表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第三章 めざめ
55/70

番外編 初恋は永遠に 7

 もうすぐ合唱コンクールがある。

 クラスごとに練習した混声合唱の出来栄えを競い合う行事だ。

 ここで優勝したクラスは文化祭の大舞台に立つという栄誉を得る。

 一年生の時は物珍しさもあって、それなりにどのクラスも盛り上がりを見せていた。

 昼休みも時間を惜しんで練習したりもした。

 ところが二年生になると、男子の変声期も進み、皆が歌うことに消極的になってくる。

 そして三年生。

 せっかく男性パートの低音も安定してきて、美しいハーモニーが期待できる学年であるはずなのに、にわかに受験モードが蔓延し始めて落ち着きがなくなり、適当にこなせばいいというマイナスの空気が漂い始めるのだ。

 遥のクラス担任の梅谷先生は、若さと持ち前のバイタリティーで、クラスの皆を叱咤激励してなんとかやる気を出させようと日々努力を惜しまない。

 クラス委員長の遥は副委員長の女子と共に、放課後、何度も職員室に呼び出され、どうしたらみんなのやる気をひき出せるのかと意見を聞かれ話し合ったりもした。


 そんな中、停滞ムードを一掃するように藤村と柊が自ら手を挙げて、指揮とピアノ伴奏を引き受けてくれたのだ。

 二人の行動力に感化されたクラスメイト達は、次第に協力的になり、時間外の練習も自主的に参加するようになってきた。

 前評判では合唱部のメンバーが多い三組が優勝候補だと言われている。

 ただし四組も侮れない。

 両者の教室の前を通った時に聞こえてきた課題曲の仕上がり具合は予想以上で、甲乙つけがたい。

 それは遥の闘争心を煽るには充分すぎるほどの完成度だった。


 教室での練習にはピアノは使えない。

 副委員長が家から持ってきた小さなキーボードだけが頼りだ。

 柊が足りない鍵盤をどうにか駆使して、アレンジを加えた伴奏を奏でる。

 そして藤村の指揮に合せて歌うのだが、これがまた、心もとないことこの上ない。

 柊の伴奏などほとんど……いや、全く無視して、適当にリズムを刻むのはあたりまえ。

 強弱の合図も何もあったもんじゃない。

 それでもなんとか歌になっているのは、クラスの仲間達の藤村に対するささやかな思いやりの表れなのだろう。

 本物のピアノできちんと前奏を入れて歌う場合を想定してみる。

 果たして藤村がどうなるのか……。想像するだけでもおぞましい。


 そんな時、昼休みが終わって席に着いたばかりの遥のところに柊がやって来た。

 学校ではよほどの事がない限り、暗黙の了解でお互いあまり干渉しないように心がけているのだが。

 何か言いたげな柊に遥は、何? と目で訊く。

 相手も心得た物で、やはり目で応えるのだ。あのね、と。

 そして……。


「今日ね、藤村がうちに来るんだ。ピアノと指揮を合わせる練習に……」 とそれだけ言って、瞬く間に自分の席にもどってしまった。

 藤村と練習か……。

 遥はちょうどそのことを不安に思っていたところだったので、ますますやる気を出している二人に安堵した……のも束の間。

 この柊のさりげない伝言がその後の遥を極度の不安に駆り立てる。


 そもそも柊は、藤村がうちに来るのと言っただけで、遥も来てとは言わなかった。

 おもしろくない。

 遥は自分が呼ばれなかったことに、無性にいら立ちを覚える。


 そうなのだ。

 このごろ、頻繁にあの二人が接近しているように思えるのだ。

 遥は親友の藤村にかぎって柊を横取りするなんてことはないと思いたいのだが、柊が藤村に好意を持っているのだとしたら……。

 藤村の心変わりも現実味を帯びてくる。

 二人きりにさせていいわけがない。

 五時間目も、六時間目も、結局先生の説明が全く頭に入ってこないまま無駄に時間が過ぎてしまった。


 ホームルームも終わり、柊が藤村に何か耳打ちをして教室を出て行った。

 きっと四組の夢美を誘いに行ったのだろう。

 藤村にちょっと待ててねとでも言ったのだろうか。

 遥は急にあることがひらめいたのだ。

 自分も柊達と一緒に帰って、そのまま藤村と共に彼女の家になだれ込もうと。

 これなら誘われていようとなかろうと、自然な流れで二人に同行できる。

 そして、二人の仲を監視できるというおまけもつく。

 遥は帰り支度をする藤村に声を掛けようと足を踏み出したその時だった。


「ねえ、どーの君。今からぁ、ちょっといい? 」


 遥を通せんぼするように、四組の川田梨乃(りの)が遥の前に立ちはだかった。


「B棟の東階段一階のところに、ホソっちがいるんだけどぉ。そこに来て」


 以前より迫力を増した川田は、禁止されてる化粧もはばかることなく念入りに施し、描き足したとわかる細い眉を吊り上げて、なかば強制的に遥を引っ張っていく。


 遥は去年のクリスマス会を思い出していた。

 柊の家にクラスの女子全員が集まったあの日、この川田と、ホソっちこと細村に呼び止められていろいろ訊ねられたことを。

 それ以降、あの二人からは特別何も言われなかったのだ。

 柊がうまくごまかしてくれたのだと思ってとっくに忘れていたのに、今ごろいったいどうしろというのだろう。

 何かよからぬことがおこりそうなのはもう間違いない。


 悪い、今日はだめだという遥の言葉も軽く無視されて、川田の後ろを恨めしそうについていくはめに陥る。

 鼻歌交じりの藤村はそんな遥のアクシデントにも気付くことなく、カバンを持って遥とは反対方向の四組の教室前に向かって行った。


 藤村の奴、やけに嬉しそうにしやがって……。

 柊に何かしてみろ。ただじゃおかないからな。


 遥の底なしの嫉妬心は、罪のない友人の上にも、容赦なくふりかかるのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