第一話 学業成績ガタ落ちでスパルタ教育進学塾強制入塾確定な俺に、幼馴染が助言してくれた窮地を切り抜ける方法とは?
「優一ぃっ、ますます順位落ちとるやない。もっと本気で勉強せな、あかんやないのっ!」
「母さん、これでもまだ平均点はあるだろ。そんなに怒らなくても……」
十月下旬のある木曜夕方。北摂のとある文教都市、閑静な高級住宅街に住む西風優一は自宅リビングで母から厳しく咎められていた。引き金となったのは、彼の在籍する大阪府立豊中塚高校一年五組で今日配布された二学期中間テスト個人成績表である。
ソファに座る二人、ローテーブル越しに向かい合う。
「優一は体育とかの実技系が苦手な子なんやから、筆記試験くらいは平均より遥かにええ成績維持せなダメなんよ」
「それは分かってるけど……」
うるさいなぁっ、と心の中で鬱陶しく思いながら優一は薄ら笑いを浮かべ、不愉快そうに呟く。彼の総合得点学年順位は全九クラス三五七人中、一七三位だった。
「優一はやれば出来るめっちゃ賢い子やねんから、ここで本腰入れて頑張らなきゃね。あの約束は覚えとる?」
母は険しい表情から、にこにこ顔へと急変化した。
「えっ……何の、ことかな?」
優一は視線を天井の方に向けて、忘れた振りをしてみる。
「とぼけたって無駄よ。証拠はちゃぁんと残しとるんやから」
母はそう告げたあと、テーブル上の小物入れからICレコーダーを取り出した。優一の眼前にかざすや否や、再生ボタンをピッと押す。
『優一、今度の中間でも総合順位百位以内に入れてへんかったら、塾放り込むでー』
『分かったよ母さん。それくらい楽勝だって』
こんな音声が流れたあと、
「このことよー」
母はニカッと微笑みかけてくる。
「……録音、してたのかよ。いつの間に……」
優一の顔は引き攣った。彼はあのやり取りをしっかりと覚えていたのだ。
「ふふふ、言い逃れ出来ひんようにこれくらい対策済みよ。優一、もし次の期末テストも悪かったら、あんたの部屋にある大量のジャ○プとエッチな少女マンガ、全部捨てるからね♪」
「えっ! そんなぁっ。そこまですることはないだろ」
「だって優一、あんないかがわしいのをいーっぱい買い集めるようになってから、テストの順位が急激に落ち始めたやないの」
「それは全然関係ないって」
「大いにあります!」
「……中学の時とは〝母集団〟が違うだろ。俺が通ってる高校、勉強出来る子ばかりが集まって来てるんだから、俺の順位が相対的に落ちてくるのは当たり前だろ」
「見苦しい言い訳ね。実帆ちゃんは中学の頃から今でもずーっと高順位を維持出来とるでしょ?」
焦り顔で弱々しく反論する優一に、母は得意げな表情で訊く。
「あの子は、俺とは地頭が違うから」
優一は迷惑そうに振る舞い、個人成績表を取り返すと足早にリビングから逃げていった。
実帆ちゃん、フルネームは里井実帆。優一のおウチのすぐ近所、三軒隣に住む同い年の幼馴染だ。学校も幼小中高ずっと同じ。お互い同じ高校を選んだのは、家から一番近いそれなりの進学校だからというのが最たる理由だった。
確かに俺、スポーツ苦手だし音楽や絵の芸術系の才能も全然ないし、コミュ力低いし人付き合い苦手だし、背も低いしたいしてイケメンでもないし。そんな俺が将来勝ち組になるためには、高学歴を得ることが一番確実な方法だもんな。このままズルズル行ったら阪大どころか関関同立も危ないかも。
優一は個人成績表を眺めつつ苦笑いを浮かべながら二階の自室に足を踏み入れた。フローリング仕様で広さは七帖。窓際の学習机の上は教科書・参考書類やノート、筆記用具、プリント類、携帯型ゲーム機&対応ソフトなどが乱雑に散りばめられていて、勉強する環境には相応しくない有様となっている。机だけを見ると普通の男子高校生らしいお部屋の様相と思われるだろう。しかし、それ以外の場所に目を移すとアニヲタ趣味を窺わせる光景が広がっているのだ。
