チート?私のことですね、分かります
「ユーリ様、奥様とフランツ様はすでにお食事を始めております。ユーリ様も早くいらっしゃいませ。」
「分かったわ。すぐ行く。」
私は読みかけの本を閉じて、ノーラへ返事をしました。
ノーラが書庫から出て行ったのを確認して、私は深くため息をつきました。
お久しぶりです。皆様。覚えていらっしゃるでしょうか。樋野縁、だった者です。
敢えて過去形を用いて再度自己紹介をさせてもらったのは、すでに私の転生ライフが始まって十年。いまの私は前世とは似てもにつかない容姿。前世ではいなかった兄もいます。そして、フレア王国公爵令嬢という、正直荷の重すぎる身分に身を置いています。唯一救いとなっているところといえば、名前が前世のものと少し似ているくらいでしょうか。もっともその名前も似ているのはファーストネームのユーリだけで、家名はローレンシアン、というたいそう大仰なものです。幼い頃に何度この家名を言うのを練習したかわかりません。漢字が恋しいです。切実に。
この十年間は、まさしく恥との戦いでありました。まず、産まれてすぐから前世での記憶がありましたので、お母様のお乳を飲むのは大変な苦行でした。体は生後何週間にも満たない赤ん坊なのに、心は立派な26なのですから。しかも大きくなっても、ノーラを始め、召し抱えの人達から様付けされて呼ばれることに耐えなければならない。挙句、漫画の中でしか見たことのなかったお嬢様言葉を話す必要があるという。公爵令嬢としては仕方ないことだとは思いますが、恥ずかしいものはやっぱり恥ずかしいんだ!
食事の用意されている広間に向かうと、先ほど私を呼びに来たメイド長のノーラを始め、大勢の召使いが揃って私に頭を下げました。白状しましょう。この光景、メイドの人々がガタイのいい強面お兄さん達なら間違いなくヤのつく人のお見送りです。
お母様や、お兄様は先に食事を始めていました。お父様はいません。他国に出張です。外交の仕事をされているので滅多に家にいません。いつもの光景です。私がいつもあまりにも本を食い入るように読んでいるものですから、他のメイド達は食事の時間が来ても私を呼ぶのを躊躇うのだそうです。ですから、私がノーラに呼ばれてきた頃には、大抵この二人は食べ始めています。なのでたまにノーラに、このことでお小言をもらいます。本が面白いのが悪いのです。私は悪くありません。理不尽です。
「ユーリ、今度は何の本を読んでいたのかしら?」
「それは僕も気になるなあ、僕の可愛いユーリ?」
私の姿を目にして、お兄様とお母様が私に笑いかけます。お母様はともかく、お兄様の言動で賢い皆様はお気付きのことと思いますが、この二人、末っ子の私を溺愛しています。そりゃあもう、気持ち悪いくらいに。お父様も二人に負けないほど私に甘いです。もう一回言います。そりゃあもう、気持ち悪いくらいに。
「フレア王国史伝ですわ。」
「ユーリは勉強熱心なのですねー、母は大変誇らしいわ!」
「全く母さんの言う通りだ!ユーリは可愛いだけでなく頭もいいとは!」
席に着きながら簡潔に答えただけなのに、お母様もお兄様も大げさに私を褒めます。二人ともニッコニコニッコニコしてます。美形なぶん眩しいです。そんなに笑って表情筋引きつらないのでしょうか。不思議です。
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食事が終わって、私は再び書庫にこも・・・・・ろうとしたところをノーラに捕まえられました。理由は分かっています。お勉強の時間ですね。はい。ああああ、本が読みたいいいいい。でも、それをノーラに言うと般若のごとき様相をされます。逆らえるはずがありません。ダメ、絶対。
この世界での勉学というと、数学だとか理科だとかそんなものではありません。まあ、王国歴史だとか、風土、近隣諸国について学ぶことはありますが、それよりも魔法を学ぶことに重きを置かれます。
魔法の種類としては、攻撃特化の赤系。治癒特化の緑系。防御特化の青系。魔導師は、その人個人個人の得意な魔法の種類によって赤系魔導師、緑系魔導師、青系魔導師に大別されます。ただ、魔力量が多い魔導師なんかは三つの系統全てに長けていたりするので、そういう人たちは白系魔導師と呼ばれています。
もちろん白系魔導師の数はとても少なく、この魔導師の国として名高いフレア王国でも十数人しかいません。それでもそのおかげでフレア王国は他国の中では確固たる地位を築いています。戦争をしかけてくる国なんていません。白系魔導師の存在はそれだけで他国にとっては脅威ですから、どの国も白系魔導師を自分の側に引き入れようと必死です。一説によると、白系魔導師を生み出すために、魔力増大を図る人体実験を行った国もあるのだとか。
こほん。えーと、ここまで長々と白系魔道士の説明をしている私に不信を抱く方もいるかもしれませんが、わけがあります。
あれです・・・・・私、どうも魔力量が他の人達よりも抜きん出て多いみたいなんです。
わかります。チートデスね。全然嬉しくありませんけど。
誤字脱字報告あったらよろしくお願いします。ありがとうございます。