、四〇くらいしかないと思う」

「理系志望でさすがにそれはまずいだろ」

 楽天的な圭太に、優一は呆れ顔で突っ込む。

 駿平は自分の席から動かず、次の科目のテスト範囲内容の最終確認をしていた。

いよいよ始まった二科目目、数学Ⅰ。

やっぱ時間がかかるなぁ。

 優一は慣れない左手で懸命に二次関数のグラフを記述、描写していく。

三科目目保健も、優一は左手でなんとか乗り切ることが出来た。


        *


「ユウイチラコイド、今日あった化学のテストの問題用紙貸してぇーっ」

 午後一時前、優一が帰宅し昼食を取り終え自室に入るや否や、照水裸が駆け寄って来た。

「もちろんいいよ」

 優一は快く通学鞄から取り出し、照水裸に手渡した。

「今から解答速報作るね。お詫びを気持ちも示したくて」

 照水裸はそう言うと、学習机の上にその答案と白紙のA4用紙を置き、椅子に座る。シャープペンシルを手に取ると、さっそく白紙用紙に問題を解き始めた。

「あたしも数Ⅰの解答速報作るぅーっ。優一お兄ちゃん、テスト頂戴」

 根位比愛も照水裸の真似をし始めた。

 それから十五分ほどのち、

「出来たぜユウイチラコイド。今回は中間より難易度少し高かったね。学年平均おそらく六〇切るぜ。アタシにとっては楽勝だったけどな」

 照水裸は文字や化学式、図でビッシリになったA4用紙を優一に手渡す。

「……どんな答書いたかあんまり覚えてないけど、平均絶対ないよ。超えたかったけど」

 優一はちょっぴり落ち込んでしまった。

「優一お兄ちゃん、はいどうぞ」

 根位比愛からも渡された。

「数Ⅰも、たぶん平均ないな」

 優一はますます落ち込んでしまう。

「優一さん、思ひくづほっちゃ駄目です」

「ユウイチくん、ネガティブシンキングは大学入試本番ではフェータルになるよ」

「予想問題で化学七六、数Ⅰ七八取れたユウイチラコイドなら絶対平均あるぜ」

「優一お兄ちゃん、元気出して。成績というものは、短期間で飛躍的に上がるほど甘くは無いからね」

「優一君、まだ主要科目のうち二科目が終わったに過ぎないじゃない。自分は絶対百位以内に入れるんだって気持ちでいなきゃ」

 真桜里は爽やか笑顔で優しく頭をなでてくれる。

「分かってはいるけどね」

優一の不安はほんの少しだけ和らいだ。

二日目は古典と家庭科が組まれてある。

「ユウイチくん、Tomorrow is another day.だよ。今日のことはもう忘れて、明日頑張ればいいんだよ」

「そうですよ優一さん、明日に向けて古典の直前対策をしましょう」

「うん」

 モニカと弥生に励まされ、優一は自ら机に向かう。彼は二日目以降、テストの出来が悪くとも、ネガティブな気持ちにならないよう心掛けた。


       ☆


期末テスト四日目終了後。

「今日は現社と生物で楽だったけど、明日が一番嫌だな。数Aと英語、どっちも俺の苦手科目だし」

「僕は数学は一番楽しみだけどね」

「数学が得意なやつの頭の構造は理解出来んな。おれは全科目苦手やから」

「圭太、それはやばいぞ。俺も頑張らないと」

「今日は四日だよな。ジャ○プSQとジャ○プコミックの新刊、今日発売だから駅前の本屋までいっしょに買いに行こうぜ」

「えー、あと一日だけなんだし、終わってからでいいだろ。今日買うと、絶対気になってテスト勉強に集中出来なくなりそうだし」

 圭太の誘いに、優一は眉を顰めながら意見した。

「おれは明日の試験完璧に捨ててるし。おれ目当てのやつは人気作だから明日には売り切れてるかもしれねえし」

けれども効果なし。圭太の意思は全く変わらず。

「そういうのはたくさん入荷されるから、むしろいつでも手に入れ易いだろ」

 ほとほと呆れ果てる優一に、

「あのう、西風君。僕も、いち早く読みたいですしぃ、いっしょに行きましょう」

 駿平も申し訳無さそうにお願いして来た。

「……駿平まで。それじゃあ、行くか」

 優一は五秒ほど悩んだのち、こう意志を固めた。

「みんな、お目当てのもの買ったら長居はせずにまっすぐおウチに帰って、しっかり勉強しなきゃダメだよ」

困惑顔で見送った実帆をよそに三人は学校を出ると、最寄り駅の方へと向かっていった。

「いけませんね、優一君。これでは」

「帰ったらたっぷりお仕置きが必要だね。bamboo swordでダイレクトにおしり叩き百発で良いかな?」

 あのやり取りをモニター越しに眺め、真桜里とモニカはむすぅっとなった。

「優一君だけじゃダメね。優一君の貴重な学習時間を阻害しようとしているあの圭太君という奈良の大仏みたいなお顔の悪友と、駿平君という微妙に溥儀っぽいお顔の子も懲らしめなくちゃ」

