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こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第三章 めざめ
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番外編 初恋は永遠に 6

 柊が、じゃあと言って、こたつから出た。家に電話をかけるためだ。

 昔はこのパターンでよく泊まり合いをしたものだが、当然のごとく男である遥は今ではもうその仲間には加わらない。

 それは柊と希美香の専売特許になっていた。

 でも、今夜は違う。

 柊と一緒に夜更かしをしてビデオを見て過ごすのは、まぎれもなく遥本人なのだ。

 遥は(はや)る胸を抑えつつも、ひとりでににやけてしまう口元を止めることは出来なかった。


「もしもし、わたし。うん、うん。それでね、今夜、こっちに泊まるから」


 柊の声が心なしか弾んでいるように聞こえるのは気のせいだろうか。

 遥は受話器を通して漏れ聞こえてくる彼女の母親の声に、耳をそばだてた。


『ひいらぎ! おばあちゃんに迷惑だよ。だから今夜は帰ってらっしゃい』


 今、なんて言った? 今夜は帰っておいでだと? 

 少し耳が聞こえにくくなった祖母のために、受話器の音量設定を大きくしてあるので、向こうの声がしっかりと遥にも届く。

 これは大きな誤算だ。目の前の柊の表情もとたんに曇ってしまった。


「ええっ! なんでだめなの? おばあちゃんに絶対迷惑かけないから……。それに遥と夜中にビデオ見る約束したのに。母さん、お願い! 」

『それがダメだっていうの! あんたも……ダメよ……子供じゃ……今夜は帰って来なさい! 』


 途中、母親が声をひそめたせいなのか、はっきりと聞きとれなかったが……。

 おおよその見当はつく。

 遥はこの危機をどう乗り越えるべきか、脳内のありとあらゆる知識を総動員して、超高速で考えを巡らせ始めた。

 そして、柊から奪うように受話器を取り上げた。


「すみません。俺が強引にひいらぎを誘ったんです。合唱コンクールや文化祭の打ち合わせもしたいので、ビデオを見ながら話を進めていこうと思って……。心配しないで下さい。はい……離れのリビングです。両親もいるので大丈夫です……」


 どこまでも真剣に、そして精一杯背伸びをして、柊の母親と対峙しているというのに……。

 そんな遥の懸命な気持ちを踏みにじるように、隣で柊がプッと吹き出した。


「は、はい。じゃあ……。おやすみなさい」


 まだ電話中の自分をくすくすと含み笑いをしながら見ている柊にあきれつつも、どうにか彼女の母親を納得させて、遥は電話を切った。


「……というわけで、おばちゃん、いいって言ってくれた。おまえ、言い方へたくそだもんな。ふっふっふっふ……。今夜は楽しみだなあ。俺のお笑いの原点を、よーくおまえに伝授するからな。絶対に途中で寝るなよ! 」

「わかったってば。寝ないように、指で目を開いておくからさ。にしても遥ってすごいな。あれだけ反対してた母さんをすぐに納得させるんだもん」

「あたりまえだ。俺の明晰な頭脳は、すべての行動に活かされるんだよ」


 とにもかくにも、事態は好転したのだ。

 遥の方こそ、ひしひしとこみあげてくる喜びを抑えきれずに、訝しがる柊をよそに怪しい高笑いを響かせていた。




 離れのリビングの時計の針はもう真夜中の一時を指している。

 ようやく二本目の録画ビデオが始まったばかりだと言うのに、遥は左側の肩に不自然な重みを感じて、そこに目をやった。

 なんということだ。

 柊の髪が遥の肩にかかり、すーすーと規則正しい寝息まで聞こえてくる。

 寝てるの……か?


「おい、柊。おい……」


 遥は二階に寝ている家族を起こさないように、小さな声で柊を呼んだ。

 なのに返事はない。


「こら、寝るなよ」


 彼女の背中に腕を回し、そっと揺り動かした。

 ふあーーっと声とも寝息とも区別のつかない音を発した後、そのまま遥の膝に崩れるように倒れて、動かなくなった。

 今度こそ本当に眠ってしまったのだ。

 遥は膝の上の無防備な彼女をどうしたものかとしばし天井を見上げた後、そっと床のクッションの上に頭を置き換えて、毛布を取りに行くことにした。

 静かに息を潜めて二階に上がる。

 初めは一枚だけ毛布を手にしたのだが、途中で思いなおしてもう一枚手に握る。

 足音を忍ばせ、二枚の毛布を抱きかかえるようにしてリビングに戻った。


 床の上の柊はさっきの形のまま、横向きになってすやすや眠っている。

 なんて図太い神経をした女だと思いながらも、遥は毛布をそっと彼女の身体にかけてやった。

 エアコンのタイマーを設定して、緩く暖房を効かせる。

 そして彼もその横に添うようにして横になり、もうひとつの毛布をかぶった。

 初め遥は自分の部屋に戻ってベッドで眠ろうと思っていた。

 でも……。彼女を床の上にひとり残して自分だけベッドに眠るのはいかがなものかといっぱしの罪悪感に苛まれる。

 いや、客観的に見れば二人っきりでここにいる状況の方がよほどまずいはずだが、遥は純粋に柊を放っておけない気持ちになって、そばに居ようと決めたのだ。


 一時停止にしていたビデオ画面を解除して再生する。

 音量を最小限にして番組を見続けた。

 ところが、番組内容がちっとも頭に入ってこない。

 寝返りを打ってこっちを向いた柊の寝顔が遥の視界を埋め尽くした瞬間、もはやビデオを見ているどころの騒ぎではなくなる。

 さっき、急激に伸びた身長を確かめるため鏡の前に立った時、すっと絡められた彼女の細い腕の感触がよみがえり、心が落ち着かなくなってきた。


 高嶺の花のこのひいらぎちゃんが、背が高くなったご褒美に遥とデートしてあげるんだから……。


 目をくりくりさせながらそう言った柊の声が、遥の心に何度もこだまする。

 そっと手を伸ばし、彼女の頬に指先を近づける。

 もう少しで届くというのに、なぜか触れるのがためらわれる。

 頬を撫でて、その柔らかそうな唇に触れて、抱きしめたいと思うのに、そんな勇気はどこにもなくて。

 柊が起きている時にも、告白できるチャンスはあったはずなのに、結局何も言えなかった……。


 遥は何かを決心したようにむくっと起き上がるとそのまま台所に行き、コップに直接水道水を汲んで一気に飲み干した。

 そして再び彼女の横に寝転がる。

 すると柊はごそごそとまた寝返りを打ち、今度は向こう側を向いた。

 遥の目の前には、思いのほか小さな柊の背中が姿を現す。

 遥はふうーっと大きくため息をつき、どこかほっとする自分を感じながら、その背中に毛布を引っ張って掛けてやった。

 そして、ゆっくりと目を閉じた。

      

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