6.深層心理
その夜、布団の中にもぐりこみ、今日あったことを思い出して、順番に整理してみた。
クリスマス会そのものはとても楽しかった。
普段、あまりしゃべらないクラスメイトとも仲良くなれたし、みんなで持ち寄ったお菓子もおいしくて、五百円以内のプレゼント交換も盛り上がった。
もちろんそれもこれも、遥がうちに来るまでという期間限定の内容だ。
そして問題はここからだ。
川田の一存から遥を呼ぶことになり、事態が急展開し始める。
皆が帰った後、遥に、川田と細村に適当に返事をしておいてくれと頼まれた。
が、なぜわたしがあいつの尻拭いをしないといけないのか?
ここが一番の疑問点である。
今日一日で二度も遥がうちに来てくれた。
最近なかったことなので、ちょっぴり嬉しかった。
でも、モテ自慢を聞かされてイライラして腹が立った。
そして、道であいつと立ち話をしている二人のクラスメイトにも心がざわついた……。
順を追って思い返しているうちに、無性に腹立たしくなってくる。
けれども、どうしてわたしが遥に腹を立てなきゃいけないんだろうと疑問符が飛び交う。
まず第一に、遥がモテるなんてちっとも知らなかったし、彼がそんな対象として同級生から見られているなんてことも、今までこれっぽっちも想像できなかった。
だから、何も知らなかった自分がのけ者にされているようで腹が立ったのだろうか。
みんなが遥に注目している。
そして、それに腹を立てるわたし……。
これって、もしかして。
嫉妬?
「ねえねえ希美ちゃん。遥って、いつからそんなにモテるようになったの? 」
隣に布団を並べて寝ている希美香にそれとなく訊いてみた。
「う──ん。中二になってからかな? 夏休みくらいから電話が多くなって、あたしが出たら何も言わずに切られたこともあったよ」
「無言電話か……。夏休みくらいからなんだね? 」
「うん、そうだよ。ねえ、お姉ちゃん。学校でお兄ちゃんって、どんな様子なの? 」
「どうなんだろ……。今、一緒のクラスじゃないし、正直あまり遥のことわかんなくて。今日、クラスのみんなの話を聞いて、初めて遥がモテるって気付いたくらいだから。でもあれはないよね。ラブとか言ってる川田さんのことが信じられなくて、本当にびっくりしたんだから」
「ホントだね。お兄ちゃんにラブとか、ありえないよね。でもさ、お姉ちゃんでも知らないことがあるんだ。お兄ちゃんのことなら何でも知ってるって思ってた」
「そんなわけないよ。どっちかって言えば、今はあまり仲がいいとはいえないし……って、思いっきり険悪だよね、あたしと遥って」
「うん、確かにそうだよね。お兄ちゃんの意地悪はどんどんひどくなってるもん。でもね、お兄ちゃんは女の人のこと面倒くさくていやみたい。だって、電話がかかってきたら居留守使うんだよ? あたしに、お兄ちゃんは家にいないって言えって言うの」
「へぇ……。希美ちゃんも苦労するね。わたし、思うんだけどさ。いっそのこと、遥が誰かと付き合っちゃえば、その方が気が楽になるんじゃないかなって。誰か一人に決めちゃえば、すっきりすると思うけど」
遥の本心がわかるはずもなく、一般的な解決法しか思い浮かばない。
もちろん、わたし自身の本当の気持ちにもまだ気付いていないから、そんなのん気なことが言えたのだけど……。
「あたしもお姉ちゃんの意見に賛成! ここだけの話しだけど、お兄ちゃんったらさ、誰か好きな人がいるみたいなんだ。前に電話で、好きな人がいるから誰とも付き合えないって断ってたもん」
「へーー。そうなんだ……」
遥に好きな人?
そっか、そんな人がいるんだ。
でも……。
いったい誰?