 真桜里はにやりと微笑んだ。

「さすがマオリちゃん、受講生のフレンズにもシビア」

「いよいよ数彦君のこの究極の発明品を使う時が来たわね」

 真桜里はそう言うと、自分用のテキストからサランラップのようなものを取り出した。そしてそれを適当なサイズに千切り、テレビ画面にぴたりと貼り付ける。

「真桜里お姉ちゃん、それなあに?」

「マオリソソーム、また妙なのを出したね」

「ひょっとして、アレかな?」

 根位比愛、照水裸、モニカの三人は興味津々に観察する。

「これをテレビ画面に貼り付けるとテレビに飛び込めるようになって、映っている場所へ移動することが出来るのよ。ただし、ライブ映像に限るけどね」

 真桜里は自慢げに伝えた。

「ど○でもドアみたいなものかなぁ?」

 根位比愛はすかさず突っ込む。

「そんな感じね。ちょっとお手本を見せましょう」

 真桜里がテレビ画面に手を入れた瞬間、

「いてっ!」

「どうした、圭太?」

「何かあったのでしょうか?」

 優一達のいる場所はこんな現象が起きた。

「なんか、いきなり後ろから髪の毛引っ張られたみたいなんだ」

 圭太はそう伝えながら後ろを振り返ってみた。

「あれ? 気のせいかな?」

 しかし誰もいないことに圭太は不思議がる。

「たぶんそうだろ」

 優一は素の表情で突っ込み、

「僕はおそらく、時期的にハナアブ的な昆虫に衝突されたのだと思います」

 駿平はほんわか顔でこう推測した。

「あー、あり得るよな、チャリ乗ってる時とかたまに虫が顔にぶつかってくるし」

 圭太は朗らかな気分で笑う。

「駿平、さすがの推理だな」

 優一も感心する。しかし駿平の推理は間違いであった。

真桜里が圭太の髪の毛を後ろから引っ張ったのだ。

 三人は当然、それに気づくはずはない。

「これぞ『後ろ髪を引かれる思い』ね」

「真桜里さん、それは誤用です。後ろ髪を引かれるとは、心残りがしてなかなか思い切れないことです」

「あらまっ、そうでしたか。さすがは国語科担当ね」

 弥生に指摘され、真桜里は少し照れた。

「これもまたグレートインベンションだね」

「カズヒコロイド、すご過ぎるぜ。さすが東大院卒ニート」

 モニカと照水裸は開発者をかなり絶賛していた。

「さてと、先回り地点を映して、さっそくお仕置き開始よ」

 真桜里はにこやかな表情でそう告げると、映像を別の地点に切り替えた。

続いて、優一が中学時代に使っていた理科の資料集のとあるページを開き、開かれた方をテレビ画面に向ける。そして背表紙をトントントンッと手で叩いた。

優一、圭太、駿平の三人が橋の上に差し掛かり、

「それにしてもラノベ読んでるやつって、クラスでおれらの他にあまりいないよな」

「金銭的なこともあるのでしょう。ラノベを二冊買うお金で、ジャ○プコミックが三冊買えるからね」

「でも、図書室にもいっぱい置いてあるけどなぁ。実帆ちゃんに頼んでもっと宣伝してもらおうかな」

こんなオタク的会話をしていたところ、

「あっ、あのう、西風君、鍋本君、前、前」

 突然、駿平の顔が蒼ざめた。

