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こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第三章 めざめ
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番外編 初恋は永遠に 8

「ねえ、どーの君、早くどっちか選んでよ! 」


 一階と二階の中間にある踊り場で、遥は二人の女子生徒に迫られていた。

 それもあろうことか、川田と細村のどちらかを付き合う相手として選べと言うのだ。


 ……ありえない。


「だってさ、もう部活も引退したんだしぃ。ひいらが言ってたもん。あの時は部活以外何も考えられないってね。今はヒマでしょ? どーの君なら今さらガツガツ勉強しなくても、受験なら余裕だしぃ」


 あの時というのは、去年のクリスマス会の時のことを言っているのだろう。

 柊がビシッと断ってくれたとばかり思っていた遥にとってこれはまさしく寝耳に水、そして晴天の霹靂としか言いようがない。

 川田が甘えたような上目遣いで遥を見上げる。


「黙ってないでさあ、早く決めてよ。あたしとホソっちは二年の時からずっとあんたのファンだったんだからさぁ。じゃあ、一ヵ月ごとに交替で付き合うってのは、どぉ? 」

「はあ? 」


 もう遥には川田のひと言ひと言がほとんど理解不能だった。


「ど、堂野君。そ、その。あたしたちのどこが、不満なの? それとも、もう誰か他の人と……付き合っちゃったとか……」


 今まで川田の言うがままだった細村がやっとのことそれだけ言った。

 遥は返事に困った。

 断る理由はちゃんとある。

 好きな人がいるから誰とも付き合いたくないと言えばいいのだ。

 ところがそれを平気で言ってのけるほどの度胸は、残念ながらまだ遥には備わっていない。


「えっと……その……」


 こんなところでもたもたしてていいのだろうか。

 早く結論を出して家に帰らないと。


 ……柊が危ないのだ。


 今こうしている間にも、どんどん柊と藤村の距離が縮まっていくような気がして、いても立ってもいられなくなる。

 好きな人がいるから無理と言えばいいだけなのに、遥は焦るばかりで、うまく言葉に出来ない。


「もおーっ! 決められないなら、あたしたちジャンケンするから。勝った方と付き合ってよ。じゃあ……」


 二人が向かい合ってジャンケンの音頭を取りはじめた時、上階から軽快なリズムで下りて来る靴音が聞こえてきた。

 その音は段々大きくなり、遥たちのいる踊り場で止まった。


「あっ……」


 遥と顔を見合わせたその相手も目を見開いて同じように驚きの声を漏らす。

 元生徒会長で今は二組の委員長であるその男子生徒は、思いなおしたように遥に言った。


「急なんだけど、合唱コンクールのことで全学年の委員長が音楽室に呼び出されてるんだ。三年は君だけまだだったから……。先生に探してこいと言われて……」


 遥は彼から目を逸らし、「わかった」 とだけ答える。

 そして踊り場で口をあんぐり開けている二人の女子を見た。


「ということだから、俺、行くわ。それと……。俺、そういうの、無理だから。じゃあ」


 遥はまだ固まったままの川田と細村をそこに残し、先に上がっていく二組の委員長の後を追うように階段を駆け上がる。

 その時、遥の背後から再び信じられないような川田の声が聞こえてくるのだ。


「あたしさ、やっぱ、おおこーちに乗り換えよっかなぁ。ホソっちはどうする? 」


 い、今、なんて言った? もう、いい加減にしてくれ! 

 あまりに勝手な二人に、遥は断崖絶壁の上から大声で叫びたい気分に()られた。


 音楽の先生から、昼休みと放課後のピアノの使用を全クラスで割り振った練習予定表を渡され、短い注意事項の伝達があった。

 その後、予想外に早い解散になり、教室にカバンを取りに戻った遥は猛スピードで家に続く坂を上って行った。

 制服を脱ぎジャージに着替えた遥は、台所で牛乳を飲みながら、どうやって隣の家に行こうかと策を練っていた。

 用もないのにふらふらとここから出て行くわけにはいかない。

 こんな時こそ、夕食材料を何か借りてきてと用事を言いつけてくれればいいのにと、リビングのソファで鼻歌交じりに編み物をしている母親を恨めしく思う。

 遥は柊の家から聴こえるピアノの音色に耳を傾けながらも、一階を何をするでもなくうろつく。

 藤村が隣にいるみたいだから俺もちょっと行ってくる、とさりげなく母親に言って家を出れば怪しまれないか……などと思っているところに電話が鳴った。


「遥。出てくれる? 」


 編み物の手を止めた母親が、振り向きざまに遥に言った。

 遥は面倒くさそうに、ああと言って受話器を取る。

 するとそこからは、今、まさに思い悩んでいた相手の声が遥を瞬時にふわっとピンクのベールで包み込むのだ。

 遥は二つ返事で受話器を置くと、あくまでも呼び出されて仕方なく行くというスタンスを母親の前で貫きながら、柊の家に向かった。


 遥の顔を見るや否や、柊も藤村も、すがりつかんばかりに彼ににじり寄る。

「おい、どうしたんだよ」

「どうしたもこうしたも。見ての通りで。もう、やめやめ。指揮なんて俺には無理なんだ」

「藤村、今さら辞めるって、それだけは勘弁してくれよ。大丈夫。おまえなら出来るって」

「そんな慰めはいいから。ホントにもうダメ。俺には音楽のセンスはこれっぽっちもないみたいだ。明日、他の誰かに替わってもらえるよう、堂野からも頼んでくれよ」

「藤村……」


 藤村の自信喪失ぶりは、相当、重症だった。

 遥は、急に身体中の力が抜けていくのを感じていた。

 今のところ、この二人に心配したような事態は起こっていないようだ。

 ひたすら指揮の練習だけに没頭していたのだろう。

 このまま取り越し苦労に終わってくれればいいのだがと願いながらも、まだ完全に安心しきったわけではなかった。

 引き続き二人の様子にアンテナを張り巡らせながら、藤村と共に指揮棒代わりの菜ばしを大きく振り回す。

 こうなったら身体で覚えこませる作戦しかない。

 歌い出しの部分を繰り返し練習するのだ。

 運動神経だけは誰にも負けない自信のある藤村は、どんなに腕を振り続けていても、絶対に疲れを口にしない。

 見上げたスポーツマン根性だ。


 三十分もすると、ほぼ完璧な仕上がりを見せるようになった。

 遥が指示をしなくても、柊の伴奏にうまく合わせられるようになっている。

 いや、伴奏をリードするくらいにまで、正確なリズムを刻み出せるようになってきたのだ。

 信じられないくらいの進歩だ。

 藤村自身もおもしろくなてきたのだろう。

 いつしか強弱も手の振りで表現できるようになり、いっぱしのマエストロ気取りだ。

 長身の藤村が、より一層大きく見える。

 遥がこうやってみればとアイデアを出せば、藤村も負けてはいない。

 観客にアピールする方法をいろいろあみ出していく。

 次々と意見を出し合っているうちに、いつのまにかテーブルにジュースとお菓子が並んでいた。

 柊が準備してくれたのだ。


「さあ、おやつにしよう。藤村、うまくなったね」


 柊が、労いの言葉をかける。


「おっし! 俺やっぱ、指揮者やるよ。蔵城、がんばろうぜ! 」


 藤村の手と柊の手がパチンと重なる。


 なぜにここでハイタッチ? 

 俺の柊に簡単に触るな。


 遥の目の前が一気に灰色に変わった。

    

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