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こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第二章 きぼう
48/70

48.こんぺいとう

 二月の早朝、わたしはダッフルコートに身を包み、おばあちゃんの編んでくれた手袋をはめて完全防備で玄関から一歩外に出た。

 あたり一面に霜が降りて、まるで雪が積もっているような銀世界が広がる。

 明日は本命の大学入試だ。

 今日から東京入りして堂野のおじいさん宅に泊めてもらうことになっている。

 バックには着替えと参考書、筆記用具。そして、受験票も入れた。

 忘れ物はないな。よし! 準備完了! 


「それじゃあ、気をつけてね。力いっぱいがんばってくるのよ。堂野さんによろしく」


 父さんの運転する車に乗り込んだわたしは、心配そうな顔をした母さんに見送られていた。

 車が数十メートルほど進んで、遥のとんがり屋根の家の前で止まる。

 遥もちょうど今出てきたところだったのだろう。

 おじさん、おばさん、そしておばあちゃんまで玄関先に並んでいる。


「遥、柊。大丈夫だからね。おばあちゃんがちゃんと氏神様にお願いしてきたから、合格間違いなしだよ。いつもどおりにしてればいいからね。気をつけて行っておいで。そうそう、これこれ。新幹線の中で食べなさい」


 そう言って渡された物は、おばあちゃんお手製の巾着袋。

 パリパリと中から包み紙の音がする。

 お菓子でも入っているのかな?


「ありがと、おばあちゃん。遥と一緒に食べるね。それじゃあみんな、行って来まーす」


 おばあちゃんのくれた巾着袋を胸に抱くようにして握り締め、外にいるみんなに手を振った。


「じゃあ、行ってくるわ……」


 と、隣に座った遥も、短くみんなに声をかける。

 いよいよ始まる、本命の大学入試。

 三日前に地元の女子大も受けたが、やはりなんとしても遥と一緒の大学に行きたいという気持ちは今も変わらない。

 模試の判定は結局Bのままだったけど、担任の先生は射程範囲内に入っているから、気を抜かず最後まで丁寧に問題を解けと励ましてくれた。

 こうなったらなんとしてでも受かってみせる、得意の英語で点数をかせいでやるんだと鼻息も荒く握りこぶしに力をこめた。


 父に頑張って来いと言われて車を降りると、さっきようやく顔を出した朝日がプラットホームの屋根を照らしているのがとても眩しい。

 まるでわたし達の明るい未来を予言するかのような(まばゆ)い光に、勇気を授けてもらったような気がした。

 遥と連れ立って改札をくぐり、快速電車に乗り込む。新幹線の駅まであと少しだ。


 平日の朝だというのに新幹線は結構利用客がいる。

 自由席は新聞や雑誌を読みながら眠そうな目をしているサラリーマンでほぼ満席だった。

 父の助言もあって、指定席を取っていたわたし達は、あわてることなく座ることができた。

 途中の駅からも客が乗ってくるのだろうか。

 まだまだこの車両は空席が目立つ。

 遥と並んで腰を下ろすと、さっきおばあちゃんがくれた巾着袋の中身を取り出してみた。

 小さい透明な袋に入ったカラフルなそれは、予想通りわたしの大好物だった。

 口を結わえてあるモールをはずし中身を手のひらに載せ、遥にも差し出した。


「食べる? 」

「ああ。またこれか。ばあちゃん、俺達のこといったいいくつだと思ってるんだろうな」

「ふふふ。子供の頃遥とけんかして泣いたら、すぐこれを口にポンと放り込んでくれたっけ。わたしはピンクが大好きで、遥は黄色が好きだったよね」

「良く覚えてるな? その記憶力を、是非とも勉強に応用して頂きたいものだけど」

「もうっ、遥ったら。そうできれば、今頃こんなに苦労してないよ。そうだ! 甘いもの食べて、頭の働き良くしておこうっと」


 わたしは手のひらのピンクと白のそれを指でつまんで口にポンと投げ入れた。

 なつかしい味。いつものおばあちゃんの味がした。遥も食べている。

 ん……? やっぱり黄色を選んでるじゃない。

 

 あと二時間で東京だ。

 ちょっとだけ単語でも見ておこうかなと吊り棚のカバンを見上げるが、今更やっても無駄だと思い直す。

 隣に座っている遥は腕を組んで、窓の外を眺めていた。そしてわたしと目が合う。


「なあ、柊? 大学に行ったら何がしたい? 」


 遥がわたしの耳元に顔を寄せて訊ねる。


「ええ? 何って言われても……。そうだ、アルバイトがしたい! 高校の間は父さんが許してくれなかったからね。遥は? 」


 すぐそばにいる遥にどきどきしながらも、あくまでも平静を装ってもう一度訊き返す。


「俺か? 何か打ち込めるサークルとかやりてーな。別に何でもいいけど、バスケ以外のことをやってみたい」

「そっか。バスケ以外のサークルか。わたしもサークルとかあこがれちゃうよ」

「なあ柊、一緒のサークルに入ろっか? 」


 わたしはついに耐えられなくなって、少し顔を背けた。

 だって、遥の顔がますます近付いてくるんだもの。

 いくら電車の中で声が聞き取りにくいって言っても、そこまで寄ってこなくてもちゃんと聞こえてますから……。


「う、うん。そんなのもいいね。……でも、まずは合格しないと。あのね、遥。わたしさ、さっきまで、すっごく合格する気分が高まってたんだ。なんか、体の中から力がみなぎるって感じ? でも、今は。ちょっと不安。落ちた時のこととか考えちゃう」