本棚には少年・青年コミックスや雑誌、小説などが合わせて三百冊以上は並べられてあるものの、普通の男子高校生が読みそうなスポーツ誌やメンズファッション誌は一冊も見当たらない。優一の所有する雑誌といえばアニメ・声優・ゲーム・漫画系なのだ。
アニソンCDも何枚か所有しており、専用の収納ケースに並べられていた。DVD/ブルーレイプレーヤー&二四V型液晶テレビも置かれてある。
本棚上や収納ケース上には萌え系ガチャポンやフィギュアが合わせて十数体飾られていて、さらに壁にも人気女性声優や萌えアニメのポスターが何枚か貼られてあるのだ。
母さん、俺の部屋、ジャ○プや少女マンガなんて一冊も置いて無いんだけどなぁ……。
一段ベッドに腰掛けた優一は心の中で突っ込みつつ向かいの本棚を眺めていると、スマホの着信音が。今流行りのアニソンだった。
「実帆ちゃんからか」
優一が通話アイコンをタップすると、
『優一くん、塾の件、どうだった?』
実帆は心配そうに問いかけてくれた。
「烈學館行かされることが百パー決まった」
優一は暗い表情で答えた。
『優一くん、大丈夫? その塾って、未だ昭和的な教育方針で酒呑童子も怯えて泣き出すほど先生がものすごーく恐ろしいって噂のとこでしょ? ちゃんとやって行けそう?』
「入ってみなければ分からないけど、きっと無理だと思う」
『そっか。私もそう思うよ。私だってあんなとこ入ったら初回授業でPTSDになっちゃうよ。優一くん、こうなったら、通信教育だよ。通信教育で勉強するから塾へは行かないって交渉するんだよ』
「通信教育ねぇ。でも俺、小中学校の時取ってたっていうか母さんに取らされてた進○ゼミみたいに教材ほったらかしにした前科から、絶対断られると思うんだ」
『優一くん、あの塾だったら、通信教育で勉強した方が絶対いいよ。精神的に。優一くんでも長続きしそうなやつ、例えば、優一くんかわいい女の子がいっぱい出てくるアニメとか好きだから、そういう萌え系のキャラが解説してくれる教材が使われてる通信教育を、ネットで探してみたらどうかな?』
「そんなのないと思うけど……一応、探してみるよ」
『頑張ってね。朗報を祈るよ』
「……うん」
優一は電話を切ると、さっそくまだ帰っていない父の部屋へ向かい、ネットに繋がれたノートパソコンを起動させる。
続いてポータルサイトの検索窓に『萌えキャラ』『通信教育』『高校生』『五教科』と一単語毎にスペースキーを押して入力し、Enterキーを押した。
「やっぱあるわけないよなぁ」
優一は苦笑いする。検索結果1~10件目に表示されたのは、目的とは全く異なるサイトへのテキストリンクだった。優一は《次へ》をクリックし11件目から20件目を表示させたが、先ほどと同じく目的とは全く異なるものだった。
21件目以降も調べていったが、やはり目的のものは見つからず、最終ページまで辿り着いてしまった。百数十件しか検索されなかったため、あっという間だった。
「まあ、こうなるとは思ってたよ」
優一は両腕を上に伸ばして一息つくと、
「ちょっと語を変えてみるか」
今度は『萌えキャラ』『高校生向け』『通信講座』『五教科』『二次元美少女』『アニメ絵』……などと思い付く限りの語を入力して打ち込んで再検索してみた。
「わっ、なんだ、これ?」
すると検索結果1~10件目の1件目にいきなり、【萌える通信教育高校講座】という青い文字で表示されたテキストリンクが目に飛び込んで来た。
優一は思わずそれをクリックして、そこのホームページを開いてしまった。
「……うわっ!」
優一は切り替わった画面を見て目を丸める。小学生から高校生くらいに見える、五人のかわいらしい女の子達のアニメ風イラストで彩られていたのだ。
