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第三話 学習指導本格始動~体罰もありまぁす~

午前八時二六分頃、豊中塚高校一年五組の教室。

「西風君、あの通信教育で悲惨な目に遭ったみたいだね。僕も欲しいなぁって思ったんだけど、ホームページからして詐欺の香りがしたから引き留まったのだよ。問い合わせ先が書かれてなかったから、逃げられるかもって感じたのだ」

 駿平は登校してくるなり優一にこんな風に伝えてくる。彼のホッとしている様子が朗らかな表情からよく分かった。

「ゆういち、世の中こういうこともあるさ」

 圭太は爽やか笑顔で慰めるように優一の肩をポンッと叩く。

「そっ、そうだな」

優一は昨日あれからあった出来事をこの二人に話そうかな、と思った。けれど、信じてもらえるわけは無いだろうと感じ、黙っておくことにした。

八時半の、朝のSHR開始を告げるチャイムが鳴ってほどなく、

「皆さん、おはようございます」

クラス担任で英語科の播野先生がやって来た。背丈は一五〇センチちょっと。ぱっちり瞳に丸顔。ほんのり栗色ミディアムボブヘア。二八歳の実年齢よりも若く見え、女子大生っぽさもまだ感じられるそんな彼女はいつも通り出席を取り、諸連絡を伝えて一時限目の授業が組まれてあるクラスへ移動していった。

 このクラスの今日の一時限目は家庭科。一年生が今学習しているのは保育の分野だ。

「このページを捲ると可愛らしい厚紙工作が迫り出してくる飛び出す絵本、皆さんも幼い頃に楽しんだと思います。遊び心があって懐かしいでしょ?」

 小顔でぱっちり瞳、ほんのり茶色な髪をフリルボブにし、お淑やかそうな感じの四十代女性教科担任はそれを教卓から、クラスメート達に向けて見せた。

あの教材、厚紙工作どころか、生身の人間が、飛び出して来たんだけど……。

「西風君、どうかしましたか?」 

「……あっ、いっ、いえ、なんでも」

 優一はロダンの『考える人』のような格好をしていたため、教科担任に心配されてしまった。優一の席は教卓に近いため目立ちやすいのだ。


二時限目は体育。今日は男女とも体育館で行われることになっており男子は跳び箱、女子はバドミントンだ。体操服は男女とも同じ柄で、学年色である黄色のラインと校章の付いた紺色ジャージ上下となっている。

 男子が準備運動として腕立て伏せをしている最中、

「なんか女子の方、騒がしいな」

「誰か倒れたようだね」

 圭太と駿平が呟いた次の瞬間、

「先生、里井さんが倒れました」

 女子の一人が大声でこう叫んだ。

「えっ!」

 優一は思わず声を漏らす。そして視線を女子のいる方へと向けた。

本当に、実帆がうつ伏せ状態で倒れこんでしまっていた。

準備運動として体育館内の周囲を走っている最中だったらしい。

「熱中症?」

「ミッホー、大丈夫? 頭打ってない?」「みほちゃん、しっかりして!」「貧血っぽいね」

 実帆のすぐ近くにいたクラスメート達を中心にざわつく。その声が十数メートル離れた優一の耳元にもしっかり届いていた。

「ゆういち、見に行ってあげた方がいいんじゃねえか?」

「西風君、これは緊急事態ですよん」

 圭太と駿平からそう言われると、

「そっ、そうだな」

 優一は急いで男子体育教師のもとへ向かい、

「先生、ちょっと、実帆ちゃんの様子、見に行って来ます」

 こう伝えて、実帆のもとへ駆け寄った。

「みっ、実帆ちゃん」

 優一は実帆の顔色を心配そうに見つめる。いつもはきれいなピンク色をしている唇が、白っぽく変色していた。頬も青白くなっていた。

「あっ……優一くん」

実帆は幸いすぐに意識を取り戻した。

「大丈夫?」

 優一は心配そうに話しかけてあげる。

「うん、平気、平気。ちょっとくらっと来ただけだから」

 実帆はこう答えて、ゆっくりと立ち上がった。

「よっ、よかったぁ。でも、保健室には行った方がいいよ」

 優一は強く勧める。

「保健委員さん、里井さんを保健室へ連れて行ってあげてね」

 女子体育教師はこう呼びかけた。

「その子今日欠席です」

 すると女子の一人が叫んだ。

「あらまっ」

 女子体育教師は苦笑いする。まだ出欠確認をする前だったので気付けなかったのだ。

「そうだっ! 西風くんが連れて行ってあげて」

 別の女子から頼まれる。

「えっ、俺が、連れて行くの」

「もっちろん。きみの彼女でしょ?」

「いや、そうじゃ、ないんだけど」

「いいから、いいから」

 その子に背中を押された。

「頑張ってね!」

 女子体育教師からもエールを送られる。

「あの、実帆ちゃん、一人で歩ける? おんぶしよっか?」

 優一は緊張気味に、実帆に話しかける。

「なんか悪いけど、その方が楽そうだし、そうさせてもらうよ」

 実帆は元気なさそうな声で伝えた。

「しっかり掴まってね」

優一は実帆の前側に回ると、背を向ける。そして少しだけ前傾姿勢になった。

「ごめんね、優一くん」

実帆は申し訳なさそうに礼を言い、優一の両肩にしがみ付いた。

「――っしょ」

 優一は一呼吸置いてから実帆の体をふわりと浮かせる。

おっ、重いっ!

 途端にそう感じたが、もちろん黙っておいた。

「優一くん、本当にごめんね、迷惑かけちゃって」

「べつにいいよ、気にしないで」

なっ、なんか、胸が。実帆ちゃん、いつの間に、こんなに大きく……。

 むにゅっとして、ふわふわ柔らかった。

 実帆のおっぱいの感触が体操服越しに、優一の背中に伝わってくるのだ。

急ごう。

 なんとなく罪悪感に駆られた優一は早足で歩こうとする。けれども足がふらついてしまい結局ゆっくりペースに。体育館正面出入口から保健室までは、距離にして百メートルちょっと離れていた。優一は実帆を落とさないように、慎重に歩き進んでいく。

「失礼、します。樽谷先生、あの、この子が、体育の授業中に、貧血で、倒れました」

 やや息を切らしながら保健室の、グラウンド側の扉をそっと引いて小声で叫び、実帆を背負ったまま中へ入った。

「樽谷先生、失礼しまーす」

 実帆は元気無さそうに挨拶する。

「いらっしゃい」

 養護教諭、樽谷先生は二人を笑顔で迎えてくれた。ぱっちり瞳に卵顔。さらさらした黒髪は黄色いりぼんでポニーテールに束ねている、三〇歳くらいの女性だ。

 今保健室には、この三人以外には誰もいないようであった。

「じゃ、下ろすよ」

「ありがとう」

 優一は、実帆をソファの前にそっと下ろしてあげた。

 実帆はソファにぺたりと座り込む。

「里井さん、これをどうぞ」

樽谷先生は、保健室内にある冷蔵庫から貧血に効く栄養ドリンクを取り出し、実帆に差し出した。

「ありがとうございます」

 実帆はぺこりと一礼してから丁重に受け取る。瓶の蓋を開けると、ちびちびゆっくりとしたペースで飲み干していった。

「里井さん、今日は早退した方がいいわね」

「いえ、私、少し休めば大丈夫ですよ」

 実帆は元気そうな声で答えてみるが、

「ダメだよ実帆ちゃん、無理しちゃ。今日は早退した方がいいよ」

 優一も樽谷先生と同じ意見を言った。

「でも、授業休んじゃうと、今日習うところ、ノートが取れないし」

 実帆は困惑顔になる。

「俺が取ってあげるから、心配しないで」

「大丈夫かなぁ?」

「大丈夫だって。俺、今日は授業、ちゃんと真面目に聞いてノート取るから」

「本当?」

「うん、本当」

「西風君、心配されてるのね」

 樽谷先生はにこっと微笑む。

「まあ、俺、普段授業中寝てしまうことが多いですし」

 優一は照れ笑いする。

「二人ともとても仲良いわね。里井さんは、貧血になったのは今回が初めてかな?」

「はい。私、テスト期間中は睡眠時間削って勉強してて、食欲の秋のせいか、最近体重が少し増えちゃったのでダイエットしようと思って、ここ一週間は朝食もほとんど食べてなかったからかな?」