「どうした駿平?」

「ん?」

 優一と圭太もまっすぐ前方を見た。

「「「……」」」

 瞬間、三人の顔が凍りつく。

彼らのいる二〇メートルくらい先に、とある野生動物が現れたのだ。

ガゥオッ! それは大きく咆哮した。

百獣の王、ライオンであった。性別は、鬣が目立つオス。

「ひええええええっ。こっ、これは、夢でございますよね」

「うわああああああああっ」

「なっ、なんでこんな所にあんなアッフリカンな動物がおるねん?」

 三人は慌てて全速力で逃げ出した。烈學館を見に行って講師から見下ろされた時以上に速かった。五〇メートル9秒を切るくらいのペースだ。

「日本国内には野生のライオンは生息していないはずなので、王子動物園か、天王寺動物園から逃げ出したとか?」

 駿平は顔を蒼ざめさせて逃げながらも、冷静に分析してみる。

 ライオンも当然のように三人を追って来た。

 三人とライオンとの距離はみるみるうちに詰められていく。

「いい気味ね。さて、そろそろ助けてあげましょうか」

「本当にそろそろ戻した方が良いぜ。ユウイチラコイドにはそんなに罪はないし、ケイタンパク質とシュンペインピーダンスに対するお仕置きもやり過ぎだと思うぜ」

「早急に回収しないと、かなり騒ぎになっちゃいますよ。というか、優一さん達の身が危険に晒されます。あのう、真桜里さんがライオンさんを元に戻すのですよね?」

 弥生は深刻そうに問う。

「えっと、わたくし、怖いので、誰か、やっていただけないでしょうか?」

 真桜里はてへっと笑った。

「あたし、ライオンは大好きだけど、檻がなかったら、怖いよう」

「アタシもあいつと戦う勇気は無いぜ。犬歯が発達してて鋭い爪を持ってるからなぁ」

「I think so too.It‘s very dangerous.」

 根位比愛は若干怯え顔で、照水裸とモニカは苦笑いで言い張る。 

「こうなったら、助っ人を呼びましょう。またボブ君に頼もうかしら。同じ肉食系のようですし」 

「真桜里お姉ちゃん、あのおじちゃんは絶対出しちゃダメェーッ!」

 根位比愛はむすっとした表情で要求した。

「あのロリコンに頼んでも、probablyやってくれないよ」

「幼い女の子が大好きな時点で、怖がりだと思うぜ」

 モニカと照水裸は自信満々に主張する。 

「確かにそうね。それじゃぁ国語便覧に載ってる連銭葦毛なるお馬さんに助けもらいましょっか」

「真桜里さん、余計大変な事態になりそうなので、絶対やめた方がいいと思います」

 弥生は困惑顔で意見した。 

「その案も却下かぁ。こうなったら強そうな人……世界史Aの教科書から強そうな人を召還すれば。プロイセン王のフリードリヒ2世は、鯛焼きみたいなお顔で頼りなさそう。うーん……ナポレオン1世にするか、ルイ14世にするか、カール大帝にするか、フェリペ2世にするか、スレイマン1世にするか、ボリバルにするか、トゥーサン・ルヴェルチュールにするか……でも、どのお方も日本語は通じないだろうし、それに、とても怖そうだし、とりあえず、このお方でいいかな? 日本人だから言葉も通じそう」