「苦痛な家庭学習が娯楽に変わっちゃう、萌える通信教育高校一年生コース。萌えキャライラスト付き学習テキストをキミにお届け。キミの家庭学習を手厚くサポートしてくれる萌えキャラは、当ページに掲載されているこの五人の女の子達。キミの通う高校の先生と同じように、教科毎に違うタイプの女の子がレクチャーしてくれるというわけなのだ。この個性的な五人の美少女家庭教師達といっしょに楽しみながらお勉強しよう。偏差値五〇未満のキミも、今から受講すれば東大現役合格も夢じゃない。新学習指導要領、3Dにも対応だよ♪」
説明文を優一がやや早口調で読み上げると、
「おうううううっ、あるじゃんっ! やっぱ探してみるもんだな」
画面に顔をぐぐっと近づけ興奮気味に叫ぶ。
「これ、キャラデザすごくいいな。キャラクターデザイン&テキスト監修、数魔数彦って、かっこいいペンネームだな。教材費が十一月号から来年三月号までの五ヶ月分一括払い、十万八百円って、めちゃくちゃ高い気もするけど……」
続いてこのホームページ内の教材広告をカラーでプリントアウトしておいた。
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そのあと、
「母さん、話があるんだ」
優一はさっそくキッチンにいる母に交渉しに行った。
「なあに?」
夕食の準備を進めていた母は振り返り、素の表情で尋ねてくる。
「……塾に行くよりもさ……その……通信教育で、いいんじゃ、ないかなぁっと」
優一は恐る恐る要望を伝えてみる。
「通信教育ってあんた、小中学生の頃、進○ゼミとってあげたけど、全然やらへんかったやない。今回もどうせ長続きしないに決まっとるわ」
険しい表情を浮かべられ、予想通りの反応をされた。
「今度は違うんだっ! その、テキストに、美少女キャラが描かれたやつで。その子達からの解説も付くみたいで。これ、なんだけど……」
優一は焦るように早口調で説明し、プリントアウトした例の広告を取り出してテーブル上に置く。
「なんよこれ? オタク系アニメの広告やないの」
またも予想通り、母に険しい表情で突っ込まれた。
「違うっ! これは、歴とした高校生向けの学習教材なんだ! 最近は表紙や中身にかわいい女の子の絵が描かれた学習教材も増えて来てるんだよ」
優一は母の目を見つめながら強く主張する。
「そうなの?」
母はきょとんとなった。
「俺がかわいい女の子の絵が描かれたアニメやマンガが大好きなことは母さんよく知ってるだろ。俺、こんなイラスト付きの学習教材なら、絶対やる気になれるから。これ、やらせてくれ、お願いっ!」
優一は土下座姿勢になり、懇願する。
「うーん、あんたがそこまで言うんやったら……」
母が教材広告を苦笑いで眺めながらこう呟くと、
よぉし、いいぞ。
優一の口元が緩む。
「お父さんに相談してからね」
母は続けてこう告げた。
「やっぱそう来たか」
すぐにOKとはいかず、優一はがっかりした表情を浮かべた。
それから二〇分ほどのち、
「ただいまー」
優一の父が帰ってくる。彼の職業は私立中高一貫校の物理教師だ。
「西風先生、優一がね、塾やなくて通信教育で勉強したいって言うんよ」
母はキッチンへやって来た夫に、やや困惑顔で伝えた。
《西風先生》優一の母が夫を呼ぶ時は、職業柄からかいつもこう呼んでいるのだ。
「そっか。まあ、塾に行けば成績が上がるという保証はないからね。しかも烈學館だろ。相当厳しい塾らしいし、優一みたいな気弱な子じゃやっていけないんじゃないか?」
「そう思うだろ父さん? 俺がやりたい通信教育は、こういうやつなんだ」
優一は例の広告を父にも見せた。
「……なんか、かわいらしい絵が付いているんだな。うちの生徒にも、こういう感じのイラストが書かれた英単語帳を持ってた子がいたような……」
父はそれを手に取ると、ぽかんとした表情を浮かべる。