 実帆は照れ気味に打ち明けた。

「原因は非常に良く分かりました。里井さん、朝食を抜くのはダメよ。保健や家庭科の授業でも再三言われてるでしょ」

 樽谷先生は爽やかな笑顔で忠告する。

「はい、今後は気をつけます。もうあんなしんどい思いはしたくないので。それに私、食べること好きなので、それを我慢したことでストレス溜まっちゃったのも良くなかったですね」

 実帆はてへっと笑った。 

「里井さんの身体測定のデータ見ると、標準体重よりちょっと少ないから、少々増えたってダイエットはする必要ないからね。敏感になり過ぎて太ってないのにダイエットしようとする子が本当に多くて……」

 樽谷先生はパソコン画面を見つめながら、ため息まじりに助言した。この学校の生徒達全員の身体測定データが、専用ソフトに保存されてあるのだ。

「すごい! データベース化されてるんだ」

 優一は興味を示し、画面に顔を近づけた。

「あんっ、優一くん。私の見ちゃダメェッ!」

 実帆はとっさに優一の両目を覆う。

「あっ、ごっ、ごめん実帆ちゃん」

 優一が謝罪すると、実帆はすぐに手を放してくれた。

「西風君、女の子はお友達同士でも体重を知られたくないものなのよ」

 樽谷先生は優一が目を覆われている間にデータ画面を閉じてあげた。 

「ごめんね実帆ちゃん、俺、もう戻らなきゃ」

 優一は実帆に頭を下げて謝り、保健室から出て行く。

その頃。優一のお部屋では、 

「ユウイチくん、あの女の子ととても仲良さそうだね。きっとガールフレンドだね」

「アタシもそう思うぜ。交尾はもう済ませたのかな?」

「優一お兄ちゃん、三次元にもいたんだ。意外だね。クラス内での階級低そうなのに」

「優一君、三次元にもいるのに購入して下さったなんて、とてもありがたいわ」

「わらわは、ただの幼馴染だと思うのですが……クラスに一人くらいいる、どんな冴えない男の子にも、たとえ数彦さんみたいな正直気色が悪いタイプであっても嫌がらず温かく接してくれる、心優しい女の子という感じがしますね」

 教材キャラ達がテキストから飛び出しベッドの上に座り込んで、テレビを眺めていた。

 優一の学校での様子を、モニター越しに観察していたのだ。

「それにしてもこのグッズはベリーワンダフルインベンションだね。上空からの映像だけじゃなく建物内部の映像まで見れるなんて」

 モニカはとある加工品に大いに感心する。 

「これさえあれば、地球上の任意の地点のライブ映像を映し出すことが出来るよ。ストリートビューと、衛星カメラの合体版かな? これは数彦君の発明品なの」

 真桜里は自慢げに語る。学習机の本立てに置かれていた地球儀と、テレビ端子とが一本の水色ケーブルで繋がれていたのだ。

「ド○えもんのひみつ道具みたーい。あたしのテキストには、そんなの組み込まれてないよ。いいなぁー」

「カズヒコロイド、マオリソソームにいい物持たせてくれたね。未来的技術だ。音声が入ってこない欠点はあるけど」

 根位比愛と照水裸は羨ましがった。真桜里の入っていた社会科のテキストには、他に開発者数魔数彦の発明品も任意のページにいくつか詰められてあるのだ。ただし普通の人、そして真桜里以外のこの四人にも単なる白紙のページにしか見えない。取り出すことも真桜里しか出来ない仕様になっている。

「あっ、あのう、いいんでしょうか? 盗撮なんかして?」

 弥生は困惑顔で真桜里に問いかけてみる。

「……法律的に、良くないとはわたくしも思いますけど、その、優一君の学校での様子が気になってしまって」

 真桜里は少し俯き加減になり、バツの悪そうに言い訳した直後、

――ドスドスドス。と廊下を歩く足音が五人の耳元に飛び込んで来た。

「ユウイチくんのマミーが来るようだね。みんな隠れて!」

 モニカは注意を促す。彼女がテレビの電源も切った。

 モニカを先頭に他の四人も自分のテキストの中に素早く身を引っ込める。

 一番動作の遅かった弥生が引っ込んでから約二秒後に、扉がガチャリと開かれ、母が優一のお部屋に足を踏み入れて来た。

「優一ったら、また散らかしちゃって。変なコードまであるし……これ、優一がやりたがってた教材かな? これも散らかってるってことは、ちゃんとお勉強したのかな?」

 母はため息まじりながらも少し嬉しそうに告げながら、床に散らばっていた教材を学習机の上に積み重ね、掃除機をかけて部屋から出ていった。

「マミー、重ねたら出にくくなっちゃうよ。Are you all right?」

 一階へ降りていったことが確認出来ると、モニカは英語のテキストからぴょこっと飛び出す。そして他の教科のテキストをベッドの上に一冊ずつ並べてあげた。

 すると他の四人はすぐに飛び出してくる。

「甚だ重たかったです」

 弥生はホッとした表情で告げた。彼女が一番下になっていたのだ。

「ユウイチラコイドのママ、よりによって一番重たそうなモニカタラーゼを一番上にしていくとはね」

「ワッ、ワタシ、そんなに重たくないよ」

 照水裸に指摘され、モニカはむすっとなった。

「アメリカナイズな食生活送ってるって設定になってるくせに」

「そんな設定ないもん!」

 モニカはそう主張して、照水裸の髪の毛を引っ張る。

「いたたたたたっ、やったな、モニカタラーゼ」

 照水裸はモニカのほっぺたをつねる。

「二人とも、しょうもないことでケンカは止めましょうね」

 真桜里は優しくなだめてあげた。

「だってテスラちゃんがぁー」

 モニカはつねられながら言い訳する。

「鹸化はしてないぜ、マオリソソーム。カルボン酸の塩もアルコールも生成されてねえだろ」

 照水裸は髪の毛を引っ張られながら反論する。

「訳の分からないこと言ってないで、いい加減にしなさい。めっ!」

 真桜里は二人の頭をゴチンっと叩いた。

「Ouch!」

「いたーっい。分かったよ、止めるよマオリソソーム」

「ワタシも大人気なかったな」

 すると二人はすぐにケンカをやめてくれた。真桜里のことを恐れているのだ。

「照水裸お姉ちゃん、モニカお姉ちゃん。優一お兄ちゃんのその後を見た方が面白いよ」

 根位比愛の手によってまたテレビが付けられると、教材キャラ達は再びモニター画面に食い入る。

その頃、優一の通う学校では三時限目現代社会の授業が始まっていた。

眠いけど、なんとか取らなきゃ、実帆ちゃんに迷惑掛けちゃう。

実帆のために、一生懸命シャーペンを走らせノートを取る優一の姿に、

「ユウイチくん、leave school earlyしたミホちゃんのために頑張ってるね」

モニカ達はまたも感心させられた。

         *

この日の放課後。

優一、圭太、駿平の三人は週一回木曜日だけ活動している文芸部の部室、情報処理実習室へ。そこには最新式に近いデスクトップパソコンが五〇台ほど設置されてある。

文芸部の主な活動内容は小説やエッセイ、詩、俳句、短歌、川柳などの創作。パソコンを使って作業をすることも多いため、ここを部室として使っているのだ。

ところがこの三人は、パソコンでアニメ鑑賞やインターネットをしていることがほとんどである。顧問はいるものの、放任状態となっているため特に咎められることはないという。二十数名いる他の部員達もオンラインゲームで遊んだり、動画投稿サイトや某巨大ネット掲示板を眺めていたりと本来の活動内容とは全然違ったことをしている者は多い。真面目に活動している者は少数派なのだ。ちなみに男女比はほぼ半々である。