そんなの初めて聞いた。
ずっと女嫌いだと思ってたわたしには衝撃的な真実だった。
同じクラスの人だろうか。それとも、部活の後輩とか……。
ど、どうしたんだろう。涙が出そうになる。
胸がじんじんして、ぎゅうっと締め付けられるようで。
のどの奥が熱くなって、何かがこみ上げてくるような感じだ。
希美香に悟られないように反対側を向いて、寝たフリをする。
そしてとうとう、泣いてしまった。
次から次へと溢れる涙。
瞼の裏に焼きついて離れない遥の姿。
憎たらしくて、悔しくて。でも気になる人。
そして心臓がトクトクと音を立てて脈打つ。
どうしたというのだろう。
今すぐ遥のところに行って、真実を確かめたい。
好きな人なんていないと言って欲しい……。
その時初めて、遥が自分にとって特別な男の子だったと気付いたのだと思う。
誰にも取られたくない。わたしだけの遥でいて欲しいと心の底からそう思った。
記念すべきわたしの初恋第一号は、ドラマチックでもロマンチックでもない、超お手軽な、隣に住む親戚の男の子だったのだ。
わたしは今まで誰も好きになったことはないし、告白されたりしたことも、もちろんない。
そういう話は自分とは全く関係ない世界のことだと信じて疑わなかった。
おかげで遥の周りで起こっている華々しい出来事にも、全く関心もわかないし、気付きようがなかったのだ。
遥の好きな人のことも気になるけど、それより何より、遥が誰かと付き合うなんてことは、もっともっと嫌だ。
誰が何と言おうと嫌なものは嫌なのだ。
ついさっき、誰かと付き合った方が気が楽になるのに、なんて言ったけど。
と、とんでもないっ!
よし。そうと決まったら、明日の二学期の終業式は、川田にガツンととどめを刺しておこう。
さて、何て言えばいい?
「堂野はあんたなんか嫌いだって。だからこれ以上、あれこれ詮索しないでくれる? 」
これはちょっとストレートすぎるかもしれない。
挙句、わたしがすごい悪者になってしまいそうだ。
ならば……。
「今は勉強のことしか考えられないんだって。だから、もうこん輪際、堂野に近づかないで! 」
確かに遥は勉強が出来るみたいだけど、そういうキャラじゃない。
それに、そこまで言ってしまうと、わたしがでしゃばり過ぎると思われないだろうか。
じゃあ……。
「女の子は苦手で、誰とも関わり合いたくないんだって。今はそっとしておいてくれる? 」
ってのはどうだろう。
でも、苦手なわりに、今日は女子に囲まれて非常に嬉しそうだった。
超ご機嫌で、鼻の下がびよーーんと伸びていたではないか。
逆に女好きの要素がてんこ盛りな気がするのでこれも却下。
だとすると……。
「実は堂野には好きな人がいて、他の人のことは考えられないんだって。だからもう話しかけないで欲しいって、そう言ってた」
これならどうだろう。一番わかりやすい答えだ。
でもその相手は誰なのって詮索されると、もっと困る。
それは、知りたいような知りたくないような、とってもデリケートな問題だから。
と言うことは……。
「部活に集中したいから、今は例え誰かを好きになっても、誰とも付き合う気はないって言ってた」
よし、これだ! これしかないでしょ。
これならば川田は手も足も出ないはずだ。
いつの間にか涙も止まっていた。
打倒川田に燃えて、必殺とどめの一言を考え続けたおかげで、心の平安を取り戻す。
頭の中が遥のことでいっぱいなわたしは、とうとう明け方まで眠れなかった。
隣では希美香が何も知らずに、すやすやと寝息を立てていた……。
これが去年のクリスマス会の日の出来事だ。
その日から、わたしの心の中は、遥への思いではちきれそうになってしまった。
ふとそんなことを思い出しながら、わたしは夢美としっかり手を取り合い、体育館で三年のクラス発表を今か今かと待っていた。