「最近の高校生向け学習教材はこういう感じのやつが増えて来てるんだ。教師やってる父さんなら分かるだろ?」
優一は父の目を見つめながら問いかけた。
「ああ、見たことはあるから。来年三月までの五ヶ月分一括払い、十万八百円か……塾に行って成績が上がらなかった損失と、通信教材を利用して上がらなかった損失とを考慮すると……通信教材の方がいいかもな」
父はにこやかな表情で意見する。
「西風先生」
母は困惑した。彼女は当然、優一を塾へ行かせたいと思っているからだ。
「やったぁ!」
嬉しさのあまり、優一はガッツポーズを取った。
「でも優一、もし期末テストで百位以内に入れてへんかったら、今度こそ烈學館行ってもらうからね」
「分かったよ、母さん」
「西風先生も、それでいいですね?」
「……うん」
父は気弱に承諾する。西風家は、かかあ天下なのだ。けれどもノートパソコンは父の部屋に一台だけ所有されてある。優一はそのパソコンを利用してまた例のホームページを開いた。スクロールバーを下に移動させると応募フォームが現れる。優一は※で表示された郵便番号・住所・メールアドレス、氏名・電話番号・学年・生年月日・性別、希望の講座、得意科目と苦手科目という必須項目を全て入力し、送信ボタンを押した。
それからすぐに、入力したメールアドレス宛に自動返信メールが送られて来た。その本文中にお礼のお言葉と、振込口座番号と支払い期日が記されてあった。
「実帆ちゃん、うまく説得出来たよ」
『やったね優一くん、烈學館に行かされずにとりあえずは済んで』
夕食後、優一は自室に戻るとさっそくスマホで実帆に報告。実帆はホッと一安心してくれたようだ。
『おう、そりゃよかったじゃん』
『おめでとうございます。僕としてもすこぶる嬉しい限りですよん』
そのあと男の親友二人にもスマホで報告した。
☆
翌朝、八時ちょっと前。西風宅にピンポーン♪ とチャイムが鳴り響く。
「はーい」
母が玄関先へ向かい、対応する。
「おはようございまーす」
お客さんが先に玄関扉を開けた。
実帆であった。学校がある日は毎朝この時間くらいに優一を迎えに来てくれる。面長ぱっちり垂れ目、細長八の字眉。ふんわりしたほんのり栗色な髪を小さく巻いて、フルーツのチャーム付きシュシュで二つ結びにしているのがいつものヘアスタイル。背丈は優一より十センチほど低い一五五センチくらいで、おっとりのんびりとした雰囲気の子なのだ。
「おはよう実帆ちゃん」
「あのっ、おば様。優一くんの成績をアップさせてあげられなくてごめんなさい。私の教え方が悪かったみたいで」
「実帆ちゃんは全然気にせんでええんよ。相変わらずテスト前でもジャ○プや少女マンガばっかり読んで勉強サボった優一が悪いんやから」
自責の念に駆られていた実帆を、母は爽やか笑顔で慰めてあげる。
実帆はとても心優しい子なのだ。
……母さん、俺、そういった本は一冊も持ってないって。
二人の会話は食事中の優一の耳にもしっかり届いていた。
*
「母さんはコン○ティークとかア○メディアとかメ○ミマガジンとか、マ○ジン、サンデーとかも全部ひっくるめて〝ジャ○プ〟、女の子が表紙のラノベや漫画のことなんか少女マンガって呼んでるんだけど、大昔の親みたいでしょ?」
「優一くんのおば様、食事のことを全部〝ちゃんこ〝って呼ぶお相撲さんみたいだね」
「そうそう、まさにそんな感じ」
「でも便利な呼び方だと思うなぁ。ところで優一くん、今日までに提出の数Aのプリントは、全部出来てる?」
「いや、それが、半分近く空欄なんだ。今回のは分からない問題が特に多くて」
「じゃあ写させてあげるよ」
「悪いなぁ。最近こういうことばかりで」
「全然気にしなくていいよ」
実帆と優一はいつもと変わらず仲睦まじく会話を弾ませながら徒歩で通学。芸術選択で共に書道を選んだのが功を奏したか、クラスも今は同じだ。
