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こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第三章 めざめ
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番外編 初恋は永遠に 17

 次の日の早朝、遥は玄関先で柊が来るのを待っていた。

 いよいよ明日は大学入試だ。

 今日から遥は柊と共に東京の祖父母宅に泊めてもらうことになっている。

 スポーツバックには着替えと参考書、筆記用具。そして、受験票も入れた。

 忘れ物はないはずだ。

 よし。遥はこの決戦に絶対に勝ってみせると、密かに意気込んだ。


 車のエンジン音が家の前に近づき、止まった。

 柊の父親の車だ。駅まで二人を乗せて送ってくれることになっている。

 寒いから引っ込んでろというのに、ぞろぞろと見送りに出てくる家族に辟易としながらも、遥は「じゃあ、行ってくるわ……」と声をかけ、家を後にした。


 いよいよ始まる、本命の大学入試。

 隣に座る柊は三日前に滑り止めに地元の女子大を受けている。

 しかし滑り止めと言っても、かなりの難関校だ。

 英語の配点のウエイトが大きいのを味方につける作戦で、大勝負に出たのだった。

 このところの柊の成績の上昇には目を見張る物があった。

 英語だけで言えば遥といい勝負で、一番最近の模試では、一点差で危うく負けるところだったのだ。


 でも遥にはわかっていることがあった。

 それは、柊が自分と同じ大学を選んだ理由。

 その大学に行ってこれがやりたいという目標があるわけでもなく、ただ遥と一緒にいたいからというだけで決めたということを。

 遥はそれに気付いた時、素直に喜べなかった。

 自分の存在が、彼女の生き方の選択をも狭めてしまっているのではないかと危惧したからだ。


 何度か本人に問いただしたが、意思は堅い。

 絶対に受けるんだと言って譲らない。

 彼女の親といえば、どうせ受かるわけないんだから、好きなようにしたらいい……とこれまたのん気に笑っているものだから、もうどうしようもなかったのだ。


 もちろん、同じ大学に進学できるのであれば、それはこの上ない歓びには違いないのだが……。

 親譲りののん気なお姫様は、遥の苦悩もそ知らぬ顔で、祖母にもらったおやつ入りの巾着袋を大事そうに抱きしめている。

 