三人は一台のパソコンの前にイスを寄せ合い、近くに固まって座った。

優一が電源ボタンを入れ、彼の学籍番号とパスワードでパソコンを起動させる。

「まずはこれから見ようぜ」

 圭太は録画した深夜アニメ番組が焼かれてあるブルーレイディスクを通学鞄から取り出し、投入口に入れて再生した。

「わーお、いきなりヒロインのシャワーシーンですか。謎の湯気が邪魔ですが萌えますね」

 開始十秒で、駿平の表情がほころぶ。

「やっぱ女は二次元に限るよな?」

 流れてくる高画質かつ高音質な映像を眺めながら、圭太はにやけ顔で問いかける。

「その通りだね。三次元にはろくなのがいないよん」

 駿平は即、同意した。 

「確かに二次元の女の子はすごくかわいいけど、俺は恋愛対象にまではならないなぁ。髪の色が変だし。あんな水色とか緑とか、ピンクとかオレンジとかあり得ないでしょ」

 優一はキャラクターよりも若干、ストーリー重視なのだ。まだ、この二人ほどは萌え系深夜アニメには熱中していないようである。

「そこには突っ込んでやるなって。ゆういちはまだまだ二次元世界初心者だな」

「西風君は、僕や鍋本君のようにまではならない方がいいよーん。もう戻れなくなっちゃうからね」

 駿平は自虐をまじえて忠告する。

 そんな様子を優一のお部屋から、

「ユウイチくんったら、あんなテンプレートでmass production typeのアニメ美少女キャラに鼻の下伸ばしちゃって」

「アニメ美少女はプロのキャラクターデザイナーさんの造形。わたくし達をデザインしてくれた数彦君は所詮アマチュアだから、容姿で劣っちゃうのは仕方ないわ。だからわたくし達は内面で魅力を出さなきゃね」

 モニカと真桜里はちょっぴり嫉妬心を抱きつつモニター越しに眺めていたのだった。

   ☆

夕方六時頃。

「ただいまー」

「おかえり優一、お部屋はもっときれいにしなさいね」

「分かってるって」

 優一は途中、実帆のおウチに寄りノートと今日配布されたプリント類と、学内購買部で買った抹茶シュークリームといちご大福を届けて自宅に帰って来た。

手洗いうがいを済ませて二階に上がり、

いない、よな? 今朝は姿を見かけなかったし。

恐る恐る自室の扉を開くと、

「Welcome home! ユウイチくん」

「おかえりーっ、ユウイチラコイド」

「おかえりなさいませ、優一さん」

「おかえり、優一お兄ちゃん」

「おかえりなさい、優一君」

 教材キャラ達がみんな揃って爽やかな表情で出迎えてくれた。

「……夢じゃ……無かったのか。昨日の、出来事は……」

 優一は顔をこわばらせる。

「だから現実だって。ユウイチラコイド、もう認めちゃいなよ。アタシ達はキャラデザのカズヒコロイドの空想と現実の二面性を持っているのだ。光が波と粒子の二面性を持ってるのと同じようにね」

 照水裸が肩をポンポンッと叩いてくる。

「わっ、分かった。認めるよ、もう」

 優一はついに観念してしまった。その方が精神的に楽だと感じたからだ。

「あのう、ユウイチくん、三次元の世界にも素敵なガールフレンドがいるんですね。What‘s her name?」

 モニカが問い詰めて来た。

「あっ、あの子は実帆ちゃんっていうんだけど……ていうか、なんで知ってるの?」

 優一は当然のように驚く。実帆のことはこの五人に一度も話したことはないからだ。

「これで、ユウイチくんのハイスクールライフをウォッチングしてたんだよ」

 モニカはテレビ画面を指し示す。

 優一の通う学校校舎の映像が映し出されていた。

「何、これ?」

 優一はケーブルの方にも目を向けた。

「このケーブルは、地球上のどの地点からでもライブ映像を映し出すことが出来る数彦君の発明品よ」

 真桜里はどや顔で得意げに説明する。

「すっ、すごいな、あの人。どういう原理で、こんなことが?」

 優一はかなり驚いている様子だった。教材キャラ達がテキストの中から最初に飛び出て来た時と同じくらいに。

「それが、数彦君自身にもよく分からないみたい。小学校時代に好きだった女の子のおウチを覗きたいなという願望が、発明しようと思った動機だとはおっしゃってたけど」

 真桜里は照れ笑いする。

「……これ、非常にやばくないか? 盗撮だろ」

「優一さんもそう思いますよね?」

 弥生は同意を求めてくる。

「そっ、そりゃそうだろ」

「ユウイチラコイド、これでミホルマリンって子のおウチ内部も見られるぜ」

照水裸はそう伝えるとリモコンボタンを操作し、映像を切り替えた。

「こっ、これは――」 

 優一は思わず顔を画面に近づけた。

 実帆のお部屋の一角の映像が映し出されたのだ。

 ピンク地白水玉のカーテンで、水色のカーペット。窓際に観葉植物。学習机の周りにはケーキ、ドーナッツ、アイスクリーム、いちご、みかん、バナナなんかを模ったスイーツ&フルーツアクセサリーやオルゴール、着せ替え人形。ゴマフアザラシ、モモンガ、コアラなどの動物やゆるキャラの可愛らしいぬいぐるみなんかがたくさん飾られてある、じつに女の子らしいお部屋だった。何度か実帆のお部屋を訪れたことのある優一には特に目新しくは映らなかったが、こんな視点で観察したのはもちろん初めてのことだ。

「ユウイチラコイド、好きな女の子がおウチでどんな風にして過ごしてるか知りたいでしょ?」

 照水裸はにやっと微笑む。

「ダメダメダメ!」

 優一は冷静に判断する。

「あっ、ミホちゃんっていう子、今からurinationかfecesするみたいだよ」

 モニカは画面を食い入るように見つめる。 

「どわあああああああっ、ダッ、ダメダメダメッ。法律的に」

「ユウイチくん、見たくないの? 高校生くらいの男の子って、こういうのにすごく興味があるかと」

「ない、ない、ない、なーっい!」

 優一は慌ててテレビの電源を切った。また映像が切り替わり、トイレで下着を脱ぎ下ろしている実帆の姿が映し出されていたのだ。実帆の穿いていた水玉模様のショーツを、優一はほんの一瞬見てしまった。

「あーん、もっとウォッチングしたかったのにぃ」

「アタシもーっ。腎臓で血液からろ過され、膀胱に溜められた老廃物が排泄される重要な人体現象だもん」

 モニカと照水裸はふくれっ面で駄々をこねる。

「これは、プライバシーの侵害だよ」

「ごめんね優一君、つい〝知る権利〟の方に意識を片寄せ過ぎちゃって。これからは必要最低限の生活面だけを見るようにするね」

 優一に困惑顔で注意され、真桜里は申し訳なさそうに謝る。

「いやぁ、全く見なくていいんだけど」

 優一は対応に困ってしまう。

「マオリちゃんが、ユウイチくんのことを知る権利があるって言ってたから、ユウイチくんのお部屋、勝手にinvestigateさせてもらったよ。面白いコミックやラノベ、けっこう持ってるね。ワタシもコミックやラノベ大好きだよ」

