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こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第三章 めざめ
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番外編 初恋は永遠に 10

「大河内、悪いけど、こいつ付き合ってる奴いるから……。柊、おばあちゃんが呼んでる。もたもたしないで早く来い! 」


 遥は、自分でも何を言ってるのかわからないくらい、気が動転していた。

 祖母が呼んでいるだなんて、全くのでたらめだ。

 とにかく柊を大河内から遠ざけたかった。

 そして、大河内にだけは先を越されたくなかったのだ。


「そ、そんな急に! わ、わかったから。今、行くから! 」


 遥を見るなり、飛び上がらんばかりに驚いている柊の腕を掴み、大河内を睨みつける。

 大河内が何か言いたげに口を開きかけたが、遥の気迫はそれすらも許さないほど、彼を威圧するのだろう。

 ついに大河内もあきらめたのか、遥に不服そうな顔を見せたあと、黙って部屋を出て行った。


 祖母の家に向かう途中で、遥の家からもどってきた柊の母親に出くわす。

 少し先を歩く大河内が 「おじゃましました……」 と言って頭を下げた。


「あら、大河内君。帰るの? もう少しゆっくりしていっていいのよ。クッキーもあるのに」


 母親が必死になって引き止めようとするのだが、努力も虚しく大河内は苦笑いを浮かべるだけでもう一度軽く会釈をしてそのまま立ち去って行った。


「おばちゃん、ちょっと柊借りるわ」

「あらあら、はる君もいたの? そんなに慌てちゃって。いったい何事かしら」


 すれ違いざまに遥がそう言って、柊と共にドタドタと駆けて行く。

 何が起こったのか理解に苦しんでいるだろう彼女の母親を尻目に、遥が強引に柊を祖母の家まで連れて行ったのだ。


 祖母の家の中はシンと静まり返っていた。

 いつも祖母だけしかいないのだから、静かなのはあたりまえなのだが。

 事情を呑みこめていない柊は、室内をキョロキョロと見回した後、怪訝そうに遥を見る。


「おばあちゃん、どこ? いないみたいだね。ねえ遥、おばあちゃんが呼んでたって、うそ? 」

「ばあちゃんは今夜、村の寄り合いだから……。家にはいないさ」


 遥はそんなの当然だとでも言うように、できる限りしらっと答える。

 そしていつも祖母が使っている居間の灯りを点けてこたつに足をもぐりこませた。

 遥を見下ろすように突っ立っている柊に、斜め向かいの座布団をトントンと叩いて座るように促す。

 柊は最初しぶっていたが、ふぅーっとため息をひとつついて、ゆっくりとそこに腰を下ろした。


「柊、急に押しかけてごめん……。びっくりしただろ? 」


 柊を覗き込むようにしながら遥が言った。


「そ、そりゃあもちろん。まさかあのタイミングで遥が来るなんて、思いもしないもの……」


 柊がいかにも寒そうに両手をこたつ布団の中に入れて、(まばた)きを繰り返しながら言った。


「俺も、柊の部屋の前に着いたとたん、大河内の怪しい声が聞こえて驚いた。さっきおばちゃんが、何か客に出せそうなお菓子はないかってうちにやって来たんだ。すっごいハンサムな元生徒会長が来てるって母さんと話してるのを聞いたとたん、俺の頭ん中に赤いランプがみごと点灯して……」


 遥は言ってしまってから少し後悔した。

 これって、あからさますぎないだろうかと。

 でもこれで柊が自分の気持ちに気付いてくれるのなら、かえって手っ取り早いのではと思い直す。


「猛ダッシュでおまえのところに駆け込んだってわけさ……」


 柊、俺の気持ちに気付け、と祈るような気持ちで、遥は続ける。


「そ、そうだったんだ。……ごめん。遥に知られたら怒られると思って、大河内君が来るってこと、内緒にしてた……」


 遥の顔から瞬時に血の気が失せる。

 怒られると思って内緒にしてた……などとのたまうではないか。

 ってことは何か? 知られたらまずい何かがあるということになる。


 遥は、徐々に心穏やかでいられなくなる。

 