 そう。絶対合格するっていう自信に満ち溢れている時と、きっとダメだと落ち込む時が交互にやってくるのだ。

 こうやって遥と一緒にいられるのもあとわずかかもしれないと後ろ向きな考えしか思い浮かばない今は、楽しい未来のことなんて何も考えられない。


「柊、ちょっと目つぶってみろ」


 またすぐそばで遥の声がする。

 顔の右半分にずっと遥の息がかかって、さっきからなんだかとってもこそばゆい。

 それにしても、どうして目をつぶらなきゃならないんだろう。

 トンネルに入った瞬間脅かそうとしてるのかな? 

 遥ったらいまだに、時々子どもっぽいとこあるしね。


「なんで?」って訊ねてみる。

 素直に、はい、わかりましたなんて言えないもの。

 理由もわからずに、まんまと遥のドッキリにひっかかるなんて、悔しいじゃない。


「いいから、黙って俺の言うこと聞け」


 ホントに遥ったら、変なとこ強引なんだから。

 何かのおまじないなのかな? 

 どうせ子供だましみたいなことだよね、とあまり期待もせず仏頂面のまま目を閉じた。

 さあ、閉じたよ、次どうするの?



 えっ……。



 わたしは息を止めたまま金縛りにでもあったみたいに、ギュッと固まってしまった。

 目の前に遥の顔が……。目をつぶっていたって気配でわかる。

 

 次の瞬間、遥の唇がわたしのそれと重なって……。


 どれくらいそうしていたのか、はたまた、わたしが今どこにいるのか、何もかもが真っ白になってしまって、状況が理解できなくて。

 ただ、彼の肩を掴んでしがみつくことしか出来ない。

 それは、とても甘かった。わたしがさっき食べたものなのか、遥が食べたものなのかどっちかわからなかったけど、とても甘かった。

 初めてのキスの味は、おばあちゃんのくれたこんぺいとうの味だった。


「柊。……あんまり、くよくよするな。これで大丈夫だ。きっと一緒に合格するよ」


 真っ直ぐに向き直った遥は、普段どおりの顔をして、そんなことを言う。

 は、はるか……。なんでそんなに普通でいられるの? 

 わたし、初めてだったんだよ、こんなこと。

 もう心臓が暴れまくって、何がなんだかわからなくて……。


「柊、ありがとな。実を言うと……。俺も、明日が怖かったんだ。でも、今のでがんばれそうな気がしてきた。はああ、ドキドキしたよ、全く……」


 そうなんだ。遥も受験が不安だったんだ。

 そうだよね、遥とわたしは同級生なんだもの。

 細かく言えば少しだけわたしの方が年上だったりもする。

 いつも怖いものなしみたいな顔をしてるから、遥の気持ちなんて考えたこともなかった。

 自分ばっかりが受験の荒波に揉まれて苦しんでいると思ってた。

 こっちこそ、ごめん。

 そしてありがと……。

 

 それにしてもさっきのはびっくりしたよ。

 ここ、新幹線の中だよ。

 ようやく気持ちが落ち着いて車内をぐるっと見回してみたけれど。

 幸い、誰にも見られてなかったみたいだ。

 横も後ろもまだ空席のまま。一安心ってとこかな。

 なんだかわたしも急に合格しそうな気分になってきた。

 だってこれ以上、ドキドキすることなんて他にないものね。


 おばあちゃんのこんぺいとうは、他のどんなお守りよりも効き目がありそうだ。


 わたしは全ての迷いと不安を拭い去って、前だけを向いて東京駅に降り立った。

 遥の手をしっかりと握り締めて。










                                   了








 最後までお読みいただきありがとうございました。毎日大勢の方にこちらにお越しいただき、とても充実した三週間(と少し)を過ごすことができました。


 ここで一区切りですが、続きを読んでみたいと思われる方は、続こんぺいとう http://ncode.syosetu.com/n0342d/novel.html へお越し下さい。お待ちしています。 2007年11月11日


 このあと引き続き、こんぺいとうの番外編を掲載しています。遥視点で、本編に書ききれなかったエピソードも綴っています。

 続けてお読み下さい。 2008年11月



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