「ユウイチラコイドって、三次元のヒトのメスの裸が載ってるエッチな本は一冊も持ってないんだな。ベッドの下も綿密に調べたんだけど、収納ケースが置いてあって、中に服とゲノムならぬゲームが入ってただけだし。男子中高生必須のアレする時に使うビジュアルは二次元の女の子のみってわけだな」

「ユウイチくんはカズヒコくんと同じくwholesome boyだね。いい子いい子」

 照水裸とモニカは機嫌良さそうに話しかけてくる。

「あのう、あんまり俺の部屋、荒らさないでね」

 優一は悲しげな表情で注意しておく。

「優一お兄ちゃん、このテレビ、テレビ番組は見れなかったよ。どのチャンネルに変えても受信できませんって出た。これじゃあド○えもんもクレ○ンしんちゃんもちび○る子ちゃんもサ○エさんも妖怪○ッチも見れないよう」

 根位比愛は優一の袖をぐいぐい引っ張りながら不満そうに伝えた。

「そりゃあ放送用のアンテナ繋いでないからね。このテレビはDVD・ブルーレイ視聴専用なんだ。繋ぐのは大学合格してからって母さんと約束してる。今は深夜アニメ、圭太がDVDかブルーレイに録画して来たやつをこのテレビか、学校のパソコンで部活中に見てる状態だから。早く生で自由に見られるようになりたいよ」

 優一は苦笑いで切望する。

「それじゃ優一お兄ちゃん、お勉強ますます頑張らなきゃいけないね」

「うっ、うん」

「ユウイチくんは、ビデオゲームはやらないの?」

 モニカが質問してくる。

「ビデオゲームって、テレビゲームのことだよね。高校に入ってからは全然やってないな」

「そっか。でもそれは良いことだよ。勉強のobstructionになっちゃうし」

「そうだね」 

まあ、テレビゲームしてた時間が、アニメ雑誌やラノベを読む時間に取って代わっただけなんだけど……。

「ユウイチラコイド、ミホルマリン今からお風呂に入るみたいだぜ」

 照水裸は優一が他の事に意識が移っていたのをいいことにまたテレビをつけ、実帆のおウチ内部を観察していた。

「うわっ、こらこらっ、ダメだろ」

 今度は実帆が脱衣場で服を脱いでいる様子が映し出されていた。実帆のブラジャー姿を一瞬見てしまった優一は慌てて主電源を消し、照水裸の頭をパシンッと叩く。

「いたたたっ、ひどいよユウイチラコイド」

 照水裸が頭を押さえながらそう言ったその時、

「優一ぃー、ご飯よぉー。今日西風先生、職員会議で遅くなるからいらないって」

 一階から母の叫ぶ声が聞こえてくる。

「分かったーっ。すぐ行くよ」

 優一は大声で返事をしたのち、

「実帆ちゃんがお風呂入ってるとこ、絶対覗いちゃダメだよ」

 モニカの方を向いてこう念を押し、部屋から出ていった。

「男の子からそんなこと注意されるって、strange feelingだよね」

 モニカはにこっと微笑む。

「これはチャーンス! ミホルマリンの入浴シーン、思う存分覗くぞーっ」

 照水裸は嬉しそうに叫んでテレビをつけ、実帆のおウチの浴室を映し出した。

 ちょうど実帆が風呂イスに腰掛け、長い髪の毛をシャンプーでこすっている最中だった。

「おう、ミホルマリンはシャンプーハットを使ってるのかぁ。シャンプーハットの材質はEVA樹脂、シャンプーは弱酸性のものかな?」

「実帆お姉ちゃん、おっぱい大きいね。体積量りたぁーい」

「ナイスバディだね、ミホちゃん」

「羨ましいわぁ~」

 根位比愛とモニカと真桜里も画面に食い入る。実帆は自分の体をタオルで隠すことなく全裸姿だったのだ。

「皆さん、鬼の居ぬ間に洗濯はダメですよ」

 弥生は困惑顔で注意した。

「まあいいじゃんヤヨイソロイシン」

「出た! 日本のことわざ。ちなみに英語では、When the cat‘s away,the mice will play.だよ。でもユウイチくんは鬼って感じが全くしないよ」

「そうだな。ユウイチラコイド、怒っても怖く無さそうだし」

「優一君は、草食系男子っぽいわね」

「あたし、優一お兄ちゃんの優しそうなところが大好きぃーっ!」

 弥生以外の四人は実帆の入浴シーンを眺めながら、楽しそうに会話を弾ませる。

「皆さん、止めた方がいいですよ」

 弥生は再度注意するも、

「大丈夫だってヤヨイソロイシン。ヤヨイソロイシンもいっしょに見ようぜ」

「弥生ちゃん、同性なのだからよろしいでしょ。ヒンドゥー教徒のガンジス川での沐浴に通じるものもあるし」 

「今ちょうどボディーをゴシゴシrubbingしてるいいところなのに。このあとは湯船に浸かってくつろぐという日本ならではのシーンが楽しめるんだよ」

「弥生お姉ちゃん、眺めてると実帆お姉ちゃんといっしょにお風呂入ってる気分になれるよ」

 四人はこう言い訳して尚も画面に集中する。

「ねえ、皆さん……今すぐ、そういうをこなことはやめなさい!」

 弥生は眉をへの字に曲げて、古語も交えて少し強めに言った。

 すると次の瞬間、

「ごっ、ごっ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい弥生お姉ちゃん」

「ひいいいいいいい、すっ、すまねえヤヨイソロイシン」

「申し訳ありませんでした、弥生ちゃん」

「アッ、アイムベリーソーリー。I‘m very afraid of you.Your face was much more fearful than a portrait of Beethoven.It equals namahage.」

 四人はびくびく震えながら慌てて謝った。照水裸はとっさにテレビの電源を消す。根位比愛は泣き出してしまった。

弥生の顔が今しがた、般若面に急変化したのだ。しかも元の顔の大きさの五倍くらいまでふくれ上がっていた。弥生の顔はそれから瞬く間に何事も無かったかのように元の可愛らしいお顔へと戻った。

「わらわは、怒りがある程度上昇すると、こんな風になっちゃう設定になってるんです。きっと国語の学習内容に《能と狂言》があるせいだよぅ。優一さんには絶対こんな醜い姿見られたくないです。穴があったら入りたいよぅ」

 弥生はとても照れくさそうに、顔を真っ赤に火照らせながら呟いた。

「「「「…………」」」」

 弥生の恐ろしい風貌を見てしまった四人は、すっかり反省したようである。

 

それから三〇分ほどのち、

「覗かなかった?」

夕食を取り、風呂にも入り終えた優一が再び自室へ戻って来た。

「あの、優一さん。この人達、みんなで実帆さんのお風呂、覗いてましたよ」

 弥生は困惑顔で、四人を指し示しながら告げ口する。

「やっぱり……」

 優一はムスッとなった。

「ユウイチラコイド、すまんね。もう金輪際やらねえから。たとえウラン238の半減期くらい長い時間が経とうとも」

「アイムベリーソーリー、ユウイチくん。ミホちゃんが湯船に浸かるシーン、どうしても見たくって」

「優一君、もう二度とやらないから。わたくし、次こういうことしたら大石内蔵助のように切腹するか、ソクラテスのように毒杯を仰ぐわ」

「優一お兄ちゃん、ごめんなさーい」

 四人は優一の方を向いて深々と頭を下げた。

「優一さん、ご覧の通り皆さんは大いに反省しているので、許してあげて下さい」

 弥生は優一の目を見つめながら頼み込む。

「まっ、まあ、いいけど。今後は、絶対やらないでね」

 優一はこう忠告して学習机の前に立った。学習机に貼られた時間割表を眺めながら、優一は明日行われる授業の教科書・副教材、ノートを通学鞄に詰めていく。整え終わったちょうどその時、優一のスマホの着信音が鳴り響いた。今放送中の深夜アニメのED主題歌だった。電話がかかって来たのだ。

