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こんぺいとう  作者: 大平麻由理
特別編
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特別編 勇気を出してごらん その2

 高校生になれば忘れられると思った。



 そうだったら、どれだけよかっただろう。

 忘れるどころか、日に日に彼への思いは増すばかりだった。


 暑さのせいだろうか。

 立ちくらみを起してしまった。

 彼に抱きかかえられるようにしてアスファルトの道を歩いていたのは、おぼろげながらに憶えている。

 そして、涼やかな風が流れるベンチに座り、彼がペットボトルを差し出した。


「大丈夫ですか? これ、飲んでください」


 カンナは黙ってそれを受け取り、少しずつ口に含んだ。


 凍らせていたのだろう。

 周囲には水滴がいっぱいついていて、ちょうど融けたばかりのスポーツドリンクは、カンナの喉を心地 よく湿らせていく。


「ありがとう」 そう言って、彼にペットボトルを渡した。


「いいえ」 彼はそれだけ言って、ペットボトルをカバンにしまった。


 ベンチに座る女子高校生とその前に立つ中学生。

 世の中の人にはどのように映るのだろうか。

 姉弟? それとも、ただの先輩と後輩?


 夏の炎天下の公園は、誰もいない。

 小学生ですら、姿を見せない。

 ここにあるのは、彼とカンナの二人だけの世界だった。


 彼のくれたスポーツドリンクが力を授けてくれたのか、それとも、彼とこうやって偶然会えた運命が背中を押してくれたのか。

 気付いたら、彼に告げていた。「わたしと、付き合ってくれませんか?」と。


 彼は目を丸くして、しばし黙り込む。

 そして、一呼吸おいて、こう言った。


「好きな人が……います」と。


 目の前がまっ白になった。





「明日も部活ある? 」


 彼の言葉にショックを受けたはずなのに、なぜかすらすらと、明日の予定を訊ねていた。

 強がっている自分が、少しばかり痛々しい。


「あ、はい。今日と同じです」彼はぎこちなく、そう答えた。


「なら、夕方四時にここで待ち合わせしない? 付き合うとかそういうのはおいといて。堂野君と、話がしたいの。それならいい? 」


 あまりにも彼が困った顔をしているものだから、もう弱気になっている自分がいた。

 何が何でも付き合って欲しいと、強く言えないのだ。


 でも、そうだよね。

 いきなり付き合ってと言われて、はいと言える人の方が少ないと思う。

 彼のように、絶句するのが普通なのだろう。


 けれど、彼に嫌われてはいないと本能的に感じていた。

 とにかく会って話がしたかった。

 たったそれだけのこと。


 今日、このまま、ハンバーガーショップに行ってもいいけど、中学生の不必要な寄り道には、街の人々の視線も厳しい。

 もちろん、学校でも禁止事項のひとつだろう。

 早朝からの部活で、疲れているかもしれないし……。


 だから、ちょっぴり物分りのいいお姉さんを演じてみた。

 明日の約束ということで、彼にどうするか決める時間を与えたのだ。


 しばらく難しい顔をしていた彼が、意外にも、うんと頷いた。


「わかりました。では明日、ここで。今日はこれで帰ります。あの、先輩は、もう大丈夫ですか? 」

「うん。大丈夫。堂野君がスポーツドリンクをわけてくれたおかげで、元気が出たみたい。それと、私の名前は、国崎カンナ。先輩っていうのは、その、ちょっと……」

「あ、じゃあ、くにさきさん……でいいですか? あの、国崎さんと呼びます」

「ふふ、そうね。その方がいいかも。でも、カンナって呼んでくれたら、もっと嬉しいかな……」


 そんなこと、無理だってわかっていても、つい、言ってしまった。

 一度でいいから、彼にカンナと呼んで欲しいから。

 嘘でもいいから、彼にカンナと呼んで欲しかったから。


「それはちょっと……」


 また彼を困らせてしまった。


「ごめんなさい。冗談だってば。気にしないで」

「すみません。では、これで」


 彼は頭を下げると、すぐに走って公園から出て行き、いなくなってしまった。


 喉がカラカラに渇く。

 今ごろになって、心臓が破裂しそうなほど暴れ始める。

 明日彼と。


 会えるのだ。


 好きな人がいますと、はっきりと言った彼。

 聞きたくなかったけど、それが現実。


 でも、会ってくれると言ったのだ。

 そして、その人と付き合っています、とは言わなかった。

 だからもう、先輩とは会えません、とも言わなかった。


 今なら間に合う。


 絶対に。

 彼を振り向かせてみせる。




 次の日のちょうど四時。

 彼は額に汗を光らせながら、走ってやって来た。


 ちょっと不安だったけど。

 ちょっとどころか、ほとんどあきらめていたけれど。

 彼は約束どおり、カンナの前に現れたのだ。

 嬉しさのあまり、一瞬、泣きそうになった。


 空を見て、瞬きを繰り返す。

 鼻の奥がつんとするけれど、ほらね、涙はもうどこかに消えてしまった。


 彼の私服姿を見るのは初めてだ。

 少し緩めのカーゴパンツに洗いざらしのポロシャツ。


 意識して着崩しているのかどうかはわからないが、中学生とは思えないセンスの良さに目を見張る。

 無造作に外されている胸のボタン部分から見える彼の喉元に、なぜかドキッと心臓が跳ねた。


「行こっか」


 ベンチに座って待っていたカンナがそう言って立ち上がり、歩き始める。


 朝一番に駅前のセレクトショップに行って買った、チャームが揺れるショルダーバッグを肩にかけ直し、ニットのロングワンピースのラインを整えることも忘れない。


 メイクもいつもより丁寧に仕上げた。

 あくまでも高校生らしさを失わない範囲内で。


 けれど、彼の好きな人より、きれいだと思われたかった。


 中学生にはない、高校生ならではの大人っぽさを彼に感じて欲しい。

 彼に認めてもらうことだけを思い描き、精一杯のおしゃれをしてきたつもりだった。



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