優一が自分の席に着いてから五分ほどのち、
「ぃよう、ゆういち。萌え系の通信教育始めることにしたんだってな」
いつものように彼の高校時代からの親友、鍋本圭太が登校して来て近寄ってくる。丸っこいお顔で目は細め、背丈は一六九センチと普通だが、ぽっちゃり体格な子だ。
「おはよう圭太」
優一は明るい声で挨拶を返してあげた。圭太の出席番号は優一のすぐ前。そのことがきっかけで入学式の日から自然に話し合う機会が出来、お互い仲良くなったというわけだ。部活動を選ぶ際、体育が苦手なため運動部には一切興味を示さなかった優一は、科学部にするか地歴部にするか悩んでいた。そんな時、圭太に「おれ、文芸部に入るから、ゆういちもいっしょに入ろうぜ」と半ば強引に誘われ、結局当初入る気もなかった文芸部に入部することに決めたのが四月の終わり頃。その選択により、圭太との友情をますます深めることが出来たのだが……。
友達選び間違えたかなぁ? いや、圭太と出会えてよかったよ。新しい世界が広がったから。
と優一は今になって反語的に思うことが時々ある。
なぜなら圭太は、高校入学当時ファ○通と三大週刊少年誌とテレビ雑誌、実帆が読んでいた少女漫画誌くらいしか雑誌の存在を知らなかった純粋な優一に、マニアックな月刊漫画誌やアニメ雑誌、声優雑誌、美少女ゲーム系の雑誌。さらにはラノベ、同人誌、深夜アニメの存在などを教え、そっちの道へと陥れた張本人だからだ。圭太自身は小学五年生頃から萌え系の深夜アニメに嵌っていたのだという。
「おはよう圭太くん」
「……おっ、おはよう」
突如、実帆に明るい声で挨拶された圭太は思わず目を逸らしてしまった。彼は実帆に限らず、三次元の女の子がよほど年上でもない限り苦手なのだ。かわいい女の子に話しかけられると緊張してしまうのは物心ついた頃かららしい。その性格が、彼が二次元美少女の世界にのめり込むようになった原因ではないかと優一は推測している。
「ゆういち、教材届いたら見せてくれよ」
「分かった」
「僕はその教材、架空だと思いますけどねぇ。実在するとしたらネット上でもっと話題になってるはずですしぃ」
圭太と優一との会話に、優一のすぐ後ろの席にいた男子生徒も割り込んで来た。
「その可能性も否定出来ないけど、やってみる価値は絶対あると思うんだ」
優一は爽やか笑顔で主張する。
「おい、しゅんぺい、またも学年トップ記念に母ちゃんに何ご褒美もらった?」
「特にご褒美はなかったですよん。いつものことですしぃ」
駿平という名の子だった。彼はほんわか顔で圭太の質問に答える。圭太にとって駿平は、優一と同じ文芸部仲間なのだ。
「駿平は相変わらずの天才振りだよな」
優一はとても感心していた。同じ幼小中出身のため、駿平のことは昔からよく知っている。つまり実帆も彼の古い顔馴染みというわけだ。
「おれもしゅんぺいみたいな天才的頭脳が欲しいぜ。吸収っ!」
圭太は駿平の頭を両サイドから強く押さえ付けた。
「あべべべ、鍋本君、痛いので止めてくれたまえええぇぇ~。僕は天才ではないですよぉん。僕でも北野とか星光とか灘とかの最上位校進んでたら並以下の成績になっていたことでしょうしぃ」
駿平は首をブンブン振り動かし抵抗する。
「しゅんぺい、明らかにトップ維持のためにこの高校進みやがったな。卑怯なやつめ。期末では、どれか一科目だけでも勝ってみせるぜ」
そう宣言し、圭太は手を離してあげた。駿平のフルネームは北之坊駿平。公立中学入学当時から今に至るまで校内テストの総合得点で学年トップを取り続けている秀才君である。坊っちゃん刈り、四角い眼鏡、丸顔。まさに絵に描いたようながり勉くんな風貌な彼は、背丈は一五六センチと高一男子にしては低く、学年ワーストクラスだ。
「駿平くん、期末も学年トップ取れるように頑張ってね」