「実帆ちゃんからだ」

 番号を確認すると優一はこう呟いてベッドに腰掛け、通話アイコンをタップする。

「もしもし」

『あっ、優一くん。ノートとプリントと、シュークリームといちご大福も届けてくれてありがとう。嬉しかったよ♪』

「どういたしまして。体は、大丈夫?」

『うん、おウチ帰ったあといっぱい休んで晩御飯もいっぱい食べたからもう平気。すっかり元気になったよ。あのね、優一くん、すごく言い辛いんだけど……全部同じ色で書かれてるから、どこが要点なのか分かりにくいよ。字も、読みにくくて』

「ごめん、実帆ちゃん。俺の書き方、良くなかったね」

 優一は電話越しにぺこぺこ謝る。

『いいの、いいの。優一くんが、一生懸命取ってくれたことが良く分かるから。気にしないでね』

 実帆は慰めてくれた。

「本当に、ごめんね。あっ、あと、連絡だけど、時間割変更で、明日も家庭科があるよ。六時限目に。帰りのホームルームで担任が言ってた」

『あの、そのことは家庭科の授業でも連絡してたよ。中間テストで抜けた分の埋め合わせって』

「えっ! そうなの?」

『優一くん、聞いてなかったの?』

「うっ、うん。考え事してて」

『優一くん、授業中は集中して先生のお話聞かなきゃダメだよ。テストに出る大事なポイントもお話ししてくれるからね』

「分かった。次からは気をつけるよ。じゃっ、じゃあ俺、そろそろ切るね」

『あっ、待って優一くん』

「なっ、何?」

 優一はぴくっと反応した。

『あの……今度の土曜、明後日だけど、いっしょにショッピングに行こう』

「えええっ!」

 実帆の突然の発言に、優一はどきっとした。

『あの、今日の、お礼がしたくて……』

「あっ、そっ、そう。それじゃ、いっ、いいけど」

デートの誘いなんじゃないのか? これ。

 優一はやや躊躇う気持ちがありながらも、一応引き受けた。

『ありがとう。それじゃ、また明日ね、優一くん』

「うっ、うん」

こうして優一は電話を切った。

「ユウイチくん、今のが、ガールフレンドのミホちゃんですね? How long have you been dating with her?」

「うわっ!」

 優一はかなり驚く。

 すぐ真横に、モニカがいたからだ。現在完了進行形で質問もして来た。

「ガールフレンドじゃなくて、おっ、幼馴染だ」

「幼馴染、つまりChildhood friendなんですか! Wow! ヤヨイちゃんのexpectation通りだね。ねえ、ユウイチくん、ワタシはミホと知り合って十二年になります。を英語で言ってみて。ヒント、現在完了形を使うの。中学生の頃にも習った単元でしょ?」

「えっと……アッ、アイハブ、ビーン、ノウン、ミホ、トウェルヴ、イヤー」

「ノーノー、ダメだよ。You are wrong.I have been known Miho for twelve years.よ。リピートアフタミー」

「アッ、アイハブビーンノウンミホ、フォアトウェルヴイヤーズ」

「Good!」

 優一が棒読み英語で言ってみると、モニカは指でOKサインをとった。

「あっ、どっ、どうも」

「あのぅ、幼馴染ということは、You have ever taken a bath with her,haven‘t you? いっしょにお風呂に入ったこともありますよね?」

 モニカは付加疑問文を用いてさらに質問してくる。

「ないよ」

 優一は俯き加減で言う。

「怪しい」

 モニカは顔をぐぐっと近づけてくる。

「あっ、あのさ、真桜里ちゃん。昨日、地図帳から民族衣装を取り出してたけど、他の教材からも、写真や図に載ってるやつを取り出せるの?」

 優一は無視して真桜里の方に話しかけた。

「もちろん出来るわよ。ちょっと教科書借りるね」

 そう自信たっぷりに言うと真桜里は、化学基礎の教科書巻頭カラーページを開いて手を突っ込んだ。

 そして中から、金の延べ棒《元素記号Au》を取り出した。

「うわっ、マオリソソームすげえ。本物だ」

「真桜里お姉ちゃんすごーい!」

「マオリちゃん、マジシャンみたーい」

 照水裸、根位比愛、モニカはパチパチ大きく拍手する。

「あれ? でも中の写真はそのままだ」

 優一は不思議そうにその教科書を見つめる。

「わたくしが取り出したものは、コピーされたものだからよ。何度でも複製出来るの。続いて英語の教科書から、登場人物のボブ君を取り出してみせましょう」

真桜里は得意げな表情で、今度は英文読解用の教科書に手を突っ込む。

数秒後、

「Ouch!」

 中から男性の叫び声がした。

次の瞬間、クリーム色の髪の毛が飛び出て来た。

 真桜里がさらに引っ張り上げると顔、首、胴体、足も姿を現す。

 真桜里は本当にボブ(Bob)という登場人物を取り出して来たのだ。

「What‘s happen? Where’s here? Why am I here?」

 引っ張り出されたボブは周囲をきょろきょろ見渡す。彼はとてもびっくりしている様子で、かなり戸惑ってもいた。

「やっぱ英語か」

 優一は冷静に突っ込む。彼はあの光景を先に目にしているので、もはやこんなことが起こってもあまり驚かなかった。

「大丈夫だよ。ボブはprobablyこのテキストの範囲を超える用法は使用してこないから。英語の得意な日本人高校生よりもボキャブラリーは少ないと思うよ」

 モニカは推察する。

「Who are you?」

 ボブは教材キャラ達と、優一のいる方に目を向ける。

「やっほー、ボブタジエン。アタシ、金星照水裸というのだ。英語だとI am Kinboshi Tesla.かな?」

「ボブおじちゃん、はじめまして。あたしの名前は四分一根位比愛です。小学四年生、十歳です。趣味はお絵描き、特に好きな食べ物はトーラス構造になってるドーナッツと、回転楕円体に近いお饅頭です」

 照水裸と根位比愛は嬉しそうに自己紹介した。

「ネイピアちゃん、ボブは老けて見えるけど、ワタシやユウイチくんと同級生ってことになってるよ。おじちゃんじゃなくて、お兄ちゃんって呼んであげた方がベターかも」

 モニカは笑顔で伝える。

「そっか。ごめんね、ボブお兄ちゃん」

「Oh! very cuty girl! I‘m very happy to meet you.」

 上背一八〇センチくらいあるボブは中腰姿勢で根位比愛の顔を眺めながらそう叫び、目を大きく開いた。

「モニカお姉ちゃん、ボブお兄ちゃんさっき何って言ったの?」

 根位比愛は興味津々に尋ねる。

「とてもかわいい女の子だね、キミと会えてボクはとても幸せだよ。だって」

 モニカはにこにこしながら教えてあげた。

「わぁーっ、嬉しいなーっ! あたしも幸せーっ」

 根位比愛は満面の笑みを浮かべる。

「Neipia,I fell in love with you at first sight.Shall we dance and s○x?」

 ボブはこう告白すると突然、根位比愛にガバッと抱きついた。

「……いっ、いやあああっ。こっ、怖ぁい、このおじちゃん」

 押し込まれ壁際に追い込まれた根位比愛は途端に怯え出す。

 ボブにほっぺたをぐりぐり引っ付けられて、さらには耳元にフゥーッと息を吹きかけられたのだ。

「おい、何してるんだよ」

「ボブ君、根位比愛ちゃん嫌がってるからやめなさい!」

 優一と真桜里は慌ててボブの背後に詰め寄る。

「Get out of the way!」

「きゃぁんっ!」

「いてっ、強いな、こいつ」

 瞬間、ボブに蹴り飛ばされてしまった。真桜里はしりもちをついたさい、けっこう可愛らしい悲鳴を上げた。

「Bob,Stop body contact to Neipia at once!」

 モニカは強い口調で注意した。

「No way!」

 けれどもボブは聞き耳持たず。

「In place of Neipia,Hug me!」

「I’m not interested in middle age‘s woman like you at all.You are,so to speak,ugly fat pig.」