 彼女の父親に頑張って来いと言われて車を降りる。

 寒さにブルッと身震いをしながらコートの襟を立て、柊と連れ立って駅の改札をくぐった。

 プラットホームに射し込む朝日が、とても眩しい。

 遥は柊の手を引いて快速電車に乗り込み、新幹線の乗車駅に向かった。


 平日の朝だというのに新幹線のホームでは利用客が行列を作っていた。

 ホームにすべるように入ってきた新幹線の車内はすでに乗客でいっぱいだ。

 自由席は新聞や雑誌を読みながら眠そうな目をしているサラリーマンでほぼ満席なのには驚かされる。

 柊の父親の助言で指定席を取っていたのは賢明だった。

 荷物を頭上の棚に上げ、空席が目立つ指定席の車両に柊と並んで腰を下ろす。

 座ったとたん、彼女がさっきの巾着袋をごそごそと物色し始めた。

 あきれた遥は、腕を組み、前方の電光掲示板式の時事ニュースに目をやる。

 すると、柊が指でつんつんと遥の腕を突付くのだ。


「食べる?」 と。


 見ると、手のひらに彼女の大好物がいくつか載っている。


「ああ。またこれか。ばあちゃん、俺達のこと、いったいいくつだと思ってるんだろうな」


 祖母の部屋にあるおやつの缶の中には、いつもこれが入っていた。


「ふふふ。子供の頃遥とけんかして泣いたら、すぐこれを口にポンと放り込んでくれたっけ。わたしはピンクが大好きで、遥は黄色が好きだったよね」


 柊のこういう物覚えのよさだけは、遥も敵わない。脱帽だ。


「良く覚えてるな? その記憶力を、是非とも勉強に応用して頂きたいものだけど」

「もうっ、遥ったら。そうできれば、今頃こんなに苦労してないよ。そうだ! 甘いもの食べて、頭の働き良くしておこうっと」


 柊は手のひらのピンクと白のそれを指でつまんで口にポンと投げ入れた。

 そのとたん、口元をすぼめて、幸せそうな笑顔になる。

 遥も黄色を選んで口に入れた。

 やっぱり甘い。

 子どもの頃は大好きだったそれは、今ではもう甘すぎて、それ以上食べるのは無理だった。

 今の遥には柊がいれば……。それだけで充分だった。


 あと二時間で東京だ。

 大学に入学したらどんな生活が待っているのだろう。

 自分の横に、こうやってずっと柊がいるのだろうか。

 遥は俄かに不安になる。

 果たして、柊と離れて生きていけるのだろうかと。


「なあ、柊? 大学に行ったら何がしたい? 」


 柊の耳元に顔を寄せて訊ねる。

 遥はなんとしてでも、彼女を繋ぎとめておきたかった。

 目標もなく大学を選んだなどと偉そうなことを言っておきながら、もし彼女が地元の大学に行くと初めから決めていたなら、遥は東京に出るのを辞めていたかもしれない。

 今はっきりと自覚する。


 遥は首を傾げてあれこれ考えている柊を、今すぐにでも抱きしめたい衝動に駆られる。

 離れたくない。ずっとそばにいて欲しいと思った。


「ええ? 何って言われても……。そうだ、アルバイトがしたい! 高校の間は父さんが許してくれなかったからね。遥は? 」

「俺か? 何か打ち込めるサークルとかやりてーな。別に何でもいいけど、バスケ以外のことをやってみたい」

「そっか。バスケ以外のサークルか。わたしもサークルとかあこがれちゃうよ」

「なあ柊、一緒のサークルに入ろっか? 」


 遥の心は柊でいっぱいだった。何が何でも、一緒に合格したいと思う。


「う、うん。そんなのもいいね。……でも、まずは合格しないと。あのね、遥。わたしさ、さっきまで、すっごく合格する気分が高まってたんだ。なんか、体の中から力がみなぎるって感じ? でも、今は。ちょっと不安。落ちた時のこととか考えちゃう」


 遥は彼女の頬にそのまま口づけたい気分になる。

 彼女に気付かれない程度に頬と頭に唇を寄せたことはあるが、それ以上は彼女が望んでいないような気がして、まだ未遂のままだ。

 案の定、柊がすっと身を引き、距離を保とうとする。


「柊、ちょっと目つぶってみろ」


 不安を口にする柊に自信を取り戻させるには……。

 これしかない。

 遥も柊に負けないくらい不安になることがあった。

 いくら合格圏内にいるとしても、それはあくまでも可能性であって、絶対ではないのだから。

 他にどこも受けていない遥は、もし不合格だった場合のことを思うと、夜も眠れないことが最近頻繁にあったのだ。

 柊には遥がいる。遥には柊がいる。

 お互いがそう思うことで自信が持てるのなら……。


「なんで? 」


 柊が真顔で訊ねる。

 遥は柊の真意を測りかねていた。

 この空気で、それを言うかと。

 これだけそばにいて目をつぶれと言えば、あれしかないはずだ。

 こうなったら強硬手段にでるしかない。


「いいから、黙って俺の言うこと聞け」


 不服そうな顔をしながらしぶしぶ目を閉じた柊に、そっと近づく。

 そして……。


 瞬間にそれを悟った彼女の身体がぴくっと反応し、強張る。

 遥は抱き寄せるように彼女の背中に手を回す。

 そして、何度も何度も……。唇を重ね合わせた。


 どれくらいそうしていたのだろう。

 遥の肩の上で柊の手が震えている。

 でも決して嫌がってはいない。

 遥に応えるように、彼女の気持ちが重なった唇から伝わってくる。


 なんて、甘いんだろう。

 遥が食べた物なのか、彼女が食べた物なのか。

 どっちのものかわからなかったが、それはとても甘かった。

 初めてのキスの味は、間違いなくこんぺいとうの味だった。


「柊。……あんまり、くよくよするな。これで大丈夫だ。きっと一緒に合格するよ」


 真っ直ぐに向き直った遥は、ありえないほどに高鳴る心臓の鼓動を感じながらも、精一杯の平静を装ってそう言った。

 柊は顔を真っ赤にして、俯いている。


「柊、ありがとな。実を言うと……。俺も、明日が怖かったんだ。でも、今のでがんばれそうな気がしてきた。はああ、ドキドキしたよ、全く……」


 遥は彼女の膝の上の手に自分の手を重ねた。

 はっとしたようにこっちを見る柊の頬にもう一度そっとキスをする。

 その時の苦々しい柊の顔といったら……。

 何も言わなくても、遥にはわかる。


 もうっ。ここ新幹線の中だよ。

 いい加減にしてよ、恥ずかしいよ。


 そう言っている目だった。

 いや、きっと、そう思ってるに違いない。


 祖母のくれたこんぺいとうは、他のどんなお守りよりも効き目がありそうだ。

 遥は全ての迷いと不安を拭い去って、前だけを向いて東京駅に降り立った。

 柊の手をしっかりと握り締めて。

     






                                  了




読んでいただきありがとうございました。

なんとか最終話までたどり着くことができました。

番外編をきっかけに、新しい読者の皆様にも出会うことができて、とても嬉しかったです。

そして、去年から読み続けて下さっている方にも改めて感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。

本当にありがとうございました。

尚、続きを読みたいと思われた方がいらっしゃいましたら、目次ページにリンクを貼っておりますので、そちらより、続こんぺいとうにお越し下さい。

お待ちしております。



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