実帆もこの三人の側へぴょこぴょこ歩み寄って来た。
「はっ、はいぃ。頑張りますぅ」
駿平は俯き加減で緊張気味に反応する。彼も圭太ほど重症ではないが、物心ついた頃から三次元の女の子を苦手としていて、小学校高学年の頃にはすでに二次元美少女の世界にどっぷり嵌っていた。しかしながら、駿平がそういった趣味を持っているということは、優一は高校に入学して文芸部に入部するまで知らなかったのだ。
☆
一時限目後の休み時間。
「西風君が強制入塾されそうになってる烈學館、昔は体罰ありのスパルタ教育だったけど今はかなり生ぬるくなってるらしいよ。この塾に通ってる子のツイッターによると。今日の放課後、外観だけでも見に行ってみないかい?」
「そうだなぁ。一応見ておいた方がいいな。圭太はどうする?」
「もちろん行くぜ。どんな感じの塾なんかめっちゃ気になるからな」
優一、圭太、駿平の三人はこう打ち合わせ、放課後、午後四時半過ぎに学校を出た。
興味本位で最寄り駅前に聳え立つその塾の建物側に近寄ってみる。四階建てで、東大本郷キャンパス安田講堂を髣髴とさせる赤茶色の煉瓦造り。周囲の建物と比較して威圧感があった。中学受験、高校受験、大学受験全てに対応しているわりと大きめの進学塾で少人数制、習熟度別クラス、熱血指導が謳い文句らしい。入口横には東大○○名、京大○○名、阪大○○名、灘○○名、東大寺学園○○名、星光学院○○名などなど、名門校の合格実績が書かれた看板も目に付く。
「遅いぞ、こんな基本的な確率の問題くらいもっとパッパッパッと解かんかいやっ!」「ぅおーい、なんでこんな簡単な問題間違うんじゃボケェッ! おまえそんなんじゃ灘どころか六甲にも受からへんぞぉっ!」「そこの二人、ぺちゃくちゃおしゃべりするんやったら今すぐ出て行けぇーっ!」「これ何やっ? こういうくだらんもん持ち込むなって塾規則に書かれとったやろうがぁっ! 字ぃ読めんのかぁぁぁっ!」
建物内からは、こんな講師達のドスの利いた怒声が三人の耳元に飛び込んで来た。
その声とともに、パシーッン! と竹刀で床や机を思いっ切り叩いていると思われる音も。教室の窓が開かれていたこともあり、より一層聞こえやすくなっていたのだ。
「ゆういち、しゅんぺい、外からでも、雰囲気がじゅうぶん伝わってくるな」
「うん、めちゃくちゃ怖いよ。女の子のすすり泣く声も聞こえて来たし。俺、こんな所に週五で通わされそうになってるのか……」
「びっくりしたなぁもう。さすが熱血指導が売りなだけはあるね」
三人は怯えながらその建物の前を通り過ぎて行く途中、
「キミら、入塾希望者か? 自由に見学してええぞ。ただし私語厳禁やっ!」
おそらくこの塾の講師だろうお方が二階の窓から三人を見下ろして来た。切磋琢磨と太い字で書かれたハチマキを締め、東大寺金剛力士像のような険しい表情をしておられた。
「いっ、いえいえ」
「おっ、俺、違います」
「ひぃぃぃぃぃ。僕、塾での教育なんかには全く以って興味ありませんのでぇ~」
三人は顔を蒼白させ、慌てて走り去った。
じゅうぶん距離を置いたあと、
「講師もすごい迫力だったな。武道家みたい。これは、通信教育真面目にこなさないとやばいよな。俺、筋金入りの豆腐メンタルだし、もし入らされたら初回授業で速攻PTSDになりそうだ。実帆ちゃんが言ってたのと同様」
優一は苦笑いで呟く。
「ゆういち、大ピンチだな」
圭太は他人事のようににこにこ笑っていた。
「西風君、期末に向けて通信教育頑張って下さいませぇ~。スポーツその他実技とは違い、筆記試験のための勉強は頑張れば必ず報われますからぁ。心から健闘を祈ります」
駿平はきりっとした表情でエールを送ってあげた。
同じ頃、優一の父は銀行にて教材代金を入金し、支払いが完了していた。
あとは商品が届くのを待つだけとなったわけだ。