 ボブは腐った生魚でも見るかのような目つきで、命令して来たモニカに向かって言い放つ。

「まあ、なんですってぇぇぇっ! 失礼ね、このロリコン」

 モニカはぷくぅっとふくれる。

「今ボブ、何って言ったの? 早口で分かりにくかった」

 優一が質問する。

「おまえのような年増には全く興味ないね。おまえはいわば、醜い太った豚だ、だって。I‘m pissed off! I‘m as old as you! My birthday may be later than you! ユウイチくん、be interested inは~に興味があるっていう重要英熟語だから、しっかり覚えておいてね。否定文にはnotよ。これを覚えたらハ○ヒの名台詞が英語で言えるよ。あともう二つ重要英熟語、not~at allは全く~ない。so to speakはいわば、例えて言うならっていう意味だよ」

 モニカはボブを睨み付けながらも、ちゃっかり優一に英熟語を教えてあげる。

「I‘ll marry Neipia in the near future.If the sun were to rise in the west,I wouldn’t change my mind.」 

 ボブはスキンシップをやめようとはしない。

「やめてやめてやめてぇぇぇぇぇぇぇ~」

 根位比愛は大声で泣き叫ぶ。

「ボクは近い将来、ネイピアと結婚するんだ。仮に太陽が西から昇っても、ボクは決心を変えないよ。ですってぇぇぇーっ。Pervet! Fuck you! Peice of shit! You are scum! ユウイチくん、marryは前置詞toやwithを付けずに目的語を取るよ。marryだけで~と結婚するっていう意味になるの。あとIf主語were to動詞の原形で、もし仮に~したら、……だろうという意味だよ。この表現はIf主語should動詞の原形よりも、さらに実現可能性の低いことについての仮定に使われるの」

 モニカの怒りはさらに増した。けれどもボブの会話中に出て来た重要英語イディオムはしっかり解説することを忘れない。 

「あっ、あのうボブさん。根位比愛さんとても怖がっているので……」

弥生も彼の暴挙を止めさせようと説得に加わる。

「Really? Neipia,please don‘t be afraid to me.If you marry me,I‘ll buy anything you want to.」

 ボブは一応、日本語も理解出来ているようだった。彼は根位比愛に優しく微笑みかける。

「ボブおじちゃん、早くやめてぇぇぇぇぇぇぇーっ」

 しかし逆効果。根位比愛はますます大泣きしてしまった。

「Why?」

 ボブはハハハッと陽気に笑いながら問いかけ、再び根位比愛に頬を引っ付ける。

「ロリコンのボブタジエン、ネイピアデニンいじめちゃダメだぞ」

 照水裸はこう注意すると直径十センチくらいの鉄球に変身し、ボブの脳天にゴンッと直撃させた。

「Ouch!」

 ボブに衝撃が走る。両目が☆になった。

「引っ込め! 引っ込め!」

 照水裸は元の姿に戻ると英語の教科書を素早く拾い上げ彼のいたページを開く。そしてボブの脳天に押し付け、中へと戻してあげた。

 これにてボブのZ軸成分が0と化し、二次元座標への変換が完了した。

「あぁん、すごく怖かったよぅぅぅ~。ありがとう、照水裸お姉ちゃぁぁぁーん」

 根位比愛はえんえん泣きながら礼を言い、照水裸にぎゅぅっとしがみ付く。

「どういたしまして。ボブタジエンは有害なホモサピエンスだったね。アタシも対象外みたいだったし。ボブタジエンの質量を全てエネルギーに変換した方よかったかな? 質量×光速度二乗で、とんでもないエネルギーになっちゃうから不可能だけどね」

 照水裸はにこにこしながら物理学的に説明する。

「ボブって子、何がBob is the kindest boy in our class.よ。教科書の本文と全然違うじゃない。To tell the truth,Bob is not only Lolita complex,but also crazy.」

 モニカは、まだぷっくりふくれていた。

「ボブ君は、肉食系男子ね」

 真桜里はぽつりと呟く。

「肉食系男子って、ティラノサウルスみたいだな。犬歯も発達してるのかな?」

 照水裸はすかさず突っ込みを入れた。

「ワタシ、肉食系の男の子は苦手だな。ユウイチくんみたいな草食系がいい」

 モニカはそう告げて、優一の手をぎゅっと握り締めた。

「えっ、あっ、あの」

 優一の頬は酸性を示すリトマス試験紙のごとく赤くなる。

「ユウイチくん、照れてる。かわいい」

 モニカはにこっと微笑みかけた。

「そっ、そんなことないって」

 優一は必死に否定しようとする。

「優一君、しぐさでバレバレよ。あの、英語の教科書にもう一人出てくるイギリス人男の子キャラ、トム君も引っ張り出してみようかしら? handsome boyって書かれてあるから」

 真桜里は微笑みながら問いかける。

「真桜里お姉ちゃん、もう止めて! また変なおじちゃんだったら嫌だよぅ」

 根位比愛はげんなりとした表情で伝えた。

「この教科書に出てくる女の子、ワタシと漢字違いの早紀子と、メアリーとスージーはきっとボブに悲しい目に遭わされてるわ」

 モニカはため息まじりに告げる。

「ボブ君も二次元平面上では本文通りのいい子かもしれないわよ。三次元空間上の女の子はオタクを嫌うひどい子が多いのと同じようにね。さあ、優一君、今からは自宅学習の時間よ」

 真桜里はそう告げると、優一の後ろ首襟をガシッとつかんだ。

「えっ、いっ、今から?」

「当然よ! 数彦君曰く高校生の本分は学業、大勢の友人同士で海や遊園地やカラオケボックスなんかで遊び回って恋愛なんかもしちゃってるリア充共は爆ぜろだからね」

 戸惑う優一に、真桜里はきりっとした表情で言う。

「優一お兄ちゃん、勉強を一日サボったら、元の学力を取り戻すのに一週間かかるよ」

 根位比愛は笑顔で忠告する。

「さあユウイチくん、シッダウン!」

「わわわ」

 優一はモニカの手によって無理やり学習机の椅子に座らされた。

「まずは学校で出されたホームワークからよ」

「宿題は、今日は出てないよ」

「優一君は、宿題が出てなかったら家庭学習はしなくてもいいと思ってるの?」

「そりゃそうだろ」

 真桜里の質問に、優一は笑いながら答えた。

 次の瞬間、パチーンッ! と乾いた音が鳴り響く。

 真桜里が優一のほっぺたを思いっ切り引っ叩いたのだ。

「……なっ、何するの?」

 優一は突然のことに動揺していた。徐々に泣き出しそうな表情へと変わっていく。

「愛の鞭よ」

 真桜里はきりっとした表情で伝えた。

「ユウイチくん、高校生はね、ホームワーク無くても授業の予習復習するのが当たり前だよ。ワタシ達、今日からユウイチくんの成績をアップさせるために、シビアに学習指導していくからね。怠けたら体罰もあるよ♪」

