番外編 初恋は永遠に 11
「で、でもね、遥」
こたつに肘をついて手のひらに顎を乗せた柊が、目をくりくりさせながら言った。
「さっきの大河内君、いつもの大河内君じゃなかった。遥が言ったみたいに、ちょっとはそんなこともありかな? なんて思った……。ほんとに、ちょっとだよ。でもあの大河内君だよ? モテてモテてモテまくりの彼が、わたしなんかに興味持つのかな? 自慢じゃないけどわたし、今まで一度だって、誰からも告白なんてされたことないし、美人でもないし、愛想もそんなに良くないし……」
柊の声が自信なさげにだんだん小さくなっていく。
「確かにそうだよな」
遥は柊の言うとおりだとうんうんと頷く。
ただし、口にこそ出さないが、ひとつだけ柊の意見と食い違うところがあった。
少なくとも遥には、柊が誰よりもきれいに見える。
表情豊かな愛らしい目と形のいい柔らかそうな唇。
そのどれを取っても、遥の胸をときめかせるのには充分すぎるほど美しい。
遥がついそんなことを考えながら柊に見とれていると、何が気に入らないのか急に頬を膨らませ、反対側を向いてこたつの上に突っ伏してしまった。
もしかして、柊は自分の言ったことを否定して欲しかったのだろうか。
遥は、そんな子供っぽい柊が無性にいじらしくて、彼女には悪いが、愉快爽快な気分になる。
「あはははは……! そんなに拗ねるなよ。おまえのいいところは俺が一番良く知ってるから、それでいいだろ? 」
柊が、はっとしたような眼差しを浮かべながら、遥のいる側に顔を向けなおした。
遥は柊と同じように背中を丸めてこたつの上に直接頭を乗せ手を伸ばし、柊の頭をそっと撫でる。
ずっと触れてみたいと思っていた柊の髪に、手のひらが、指が……その感触を確かめるようにゆっくりと滑るように動く。
遥はこのまま時が止まればいいと思った。
二人だけの世界で、こうやってまどろんでいたい……。
でも長くは続かなかった。さっきの柊の部屋での出来事が遥の脳裏をかすめる。
こいつだけは誰にも渡さない、大河内になんか取られてたまるかと、持ち前の負けん気がむくむくと湧き上がってくるのだ。
すると柊がもそもそと動き出した。
触られるのが嫌だったのだろうか……。
遥はふと我に返ったかのように、身を起こすと、その手を柊から離した。
少し遅れて上半身を起こした柊が、またさっきのように頬杖をつく。
幾分頬が紅潮しているように見えるのは、気のせいだろうか。
「ねえねえ遥、わたしのいいところってどんなところ? 教えて……」
柊が遥を真っ直ぐに見ながらそんなことを訊く。
遥は一瞬ためらったが、柊の一途な眼差しに誘われるように、思いつくままに語り始めた。
「そうだなあ。友達思いだろ? それに力持ち。ピアノうまいし、よく食う。そこそこ勉強できて、そこそこかわいいところかな? 」
力持ちによく食うというのはまずかったかな……。
遥は言い終わると同時に後悔した。
こういうことは女の子にとっては、あまり触れられたくない長所なのかもしれない。
男同士では立派に褒め言葉のひとつなのだが。
でも予想に反して、柊は機嫌がいい。
遥はフォローの意味もこめて、とっておきの情報を告げることにした。
そして、そのまま自分の気持ちも伝えられれば……などと策略するのだが。
「おまえな、誰にも告白されたことないって言ってるけど、かなり損してるよなあ……多分」
「なんで? わたしの性格が悪いの? それとも顔のせい? 」
──柊、ナイスだ。
遥は、この目の前の幼なじみが、言いようの無いほど愛おしくなっていく。
そして、とうとう堪えきれなくなり……。
「ぶはははは……!」
柊には悪いと思いながらも、込み上げてくるおかしさを抑えることなどできなくて。
「俺がいるから、誰も何も言ってこないんじゃない? 俺に言ってくる女子も必ずおまえのこと訊くぞ。そりゃー俺たち、恋人同士でもなんでもないけど、見た目付き合ってるみたいに見えるらしいからな……」
遥は徐々に自分の声が、他人の声のように感じていた。
本当の自分がどこか遠くから自分を眺めている、そんな光景だ。
遥は小さく息を吸った。そして、誰かが遥の背中をぐっと押したように感じたその時。
「なあ、柊。いっそのこと俺と付き合ってみる? 」
遥の心臓が最高心拍数を記録した瞬間だった。
「どう? ひいらぎちゃん……」
声が裏返る。とても平静ではいられない。
遥は至って真面目だった。
そして真剣だった。
──柊、聞いているのか?
どうなんだ。ダメなのか? なんとか言えよ……。
遥は普段は信じたこともないテレパシーとやらを、ダメもとで駆使する。
SF雑誌も読んでおくべきだったか……。
「じょ、じょ、冗談でしょ?」
強張っている表情を無理やり緩めたような、何とも言えない複雑な笑みを浮かべた柊が、最初に発した言葉だった。
遥は脳天に、本日二度目の衝撃を食らった。
なんで、これが冗談なんだ?
ヒトが、どれほどの想いを込めて言ったと思ってるんだと腹立たしさを覚える。
そっちがそう出るなら、こっちにも考えがある。
遠くから眺めていたもう一人の遥が舞い降りて、柊を意地悪く見る。
「うそだよーーん。おまえ、本気にしたろ? まあ、もしまた大河内に迫られたら、俺と付き合ってるとでも言って断ってくれていいから。それに俺達が付き合うったって、これ以上どうしようもないしな。だろ?」
ああ、またやってしまった……。
遥はせっかくいいところまでいったにもかかわらず、振り出しに戻してしまった自分の言動に、げんなりする。
「ま、まあね」
柊も柊だ。遥がふざけているとわかった瞬間、いつものリラックスした表情にもどるのだから。
遥は自分の独り相撲だったことに、ますます落胆を隠せない。
この目の前のお嬢さんを落とせる日はまだまだ遠い。
遥は、また一から策を練り直し、決意も新たに再び戦いに挑むことを密かに誓うのだった。