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こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第三章 めざめ
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番外編 初恋は永遠に 9

 遥は、自分の部屋で数学の宿題に取り組みながら、ふと昨日の藤村の宣言を思い出し、シャーペンの頭を意味もなく何度もノックしていた。


 俺、文化祭終わったら彼女に告白するつもりだからよろしく。


 藤村は指揮の練習が終わった後、遥と柊を前に、きっぱりとそう言いきったのだ。

 藤村が柊の親友でもある夢美のことを好きだというのは、遥も昔から知っている。

 まさかこのようなタイミングで藤村が告白宣言をするとは思ってもみなかった遥は、動揺を隠せなかった。

 柊に対して足踏み状態から抜け出せない自分が、ますます情けなく思えるのだ。

 そのひと言で藤村が柊に気持ちが傾いているわけではないと証明されたのだが、依然、遥の心の中はもやもやしたままだった。

 どうも柊がショックを受けているように見えたからだ。

 柊が藤村を気にかけているとすれば尚更のこと、昨日の藤村の告白宣言は彼女にとって辛い出来事だった可能性がある。

 そのことと関係があるのか、今日一日、柊の態度がどこか怪しげだった。

 何か隠し事でもしているように周囲をきょろきょろ見回し、落ち着きのないこと、この上ない。

 柊のおどおどした目が脳裏によみがえる。


 遥が藤村と一緒に学校を出る時、柊は校舎一階ロビーの黒板式掲示板に書き込みをしていた。

 掲示委員会の当番の仕事のようだ。

 ところが柊がいつになくよそよそしい。

 意識的にこっちに目を合わさないようにして無視しているのがありありとわかるのだ。

 おまけに藤村までもが柊から不自然に目を逸らし、そそくさとそこから立ち去ろうとする。

 やっぱり普通じゃない。

 遥は、どこか煮え切らない様子の藤村に疑念を抱きながらも、途中でじゃあまた明日な……と言って別れ、腑に落ちないまま今こうやって家の机に向かっているというわけだ。


 遥は邪念を追い払うように頭をぐるぐる回して、深呼吸を繰り返す。

 そして手のひらでパンと頬を叩き、再び宿題に取り掛かった。

 コンパスで半径三センチの円を描き、接線を引く……そして……。


「やってらんねえよ、まったく……」


 天井に向かって乱暴に捨て台詞を吐いた後、定規もシャーペンもノートの上にぽいっと投げ出した。

 そろそろ潮時か……。

 これはきっと、自分も早く柊に気持ちを伝えろということなのかもしれない。

 遥は、藤村の勇気にあやかって、ここは男になる時ではないかと結論付けた。


 昨日、母親から朗報を聞かされたのだ。

 来年生まれてくる赤ん坊が男の子であると。


 それはつまり、堂野家の跡取りがもう一人増えたということを意味する。

 遥は藤村だけでなく、まだ顔も見たことのない小さな弟にも背中を押されたような気がしていた。


 遥がいつの頃からか描いていた夢。

 それはこの村で、柊と一緒に暮らす夢だ。

 今も同じようなものだが、決定的に違うのは、遥が堂野ではなく蔵城を名乗っているところ。

 そして立派な大人になった自分の隣には、誰よりも美しい花嫁がいるのだ。

 よく知ったその女性の年齢は二十五歳くらい。

 潤んだ瞳をこちらに向け、はるか、と恥ずかしそうに呼んでくれる。


 あと十年もしたら、本当にそんな日々が待っているのだろうか……。


 夢とも現実ともしれぬ白昼夢に浸っていると、何の前触れもなくガチャッと玄関の戸が開く音が遥の耳に届く。

 ちょうど遥の部屋の真下が玄関になっているので、人の出入りが振動を伴って伝わってくるのだ。

 こうやって入ってくるのは、家族と祖母、そして柊の家族しかいない。

 もしかして、柊? 遥は部屋の戸をすかし、階下の気配を伺う。


「綾子さーん。いる? 」


 遥はその瞬間、(にわ)かに落胆する。

 そんなにうまい話がそこかしこに転がっているはずがないとわかっていながらも、柊がやって来たと期待してしまう自分を不甲斐(ふがい)なく思ってしまう。

 良く考えてみればわかることだ。

 希美香が部活で帰りが遅いのを知りながら、彼女がここに来るわけがないのだから。


 突如、柊の母親の素っ頓狂な声が聞こえる。

 いったい何事だと、遥は耳をそばだてた。


「でしょ? ……なのよ! もうカッコいいったら、ありゃしない。もちろん、はるくんもいい線いってるんだけどね」


 いったい何の話だろう。遥は眉間に皺を寄せたまま、息を潜め続けた。


「お姉さん、私も知ってるわよ。希美香が前にそんな人がいるって言ってたもの。ファン倶楽部まであるってね」

「へえーー。そうだったの。なるほどね。あの子なら絶対ありえる。もうほんっときれいな顔立ちなんだから。でね、柊ったら照れちゃって、カレシじゃないなんて言ってるけど、本当のところはどうなのか……」


 か、カレシ? 誰の? 

 聞き捨てならない会話に遥の眉がピクッと動いた。


「なんでもいいのよ。クッキーかチョコか。あったら分けて欲しいんだけど。うちのお茶菓子、全部切れちゃってて……」

「ちょっと待っててね、お姉さん。あ、そうだ、確か、頂き物のクッキーがあったはず。……それにしても素敵な話ね。えっと、彼、なんて名前だったかしら」


 台所の方に移動したのだろうか。

 遥の母親の声が少し遠のいた。


「大河内くん、よ」

「ええ? 」

「オ、オ、コ、ウ、チ、くん」


 柊の母親がおもいっきりかつぜつ良くオオコウチと名を唱えた。

 遥の額に季節はずれの汗が滲む。

 大河内……。大河内といえばただ一人。

 昨日、踊り場で絶体絶命の危機を迎えていた時、皮肉なことに、遥を救う形で現れたあの男だ。


 遥は気付いた時にはもう家を飛び出していた。

 目指すは柊のところ。そこしかない。

 以前から何もかもが気に食わない大河内に、今こそ遥は、最大の危機を感じていたのだ。

 藤村に抱いていた疑いなど、この際、取るに足らないことと思えるくらいに。


 開けっ放しの玄関から中を覗き、そっと家に上がりこむ。

 長い廊下を縁側伝いに右に進み、一番奥の柊の部屋のひとつ手前で立ち止まった。

 ボソボソと声が聞こえる。

 間違いない。大河内の声だ。


 でも、なんで? どうして大河内がここに?


 大河内のどこか危うさを含む声に瞬時に反応した遥は、力任せに襖戸を空けて、中に踏み込んだ。



 

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