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こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第一章 めばえ
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8.煎餅(せんべい) その2

 けれどなんといっても、おもしろいキャラクターというのは、今モテるためには一番の必要条件らしい。

 あいつはめっちゃおもしろい奴、という評価は、勉強が出来ると言われるより高配当が付く。

 わたしに言わせれば、そんな高配当は別にどうでもいいことだ。

 だって、遥がおもしろいのは、学校の中だけだからだ。

 家に帰ったら、ちっともおもしろくなんかない。

 皆は、遥が二つの顔を使い分けていることを知らないだけなのだ。

 いつも不機嫌で怒りんぼの彼を知ったら、もしかしたら嫌われ者ナンバーワンになってしまうかも、っていうくらい、私生活の遥はいただけない。


 次に、あいつの顔の作りはどうかと訊ねられれば、いたって普通だと答えるだろう。

 多分。おそらく……。

 きっと、ありきたりなどこでもある顔の持ち主じゃないかなって、わたしはそう思っている。


 ただし、テレビに出ている美形アイドル、と称される人物を見ても、一切ときめいたりしないわたしのことだ。

 遥がイケメンかどうかなんて、本当のところは、わかるわけがない。 

 常日頃から、夢美や希美香にも、美的感覚がごっそり抜け落ちていると指摘されているので、彼を客観視することは非常に難しい。

 わたしの審美眼は、まだまだ発展途上なのかもしれない。

 いつの日か、遥の顔が他の誰よりも素敵に見える日が来るのだろうか。


 夢美は遥の端正な顔立ちがたまらなく好きだと言っていた。

 ハリウッド俳優の誰かに似ているとも言っていた。

 ええ? あの顔のどこがそんなにいいの? とつい口が滑ってしまいそうになったのを、慌てて飲み込んで、彼女の反感を買うのだけはぎりぎり避けられたのだけど。

 しいて言うならば、目は大きめで、口を閉じている時はそれなりにキリっと見える……ような気がしないでもない。

 でもその口が、いつも憎まれごとばかりを発するものだから、きりっとした姿にはほとんどお目にかかれないのが少しばかり残念だ。


 身長は。これまた、わたしと同じか心持ち遥の方が低いくらいで、すらーっとして、スタイル抜群とは言い難い。

 でも顔が小さめで全体のバランスがいいのは確かだ。

 というか、これも実は夢美の受け売りなのだが、たとえ錯覚でも背が高く見えるのは得だと思う。


 わたしも細さだけはあいつに負けないつもりだけど、本来出てしかるべきところもいたって控えめなので、最近ではそれも悩みの種だったりする。

 つまり、幼児体型のまま手足だけ伸びてしまったと言えば理解してもらえるだろうか。

 女らしい体つきの夢美には、到底、足元にも及ばない。

 遥がひょろひょろのわたしより、柔らかい笑みを欠かさない女性らしい夢美を好ましく思うのも仕方がない。


 遥の父親である俊介おじさんは、かなり大きい人だ。

 母屋の(はり)に頭をぶつけて、さすっているところをよく目にする。

 昔、肩車をしてもらった時、富士山のてっぺんって、きっとこんな感じなんだろうなと思ったくらいに、おじさんは背が高いのだ。

 だから息子の遥も背が伸びるに違いないと、うちの父さんが口癖のように言っている。

 靴のサイズも二十七センチがきついと言っていたので、本当にまだ伸びる可能性があるのかもしれない。

 そうなれば、バスケでも、もっと活躍できるようになるだろう。


 でもね、身長なんて本当はどうでもいいと思っている。

 実際問題、わたしより小さくても気にしない。

 今の遥のままでいてくれたら、それでいいと思ってる。

 うん、それがいい。

 遥が遥らしくあることが、わたしにとって、一番大切なのだから。



 クラス分けの発表が終わり、教室に入って名簿順に座席に着く。

 遥はわたしの二つ斜め後ろの席に座っていた。

 始業のチャイムが鳴ってからも周りを巻き込んで、夕べのお笑い番組についておもしろおかしく話しているのが、背中越しに聞こえてくる。

 時々、隣の席の白石史絵(ふみえ)がポツンと座っているわたしに気を遣って、遥たちの仲間に入れようと話を振ってくれるのだが、あいまいな返事をして、適当に頷くくらいにとどめておいた。

 彼女の親切はありがたいけど、所詮、話の中心人物は遥だ。

 あまり彼に深入りしたくない。

 だってわたしは、さっきから虫の居所が悪いんだもの。


 クラス発表の前、手を取り合い、体育館で真っ赤になったあの二人……。

 もしかしたら夢美と遥が両想いかもしれないのだ。

 この最低最悪の状態で、ドロドロした嫉妬心が、ぞわーーっと胸の中に渦巻いてくる。

 いざ遥を目の前にすると、理性を失っているわたしは、何をしでかすかわからないような危険な状況なのだ。

 こうやって、あいつと関わらない限りは、なんとか平然を保っていられる。

 この自制心の効いた大人な態度を見て欲しい。

 我ながらあっぱれと、自分で自分を褒めて、ニヤリと笑みすら浮かべでしまう。

 その時だった。不覚にもその不気味な一人笑いを遥に見られてしまったのだ。

 横を向いてしまったのがいけなかった。


「なあ、柊。おまえ一人で、何笑ってるんだ? あたま、大丈夫かあ? 」


 後ろからわざわざそばまでやってきて、腰をかがめてわたしを覗き込む。


「べ、別に……。そ、その、あれよ! あれ! 今あんたが話してたその番組、昨日、わたしも見てたから。思い出して、笑ってただけです! それが何か? 」


 苦し紛れに咄嗟に思いついた言い訳を口にする。

 ところが敵は情け容赦なく攻め込んで来た。


「うそばっか……。おまえ、その時間、ばあちゃんとこで、せんべいバリバリ食ってたじゃないか。見てた番組は、時代劇だったんじゃねえの? 確か、暴れん坊……しょう……」


 遥が憎たらしい笑みを浮かべ、わたしをからかう。


「なによ! そういうあんただって、おばあちゃんの部屋でおせんべい食べてたんだから。わたしが食べようと思ってた最後の一枚を奪い取ったこともよもやお忘れで? ってことで、そのお笑い番組、遥も見てないはずだけど? 何か、文句ある? 」



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