「大河内がおまえを誘ったのか? ……それでおまえ、嬉しくて家に上げたとでも? 」


 遥の鋭い眼光が柊を捉える。


「う、うん。断れば良かったんだけど、二年の時仲が良かったし、別にいいかなと思って……」


 遥は何か鉄の塊のようなもので、脳天を叩き割られたような衝撃を受けた。

 それって……。

 大河内の誘いに、いや、交際の申し込みに同意するはずだったということなのだろうか。

 身体の奥の方から怒りがふつふつとわいてくる。


「おまえがいいのなら、俺、別に止めなくてもよかったんだな……。でもおまえ、本当にあいつのことが好きなのか? 」


 本当はこんなこと訊きたくなんかなかったのだ。

 でも、軽い気持ちで男の誘いに乗った柊をこのまま見過ごすわけにはいかない。

 遥は肝を据えて、柊の返答を待った。


「だからさあ。好きとか嫌いとかじゃなくて、同じ学校の元クラスメイトとして、困っている時はお互い助け合うのは当然かなって、そう思って……」


 ますます我慢ならない。

 あまりにも矛盾点が多すぎる柊の恋愛論に、遥の怒りもついに沸点に達してしまう。


「じゃあおまえは、好きでもない奴と、元クラスメイトというだけで付き合ったりするのか? おまえって奴は、そんな風に男をたぶらかすようないい加減な女だったのか? 」


 遥はコタツの天板をバンと叩いて怒りをあらわにする。

 おまえは絶対に間違っていると。


 柊はそれを見て、口をポカンと開けたまま、キョトンとしていた。

 それを見た遥は……。どこか空気が行き違っているような、かすかな違和感を覚える。


「遥? あんた、なんか勘違いしてない? わたし、大河内君と付き合ってないし、男をたぶらかしたりなんかもしてないよ! 大河内君に指揮のやり方教えてって、頼まれただけなんだけど! 」


 今、なんて言った? 

 遥は柊の言葉を何度も脳内で繰り返すうちに、自分が大きく誤解していたことに気付く。


「はあ? し、指揮ぃ? 」

「そう。大河内君、二組の指揮者なんだって。藤村みたいに教えてって。でも、その……。結局練習なんて全くしなかったんだけど……。だから、遥があの時来てくれなかったら、今頃どうなっていたか、とは思う……」


 遥は指揮の練習と聞いたとたん、ふにゃふにゃとこたつの天板にうなだれる。

 まるで、波打ち際に打ち上げられた、大きなクラゲのように。


「もう……。おまえホントに心配させすぎ。俺はてっきり……」


 遥は、隠さずに初めからそう言ってくれればよかったのにと思いながらも、次第に気を取り直し始めていた。


「でもあいつ、さっきおまえに言い寄ってただろ? たしか去年の今ごろだったかな。あいつの姿を家の周りでちょくちょく見かけたんだ。最初はチャリでどこかに出かけるのかと思ってたけど、道の途中の木の陰からおまえの家をじっと見てるんだ。俺、ピンと来たもんね」

「ピンと? 」

「そう。おまえが二年の時、あいつと仲がいいのは希美香に聞いて知ってたから、もうこれは間違いないってな。あいつ、おまえに気があるんだよ」


 遥が一番危惧していたのはこのことだった。

 柊は、本人こそ気付いていないかもしれないが、かなり人気がある。

 それも、真面目風なたぐいの人間に好かれる傾向があるのだ。

 自分を着飾らずそれでいて清楚な感じが男心をくすぐるのかもしれない。

 そういう遥も、ちゃっかりそのうちの一人なのだが。


「う、うそーーっ! そんなの、今初めて聞いたよ」


 しばらく呆然としていた柊が、話の趣旨を解したとたん、こたつの上に開いた両手をバーンと載せて叫ぶ。

 普通一般の女子はここで口元に両手を添えて恥ずかしげに、うっそーと言うのだろうけど、柊に限ってそんな生易しいリアクションは期待できない。

 いつだってストレートだ。


「そりゃそうさ。今日、初めておまえに言ったんだからな」


 遥は、柊が大河内の気持ちに気付いていなかったことに満足していた。


「やめてよ。ありえないーー! 」


 柊は本当に嫌そうに大きく(かぶり)を振る。

 遥はそんな柊の様子を見て、ますます悦に入った。

  

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