 真桜里は優一が学校で使っている世界史Aの教科書をパラパラ捲って見つけたとあるページを開き、手を突っ込んだ。

「やっぱり、すごく重たいわね」

 三〇秒ほどかけて、お目当ての人をなんとか引っ張り出すことに成功した。

「きゃあっ!」

 瞬間、弥生は思わず目を覆った。

「ヤヨイソロイシン、褌付けてるんだしそんな反応しなくても」

 照水裸は笑いながら突っ込む。

「Oh,Sumo wrestler!」

「お相撲さんだぁーっ! 勝率何割くらいかな?」

 モニカと根位比愛は興味津々に現れた人物の姿を眺める。

 力士であった。 

「ペリーに対抗して力士が米俵を運んでいる図から取り出したの」

 真桜里は自慢げに語る。

「……どこでぇ、ここは?」

 力士は目を丸め、米俵を持ったまま周囲をぐるりと見渡す。かなり戸惑っている様子であったが当然の反応であろう。

「力士のおじちゃん、ここは二一世紀の日本だよ」

「力士君、落ち着いて聞いてね。ここはあなたがいる時代から、一六〇年くらい先の世界なの。元号は安政ではなく平成、江戸は東京って知名になってるわよ」

「ほへっ!?」

 根位比愛と真桜里からの説明に力士はさらに驚き、ひょっとこのような表情になる。

「キミに倒してもらいたいやつがいるんだ。そこに映ってる、ライオンなん……」

 照水裸が言い切る前に、

「ひっ、ひえええええええ! はっ、箱が、しゃべったでげす。うわわわぁーっ」

 力士は顔面を蒼白させ、ドスーン、ドスーンと大きな地響きを立てながら、部屋から逃げ出してしまった。

「何の音?」

 リビングにいた母は不審に思い、廊下に出た瞬間、

「うぉっ!」

 力士とばったり出会ってしまった。

「きゃっ、きゃぁっ! 何ですか? あなたは?」

 母は驚き顔で尋ねる。

「こっ、こちとら、江戸っ子の力士でぃ。今しがたまで、船に米俵を運んでいたんでぃ! でもよぉ……」

 力士はひょっとこのような表情をして強い口調で説明する。

「はぁ? 何言ってるの? あなた。警察呼ぶわよ。ひょっとして、最近このおウチの食べ物漁ったり、光熱費を使ってる泥棒?」

 母は優一を叱り付ける時のように険しい表情で問い詰めた。

「こうねつひ、ってなんでぃ?」

「とぼけるんじゃありません。あっ、こらっ、待ちなさい!」

「ひいいいいい、これやるから見逃して欲しいでげすーっ」

 力士は母の様相に恐れをなし、片手に持っていた米俵を投げ捨てて玄関から外へ飛び出した。

「あらまっ、案外いい泥棒さんね」

 母はにこっと微笑んだ。

 力士は図中では米俵を両手に抱えていたが、取り出される際一つ落っことしたらしい。

優一の自室。

「面白いおじちゃんだったね」

「うん。あのホモサピエンス、質量百キログラムは優にありそうだったな」

「役に立たなかったね、あのスモウレスラー」

「根性が予想と全然違ってたわ。あの人も優一君や圭太君、駿平君と同じく草食系男子ね」

 根位比愛と照水裸は笑顔、モニカと真桜里は呆れ顔でさっきの力士の印象を語る。

「まだ坪内逍遥さんすら生まれていない幕末から、いきなり二十一世紀の世界に飛ばされたのですから、あのような素っ頓狂な反応をされても無理は無いと思います」

 弥生はほんわか顔で意見する。

「幕末なら、科学もけっこう発達してたと思うけどな。あっ! ユウイチラコイド達、もうかなりやばい状況になってるぜ。アタシが、助けに行って来るよ」

 照水裸は早口調でそう言って、テレビ画面に飛び込んだ。

「焦眉の急ですね。わらわもお手伝い致します」

 弥生もあとに続いた。

「照水裸お姉ちゃんと弥生お姉ちゃん、大丈夫かな?」

「あの子達ならabsolutely無事にライオンを二次元に戻せるよ」

「照水裸ちゃん、弥生ちゃん、頑張って下さいね。大怪我したら、世界史Aの教科書からナイチンゲールを召還するので」

 残る三人は固唾を呑んでモニター越しに見守る。

その頃、優一、圭太、駿平の三人は高さ二メートルくらいのブロック塀に突き当たってしまっていた。袋小路だ。すぐに引き返そうとしたが時遅し。ライオンはもう、三人の一メートルほど先まで迫って来ていた。