 モニカはにこやかな表情でさらっと告げた。

「えっ……」

 優一はびくっとなる。

「学校では体罰は禁止されてるようだけど、わたくし達は容赦なくやるわよ」

「なんてったってワタシ達は非実在だから、ユウイチくんが再起不能になるまでボコボコにしても、killしても罪に問われないもんね」

 モニカはにこりと笑った。

「恐ろしいこと言うなよ」

 優一はさらに表情が強張り恐怖心が増した。

「真面目にやれば体罰はしないから。優一君、姿勢を正しなさいっ!」

「ちゃんと真面目にやらないと、坊主頭にしちゃうぞ、ユウイチくん」

「いっ、いててて」

 真桜里に両サイドからほっぺたをつねられ、モニカに髪の毛を引っ張られながらくどくど説教され、優一の恐怖心はさらに高まった。

「ユウイチくん、まずはデスクの上をちゃんと片付けようね。ワタシがやってあげようとは思ったけど、それじゃあユウイチくんのためにならないからね♪」

 モニカはにこにこ顔で注意する。

「わっ、分かったよ」

 優一はびくびくしながら素早く手を動かし、散らばっていた教科書、プリント類などを集め、隅の方へ寄せてスペースを設けた。

「それじゃ優一お兄ちゃん、数学の特訓からやろう」

 根位比愛は自身が入っていた数学のテキストを学習机の上にポンッと置く。

「でっ、でも、そのテキストは白紙じゃ……」

「大丈夫だよ。捲ってみて」

「うっ、うん」

 優一は不思議に思いながらも、根位比愛に言われた通りにしてみる。

「あれ? 問題文が、ちゃんと載ってる」

 優一は現れた図や数式を驚き顔で凝視する。

「優一お兄ちゃん、シャーペン持ってさっさと解いて。標準時間は五分だよ」

 根位比愛はそれを優一に手渡した。

「わっ、分かった」

優一はそこにある問題を解き始める。整数の性質に関するものだった。

「優一お兄ちゃん、答は合ってるけど解くのおそーい! もう一回やり直し」

 根位比愛が開かれているページに手をかざすと、優一がさっき書き写した文字が跡形も無く消えてしまった。

 さらに、問題文が一新され数値まで変更された。

「こんな能力も使えるのか」

 優一はあっと驚く。

「問題文は自在に操れるよ。すごいでしょ? モニカお姉ちゃんも真桜里お姉ちゃんも弥生お姉ちゃんも照水裸お姉ちゃんもみんな同じ能力が使えるよ。テキストが最初白紙なのは、受講生の学力に合わせて演習問題のレベルを調整するためだよ」

 根位比愛はてへっと笑う。

「そっ、そうなんだ」

「優一お兄ちゃん、感心してる暇があったら、さっさと問題解き始めて」

「わっ、分かった」

優一は根位比愛に命令されるがまま、同じ単元に関する問題を解いていく。

「さっきよりは早くなったけどまだ遅いなぁ。もっと頑張ってね、優一お兄ちゃん。次は単元変えるね」

 根位比愛は手をかざす。またも優一の書いた文字がふっと消え、問題文が一新された。

優一は続いて、二次不等式と因数分解に関する問題を解き始める。

 数分後、

「時間オーバー、それに、計算間違いも多いよ。次はこの単元の問題解いてね」

根位比愛がまたまた注意してくる。ぷっくりふくれて不機嫌そうだった。

「分かった。今度は順列・組み合わせかぁ。その分野は特に苦手なんだよなぁ」

 優一は一問目の黒玉5個と白玉3個を一列に並べる時、白玉が隣り合わないような並べ方は何通りあるかという問題から悩んでしまう。

「優一お兄ちゃん、手を休めちゃダメーッ! 順列と組み合わせは習ったばかりでしょ?」

「あいたぁーっ!」

 根位比愛にコンパスの針でほっぺたをプツッと突かれてしまった。

「優一君は、中学生の頃はテストの成績良かったみたいだけど、どんな勉強方法をしてたのかな?」 

「その時は、テスト前だけ、一夜漬けみたいな感じで、やってました。それでも、けっこう良い点取れたので」

 真桜里から唐突にされた質問に、優一はびくびく怯えながら答える。

「優一君、高校のテストではそんなやり方じゃ通用しないってことは実感したでしょ? 一夜漬けで身に付けた知識は、そのほとんどがすぐに忘れちゃうの。本当の実力は身に付いてないってことを肝に銘じておきなさい!」

「わっ、分かりましたぁぁぁーっ」

 厳しく注意された優一は体罰されないようにと、必死に思考回路を巡らせシャープペンシルを動かし問題に取り組む。

 全部で十題あるうち八題目を解いている途中、

「あのさ、俺、トイレ、行きたくなったんだけど」

 優一は椅子に座ったまま足をくねくねさせ始めた。

「真桜里お姉ちゃん、優一お兄ちゃんがおしっこだって」

 根位比愛は真桜里の袖を引っ張りながら伝える。

「ダメ! 認めません。講義中のトイレ行きたいは、逃げるための常套文句ですから」

 真桜里は厳しい表情で告げる。

「そっ、そんな……」

 優一の表情は強張った。

「これにすれば大丈夫よ」

真桜里はにこっと笑い、現代社会の資料集に手を突っ込む。そして環境問題に関する項目が載っているページからペットボトルを取り出し、優一の目の前にかざした。

「でっ、出来るわけないだろ」

 優一は当然のように拒否した。

「ユウイチラコイド、ズボンのチャック開けるね。あっ、パジャマだからついてないのか。直接脱がしちゃえーっ」

 照水裸は優一の側により、ズボンを引っ張ろうとする。

「ワタシも手伝うよ」

 モニカも加担してくる。

「やっ、やめてくれ」

 優一は全身をぶんぶん振り動かし必死に抵抗する。

「ユウイチくん、このままじゃおもらししちゃうよ」

「ちなみにペットボトルのペットとは、ポリエチレンテレフタレートのことなのだ。エチレングリコールとテレフタル酸との脱水縮合により作られるのだ。有機化学分野で習うぜ」

 けれどもモニカと照水裸の方が優勢だ。

「あっ、あのう、真桜里さん。厠には、行かせてあげた方がいいのではないでしょうか?」

「真桜里お姉ちゃん、優一お兄ちゃんがかわいそうだよ」

弥生と根位比愛は説得する。

「……それじゃ、特別に許可するわね」

 真桜里は数秒悩んだ後、こう告げた。弥生にあの姿に変身されては困る、と感じての判断であった。

「よっ、よかったぁ~」

 優一はモニカと照水裸から解放されるとすぐさまガバッと立ち上がり、一階にあるトイレへ向かって走っていった。


(規制対策のため削除)


 自分の非は認めない優一が自室の扉を開くと、残る三人は優一の所有するマンガやラノベを読み漁ったり、携帯ゲーム機で遊んだりしていた。

「あっ、あのう、もう一度言うけど、あんまり俺の部屋を荒らさないでね」

 優一が優しく注意すると、

「ごめんなさい優一さん。すぐに元の位置へ戻します」

「了解、ユウイチラコイド」

「優一お兄ちゃん、すぐお片づけするね」

 三人は快く応じてくれた。

「さてと、問題の続きやらないと」

 優一が椅子に座り、シャープペンシルを手に持った。

 その時、

「ユウイチくぅーん」

「もう、優一君ったら。シャイな男の子ね」

モニカと真桜里の声がするのとほぼ同時に、部屋の扉がガチャっと開かれた。

「ごっ、ごめんなさーっい」

 優一は反射的に謝る。

「ユウイチくん、I don‘t mind at all that I was peeped by you.」

 モニカは頬をピンク色に染めながら自分の気持ちを英語で伝える。

「わたくしもモニカちゃんのあとにやったわよ。優一君、なんで逃げたのかな? 男の子なら、こういうシチュエーション大喜びすると思ったのに」

 真桜里は不思議そうに尋ねて来た。

「エロゲーの世界じゃないんだから」

 優一は困惑顔ですかさず突っ込む。

「ユウイチラコイド、アタシ以外は普通に排泄行為をするからね。この四名は三次元空間上では現実の女の子と生物学的特徴が同じだから。アタシの場合は、飲食物は体内でエネルギーに変換されるからする必要ないけどな」

