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こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第二章 きぼう
49/70

番外編 初恋は永遠に 1

番外編にお越しいただき、ありがとうございます。


こんぺいとうは、女性主人公、柊の一人称( わたしは……)で書き進めてまいりましたが、以降、番外編は、男性主人公、遥の視点によります三人称( 遥は……、柊は……)表現になっています。


「パス、パス、パス。よっし! それいっ! 」

「うぃっし! おーら、おら、おら、もう一回! 」

「よっしゃっ! 」


 選手のかけ声と、観客の声援がこだまする体育館は、四月だというのに初夏を思わせる熱気に包まれていた。

 ハーフタイムの時、遥は確かに見たのだ。

 夢美の後ろに佇む柊の姿を。

 見間違うはずがない。あれは絶対に柊だったと遥の心臓は、俄かに拍動を早める。


 藤村に回すべきか。

 それとも自分がシュートを決めるべきか。

 ブロックをかわし、敵の背後に回りこむ。

 3(スリー)ポイントを狙える位置に立った。

 願ってもいないチャンス。

 藤村がいけと叫んだその時、ボールは遥の手を離れ、ゴールに向かってきれいな弧を描いた。




 それは中学校バスケットボール大会地区予選の優勝が決まった瞬間でもあった。

 初めて手にする優勝杯に、チーム全体が沸き立つ。

 創部以来の快挙に、監督の顔も緩みっぱなしだ。

 遥は仲間達と肩を抱き合い、喜びに浸りながらも次の県大会に思いを馳せる。

 そして観客席を見た。

 手を叩いて飛び跳ねながら喜ぶ夢美の横で、頭ひとつ分背の高い柊が、しきりにきょろきょろと辺りを見回している。

 そして遥と目が合ったとたん、破顔一笑する。

 この笑顔を見るためならどんなことだって耐えられる。

 遥は再び高鳴る胸の鼓動にややたじろぎながらも、彼女に向かって満面の笑みで応えた。



「なあ堂野。今日夢美と蔵城が来てたの知ってるか? 」


 試合の帰り道、藤村がペットボトルに入ったスポーツ飲料を飲みながら遥に訊ねる。


「ああ。知ってる」

「夢美のやつ、俺のこと見てくれてたかな? 優勝が決まった後、すんげえ喜んでたろ? 」

「ああ」

「あれは絶対に、俺の活躍を見て、狂喜乱舞ってやつだよな。おまえが蔵城と夢美を誘ったのか? 」


 ペットボトルを真っ逆さまにして振りながら、最後の一滴まで飲み干した藤村が言った。


「いいや」

「じゃあなんで来たんだろ」

「さあ」

「っておまえ、ホントにのん気だよな。おまえももっと喜べよ。おまえの蔵城が来てたんだぜ」


 藤村は口の端を上げてにやりと思わせぶりな笑いを浮かべる。


「だから、あいつは俺とは関係ないっていつも言ってるだろ? 」

「またまた、そんなこと言って。俺にはわかってるんだってば。おまえが蔵城を好きなことくらい」

「はん! んなわけないだろ」


 遥はカバンを担ぎなおすと、仏頂面のまま急に走り出した。


「お、おい。待てよ。逃げるなよ」

「家族に早く帰るよう言われてるんだ。じゃあな、藤村」


 遥はそれだけ言ってそのまま住宅街の坂を駆け上って行った。

 俺が悪かった、だから機嫌を直してくれという藤村の叫び声も虚しく、遥は二度と振り返ることはなかった。




「ただいま……」


 玄関の上がり口にカバンをドサッと置き、靴を脱ぐ。

 すると部屋の奥から遥の妹の希美香と、片想いの相手であり親戚でもある柊が顔を出し、おかえりと口を揃えて言った。

 遥は二人の顔をチラッと見ただけで、何も言わずに、そのまま二階の自分の部屋に駆け込んでいく。


「お兄ちゃん。なんで無視すんのよ! 優勝したんでしょ? 最後、お兄ちゃんが決めたんだって? 」


 希美香が階段の下から遥に向かって大声を出す。


「うっせえー」


 二階から轟かせる遥の答えはそれだけ。


「……ねえねえお姉ちゃん。お兄ちゃんって、なんであんなに偉そうなんだろ。マジむかつくし」


 希美香が柊に向かっててひそひそと話しているようだが、二階の踊り場までまる聞こえだ。


「ほんとだね。でも学校ではにこにこして、みんなの人気者なんだから信じられないよね? 」


 などと柊が上にいる遥に向かって余計なことを言う。


「だから、うっせーんだよ! おまえら、さっさとそこから消えろっ! 」


 遥の怒声に、きゃーっと言って逃げ出したのはもうすぐ入学式を迎え、中学生になる妹の希美香だ。

 その隣で腕を組み、ふうーっと大きくため息をついているのは同級生の柊。


「遥ったら、なんでいつもそんななの? 」


 柊がトントンとリズムよく階段を上がって来る。

 遥は慌てて部屋にもどり、机の上に載せていた藤村から借りた雑誌を、ベッドの下に投げ込んだ。

 それとほぼ同時に柊が部屋に押し入ってくる。


「ねえ、遥。もうちょっとあたしたちに優しくしてよね。そうそう、今日の最後のシュート、すっごいカッコよかったよ。優勝おめでとう! 」

「……」


 柊が腰掛けたベッドの足元には今投げ込んだばかりの雑誌が半分こちら側に顔を覗かせている。

 遥は試合の話どころではなかった。

 もし柊がその足元を見たなら……。

 遥のこめかみに冷や汗が伝う。


「遥ったら、返事くらいしてくれてもいいでしょ? 」

「俺のベッドに勝手に座るな」


 今の遥に言えるのはそれだけ。


「なんで急にそんなこと言うの? 変な遥。でもいいな、遥の部屋にはベッドがあって。わたしなんか、ずっと畳の上に直接布団だよ。わたしもベッドが欲しいな」


 何も知らない柊は座りながらベッドのスプリングのバウンドを楽しんでいる。


「いいから。早く行けよ。ここから出てけ! 」


 遥は今、苦渋の選択を強いられている。

 柊がここに来てくれるのは本当は大歓迎なのだけれど、とにかく今は、史上最大のピンチに襲われている。

 雑誌の存在がばれないうちに、柊を追い出さなければいけない。


「勉強のじゃまだ。早く消えろ」

「わかった……。出て行けばいいんでしょ? 遥の意地悪。せっかく応援に行ったのに、なによ、そのえらそうな態度」

「誰が来いって頼んだ? おまえが勝手に来たんだろ? 」

「ふん。もう二度と行きませんからね。それじゃあ、あんたのご希望通り、わたし、とっとと消えますから。そうそう。今夜は遥の優勝パーティーだって。おばあちゃんがお寿司を作ってくれてる。ふん! 何が優勝パーティーよ。応援して損した。ああ、損した。行かなきゃよかった! 」


 柊はプリプリしながら遥の部屋を出て行く。

 遥は部屋の戸をパタンと閉めると、今まで柊が座っていたベッドに腰掛け、頭を抱え込んだ。

 柊が応援に来てくれて、あんなにも嬉しかったのに……。

 柊がいてくれたから、あそこまでがんばれたのに……。


 それを素直に伝えられない自分と、彼女にだけは何があっても見られたくない大人びたグラビア雑誌のハプニングに、遥は激しく自己嫌悪に陥るのだった。


 

 

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