「ひえええええっ、ラッ、ライオン殿。どうか、僕達の側から離れて下さいましぇ」

「どっ、どうしよう、どうしよう。かっ、母さん。助けてーっ!」

「しゅんぺい、ゆういち、死ぬ時は、いっしょだぜ。でも、なるべく生き残りたいぜぇ」

 三人はブロック塀に背中をつけて、手を繋ぎあってカタカタ震えていた。ライオン目線からだと真ん中に駿平、右に圭太、左に優一という配置だった。

 グゥアゥオッ! 鋭い牙を剥き出しにしたライオンが三人の目と鼻の先まで迫り、絶体絶命のピンチに陥ったその時、

「ユウイチラコイド、助けに来たぜ」

「優一さん、助けに参りました」

 照水裸と弥生が正義のヒーローのごとくタイミングよく登場した。

「哺乳綱ネコ目ネコ科ヒョウ属のライオン、アタシと勝負だぜっ!」

 ガオッ! ライオンは照水裸の声に反応して彼女の方を振り向く。

「あの、皆さん、これを付けて目隠しして下さい。強い光が出るので」

 弥生は三人に長くて黒い布を手渡した。

「分かった、弥生ちゃん」

「どっ、どなたか知りませぬが、ありがとう、ございまするぅ」

「どっ、どうも。こうすれば、いいのか?」

 三人はすぐさま言われた通りにした。

「ライオンさん、やめて下さーい!」

 弥生はそう叫ぶと、顔を般若面に変化させた。

 ガゥオッ! ライオンはびくーっと反応し、あとずさる。

「二度と使わないと決めていたのですが……」

 弥生は瞬く間に元の顔の形へと戻った。

「ユウイチラコイド、あとは任せて」

 照水裸はそう告げると姿を消した。約五秒後、再び姿を現すと、ライオンの背中に乗っていた。照水裸はすぐさま理科の資料集を開き、ライオンの背中に押し付ける。

 するとライオンはあっという間に二次元の世界へと帰っていった。

 照水裸と弥生もそそくさこの場から退場し、優一のおウチへ戻っていった。

「なあ、ゆういち、しゅんぺい、さっき、二次元からそのまま飛び出したような女の子が、いたよな?」

「はい、僕の目にもしっかりと見えました。さっきの出来事は、夢ではないか?」

圭太と駿平は、ぽかんとしていた。

助かったぁ、というかあのライオン、理科の資料集から出したやつか。

 正体を知っている優一は冷静であった。

「そんじゃ、危機は去ったことだし、気を取り直してマンガ買いに行くか」

「そうですね。今日は非常に貴重な体験が出来て、よかったであります」

「おい、おい」

 それからすぐに何事も無かったかのように通常精神状態に戻った圭太と駿平の反応に、優一は笑いながら突っ込んだ。

 こうして三人は予定通り、お目当ての月刊誌とコミックスを買いに駅前の大型書店へ向かうことに。

         ☆

「申し訳ございません照水裸ちゃんに弥生ちゃん、ご迷惑かけて」

 照水裸と弥生が優一の自室に戻ってくるや、真桜里は深々と頭を下げて謝罪。

「いやいやマオリソソーム、べつに謝らなくても。アタシ、ライオン退治けっこう楽しかったぜ」

 照水裸は嬉しそうにしていた。

「真桜里さん、もう二度とこのようなお仕置きの仕方はやらないで下さいね」

 弥生はぷくぅっとふくれた。

「大変申し訳ない」

 真桜里はもう一度謝罪の言葉を述べて、許しを得たのだった。

「この様子じゃ、マオリソソームのお仕置きは効果なかったみたいだな」

 書店にてお目当ての本を物色する優一達三人の姿をモニター越しに眺め、照水裸は楽しそうに微笑む。

   ☆

「優一君、遊びに誘惑されたでしょ。めっ!」

 優一が帰宅して自室に入った瞬間、いきなり真桜里に竹刀で頭をパチーンッと叩かれた。

「いってぇぇぇっ!」

 優一は両目を×にして両手で頭を押さえる。

「ちなみに遊びは、古語では詩歌・管弦・舞などを楽しむことをいう場合が多いですよ」

 弥生はにっこり笑顔で伝えながら手をかざし、優一がさっき受けた痛みを和らげてあげた。