 照水裸はにこにこしながら自慢げに語る。

「ド○えもんかよ」

 優一はまたもすかさず突っ込んだ。

「まあでもアタシでも月一、数日に渡って血液が子宮から体外に排出されるのだけどね。三次元世界の人間の女の子で言うとアノ日のことだよ。ユウイチラコイド、このことを正式名称で何と言うかもちろん知ってるよね? 保健の授業とかで習ったでしょ? 答えてみて」

 照水裸は少し照れくさそうに訊く。

「もうその話はいいよ」

 優一は俯き加減に言った。

「優一お兄ちゃん困ってるから、数学のお話に戻るね。あたし、優一お兄ちゃんが学校にいる間、数学の中間テストの問題も拝見したけど、簡単過ぎだよ。問題集から数値もそのまま出されてるのが三分の一くらいあった。こんなので九〇点百点取ったって意味がないよ。問題を作った先生も手を抜き過ぎ。採点で楽をしようと思ったんだね」

「えっ、俺にはかなり難しく感じたんだけど」

 根位比愛の不満そうな指摘を優一は即反論する。

「それは優一お兄ちゃんに基礎学力があまりついてないからだよ。模試では、今まで見たこともないような問題が出るの。数値変えただけで解けなくなるようではダメだよ!」

 根位比愛はむすっとした表情で優一を見上げながら苦言を呈した。

「化学と生物も問題集からのコピーがかなり目立ってたぜ。ユウイチラコイドの偏差値は化学基礎が四八.八、生物基礎が五一.六かぁ」

「古典も、ワークからそのまま出されている問題が多く感じました。学年平均も七四点もありますし」

「世界史Aは本当に酷かったわ。ワークからそっくりそのままので大半を締められてるもの。平均も八一点って。優一君は九四点も取ってるけど、学年順位は六五位だし。得意科目みたいだけど、これじゃダメね」

 照水裸、弥生、真桜里の三人は優一の個人成績表を眺めてため息をついた。

「確かに世界史百点いっぱいいたなぁ。あの、もう十一時過ぎてるし、そろそろ終わりに」

 優一は目覚まし時計の針を眺める。かなり眠くなって来ていた。

「ダメだよ! ユウイチくん。まだ今日の分ほとんどやってないよ。高校一年生は少なくとも三時間はやらなきゃ」

 モニカは厳しく注意する。

「ユウイチラコイド、ほら見て。ミホルマリンも家庭学習頑張ってるぜ」

 照水裸に言われ、優一はテレビモニターに目を向ける。

 実帆が学習机に向かって、一生懸命英語の演習問題を解いている姿が映し出されていた。

「ほんとだ」

 優一は食い入るように見つめる。普段よく浮かべるのほほんとした表情とは違い、真剣な表情をしていた。

「こちらは駿平君の様子よ」

 真桜里がリモコンを操作すると、駿平のおウチ内部が映し出された。

 彼もまた、机に向かって数学の演習問題を解いていた。

「駿平も、天才かと思いきや、やっぱ陰で努力してるんだな」

 優一は感心しながら呟く。

「その通りです。駿平さんも、実帆さんも、長年刻苦勉励し続けて、あれだけの高い学力を身に付けられたんですよ。テスト前だけ勉強すればいい、なんていう優一さんのような浅はかな意識の持ち様とは違うのです。真の学力というのは、一夜漬けで身に付くようなものでは到底ありません。優一さんは、中学生の頃や高校の一学期に一夜漬けで覚えた内容を、今もう一度やって完璧に解けますか?」

「……それは、自信ないな」

 弥生からの質問に、優一は俯き加減で答えた。

「そうでしょう優一さん。楽をして成績が上がるなんてそんな甘い考えではいけませんよ」

「学問に王道なしは、ユークリッドの有名な言葉だよ、優一お兄ちゃん」

 根位比愛は得意げに教える。

「さあ、ユウイチくん。次は英語を頑張ろう。ユウイチくん一番の苦手科目みたいだから、重点的にやろうね」

「分かった!」

 優一は急にやる気がみなぎって来た。

 椅子に座ると、さっそくモニカが調節した演習問題を解いていく。

「ユウイチくん、ここスペルミスだよ!」

「いったたたぁ、ほっ、ほっぺたそんなに強くつねらないで」

 時折モニカから体罰を受けながら。

     ☆

まもなく日付が変わる頃、

「優一お兄ちゃん、あたし、もう眠いから、寝るね」

「わらわも眠いので、寝ます。子の刻以降に起きているのは辛いです。おやすみなさいです」

「アタシも眠くなって来たぜ。夜行性じゃないからね。ユウイチラコイド、あとは頑張ってね」

 睡魔に負けた根位比愛、弥生、照水裸は自分のテキストの中へと飛び込み就寝。


 0時二〇分頃。

「優一君、秋の夜長にぴったりの夜食よ。元気が出るわよ」

 英語の特訓中、真桜里が学習机の上に、あるメニューを置いてくれた。

 タイ名物、トムヤムクンだった。

「ありがとう真桜里ちゃん。これも地図帳から取り出したんだね」

「その通りよ。食べ物だって取り出せるの」

「ユウイチくん、これ食べてLet‘s breathe for a moment.」

「じゃあ、いただきます」 

 優一は一旦シャーペンを置き、お皿に浸されてあったレンゲを手に取る。そしてお汁と具をいっしょに掬って口に運び入れた。

「かっ、からぁ」

 瞬間、舌をぺろりと出す。

「優一君、辛いのは苦手?」

「うん」

「ごめんね。ちょっと待ってて」

 真桜里はトムヤムクンを地図帳に戻し、代わりにタイ名物のデザートを取り出した。

「ありがとう」

 机の上に置かれると、優一はすぐさまスプーンでお口に運んでいく。

「美味しい?」

 モニカがにこやかな表情で尋ねると、

「うん。ココナッツ味がけっこう甘くて」

 優一は笑みを浮かべて答えた。彼は美味しそうに全てを平らげた。

「さあユウイチくん、もう少しだけ頑張ろう。毎日コツコツ努力すれば、一時凌ぎではない本当の学力が身に付くからね」

 モニカはウィンクする。

「分かったよ、モニカちゃん。俺、一生懸命頑張るから」

 優一は再びシャーペンを手に取り、英文読解の演習問題を解いていく。

英語の今日の分を学習し終えた頃には午前一時過ぎ、優一はようやく寝させてもらえた。

まさか、体罰されるなんて思いもしなかったよ。叩かれたところがズキズキする。物理的な暴力が振るわれない分、烈學館の方がマシなんじゃないのか? でも、優しくも励ましてもくれたし、それに、顔もしぐさも声もすごく萌えるし、これからもあの子達に教えてもらいたいなって感じたな。

 布団の中で、優一はそんなちょっぴりMっ気が芽生えて来た。彼が眠り付いてから数分のち、

「優一さん、傷を治しておきますね」

 眼鏡を外した弥生が国語のテキストから飛び出て来て、優一に向かって手をかざした。

 すると優一の顔や腕、下腹部、足に出来た痣が瞬く間に消えていったのだ。

「優一さんの寝顔、いとかわいいです。わらわは体罰に加担しないので、ご安心下さいね。おやすみなさい」

 弥生は小声で伝えて小さくあくびをし、自分のテキストへと戻っていった。

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