「ユウイチくん、明日はmost importantな英語があるんだよ。タイムロスした分、今からしっかり取り戻さないとね。シッダウン!」

「分かった、分かった」

 優一はモニカによって容赦なく椅子に座らされ、明日ある科目の勉強を進めていく。

「優一お兄ちゃん、いよいよ明日で期末テスト終わりだよ。もう一息」

 根位比愛はそんな優一を優しく励ましてあげたのだった。数学Aの教科書と、数学ⅠA問題集とノートを右手に抱え、コンパスの針を左手に持ったまま。

       ☆

 その日の夜、西風家の夕食団欒時。

『次のニュースをお伝えします。今日正午前、大阪府豊中市内の路上を褌姿で走っていたとして、公然わいせつ罪の現行犯で住所不定、自称力士、久吉容疑者を逮捕しました。調べに対し久吉容疑者は、こちとら生まれは筑後国山門郡大和村。米俵を運んでいたら、突然しゃべる箱とか、鉄で出来たイノシシとか、ペリーの船よりもでっけぇ建物があるべらぼうな場所に着いちまったんでぃっ! などと意味不明な供述をしており……』

「あっ、こいつ。今日ウチに入って来た泥棒だ」

 七時台のこのニュース画面を見て、母は反応する。

「泥棒に入られたの? 母さん、大丈夫だった?」

「怪我は無かったのか?」 

優一と父は心配そうに尋ねた。

「当然よ。お母さんはそんなやつくらいで怯まないわ。実際すぐに逃げてっちゃったし。吉本のお笑い芸人さんかな? とも思ったわ」

 母は嬉しそうに、自慢げに語った。


「優一お兄ちゃん、計算間違い多過ぎ。ケアレスミスは大学入試では命取りになるよ」

「いたっ、根位比愛ちゃん、コンパスでほっぺた突くのやめてぇ」

「だったら真面目にやって!」

夕食後も、優一は明日行われる科目について引き続き厳しく学習指導される。

「優一君、喝っ!」

「いったぁーっ、背骨折れそう」

 社会科担当の真桜里も竹刀を手に持ち、指導に加わる。彼女は優一が他の科目を勉強させられている時も、常に副教官として監視しているのだ。それだけ優一の学習指導に強い責任感を持っていることの表れであろう。

「乳首はNGかぁ。残念だぜ。ヒト以外の動物の乳首は学校の教科書でも普通に解禁なのになぁ」

「でも、カズヒコくんによると昔は出してたみたいだよ」

 照水裸とモニカは優一が誘惑に負けて今日買ってしまったアニメ雑誌に夢中。

「……」

 弥生は漫画の方を熱心に黙読していた。

教材キャラ達はすっかりあの力士のことを忘れてしまったようなのだ。

 同じ頃、

「べらんめぇっ!」

 そのお方は取調室で、やり切れない思いを江戸弁で、でっけぇ声で叫んだのであった。

 

     ☆  ☆  ☆


英文法、モニカちゃんが作ってくれた予想問題集と全く同じのが三分の一くらいあったな。最初のリスニングもけっこう聞き取れたし、長文問題も半分以上は解けたと思うし、七〇点くらいは取れるかも。

最終日、一科目目の英語、優一はかなり高調だったようだ。八〇分の長丁場でも集中力がほとんど途切れなかった。

最後の科目、数学Aのテストが終わり回収されたあと、

「やっとテスト終わったぁ! 五日間めっちゃ長かったわー。これで思う存分遊べるぜ。あとは授業昼までやし、もう気分は冬休みやーっ!」

 圭太は優一の席を振り向き、陽気な声で話しかけてくる。

「百位、超えれるかなぁ」 

 優一は不安な気持ちでいっぱいだった。数学Aはあまり出来なかったのだ。

「ゆういち、もう終わったことやし、気楽に行こうぜ。テイク、イット、イージー」

 圭太は優一のポンッと肩を叩き、勇気付けようとしてくれた。


 優一は今日の帰りに外科医院へ立ち寄り、包帯を外してもらった。テストが終わってようやく右手が自由に使えるようになったのだ。


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