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こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第二章 きぼう
47/70

47.月夜の魔法

 とうとうその夜は勉強どころではなかった。

 けれど、遥がはっきりとおばあちゃんにわたし達のことを言ってくれたのは大正解だと思う。

 これでおばあちゃんの心配事も少しは軽くなったかもしれない。

 家の改装や入籍にまで話が及んだ時は正直びっくりしたけど、それもこれもおばあちゃんがわたし達の将来を喜んでくれている証拠だと思えばいい。

 これ以上の強力な助っ人は他にいないのだから。

 遥の気持ちも確認できたし、大学を卒業して二十五歳になったら、本当にこの人のお嫁さんになるんだと想像すると嬉しくて、そしてちょっぴり誇らしくて、思い出し笑いのようにひとりにんまりしてしまう。


 いつもは一人で走って帰る夜道を今夜は遥が送ってくれると言う。

 おばあちゃんの家からわたしの家までは、ほんの目と鼻の先の距離だけど、こうやって一緒に歩くのが妙にこっ恥ずかしくて背中がこそばゆい気がするのはなぜだろう。

 東京では何のためらいもなく手をつないだり肩を抱いたりしてくれたのに、そんなことはまるで遠い過去の出来事だったかのように、今の二人の間にはぽっかりとバスケットボール一個分のスペースがあいたままだ。

 このままだと何も話さないうちに家の玄関まで着いてしまう。

 二軒の家の間には、昔水田だったところに結構な広さの家庭菜園がある。

 おばあちゃんとわたしの母が共同で作っている野菜畑だ。

 十一月になって時々吹く北西の季節風にも負けないで、大根やほうれん草がしっかり根付いて青々と葉っぱを茂らせている。

 この冷たい風に当たってこそ、冬の野菜は甘さを増すんだよ……といつもおばあちゃんが言ってたっけ。


 あぜ道に畑仕事の合間に休憩するためのベンチが置いてある。

 これは遥のお父さんである俊介おじさんが日曜大工で作った渾身の作品だ。

 雨ざらしになっても木が傷まないようにオイルステン仕上げの手作りベンチは、ゆったりした作りで、大人なら二人並んで座ってもまだ余るくらいのゆとりがある。

 畑の横に差し掛かったとき、月明かりに照らされてベンチの輪郭がぼんやり浮かび上がって見えた。

 わたしはこのまま遥と別れてしまうのがいやで、彼の上着の袖口を少しつまんで、歩くのを引き止めた。

 立ち止まった遥は、わたしの想いを察したのか、微かに笑みを浮かべてわたしの手を取ると、ベンチの前まで連れて行ってくれた。


 今夜は風はそんなに強くないけど、かなり冷え込んでいる。

 ベンチに座ったわたし達は手をつないだまま月に照らされた畑を見ていた。

 ここ最近にはなかったロマンチックな場面なのに、目の前が生い茂った大根の葉っぱというのは、この際目をつぶることにしよう。

 そして、その横の白菜の大きな葉も見えなかったことにしよう。

 遥は寒さのあまり少し身震いしたわたしをチラリと見ると、クスっと笑って、冷え切った両手を彼の手で包み込んでくれた。

 遥の手はとても大きくて暖かい。

 右手の中指のペンだこがぷっくりしていてなんだかかわいい。

 つい出来心でそこを撫でてしまったら、遥が、こらっ! と言ってわたしの頭をグシャっとかき混ぜた。

 大変だ。こんなところを誰かに見られたらどうしよう……。

 わたしはおもわず手を引っ込めようとしたけれど、より一層握った力を強めて離してくれない。

 誰かに見られるといっても、この周りは私道なので、通るのはうちの両親と遥の家族だけしかいないんだけどね。


「柊。なんでそんなにもそもそ、きょろきょろしてるんだよ。気になるのか? ……こんな寒いのに誰も出てきやしないさ。おまえも往生際が悪いな……」


 わたしの心を見透かしたように遥が耳元でたしなめる。

 そうだね。まあ、見られたらその時考えればいいか……と開き直ったわたしは、彼の手のぬくもりを感じながら徐々に落ち着きを取り戻していった。


「さっきはごめんな。おまえに何の相談もなく、ばあちゃんに俺達のことばらしてしまった。でもばあちゃん、あんなに喜ぶとは思ってなかったよ」

「ほんとだね、ふふふ……。おばあちゃんのびっくりした顔、俊介おじちゃんにそっくりだったよ。実はわたしね。遥はあの約束、もうすっかり忘れてるんじゃないかと思ってたんだ」

「何で? 」

「だって、遥、ずっと冷たかったし……。あれ以来その話も全くしなかったでしょ? わたし達って、付き合ってるようにも見えないし……。それに遥がわたしのこと、どう思ってるのかいまだにちっともわからなかったから……」


 まるで月夜の魔法にでもかかったかのように、昨日まで暗く沈んでいた心の内をすらすら言える自分がいた。


「そんな風に思ってたのか……。これだけいつも一緒にいて俺の気持ちがわからなかっただって? 俺は自分ではおまえにとってこれ以上ないってくらい、いい彼氏のつもりだったんけどな……。柊は不満だったんだ……。それならそうと、もっと早くそう言えよ! 」


 ええ? そうだったの? わたしは遥のあまりに衝撃的な発言にベンチからひっくり返りそうになった。

 ずっと一緒にいるのは認めるけど、わたしにとっていい彼氏っていうのは、遥が思っているのとちょっと違うような気がするんだ。

 わたしの思い描く素敵な彼氏像は、毎日毎晩のように電話をかけてくれて、会うたびに愛の言葉をささやき、着ている服や髪型を褒めてくれるのだ。

 そしてレディーファーストも忘れない。

 たまには気のきいたプレゼントを手紙と共に贈ってくれるのはもちろんのこと、週末には映画を見たり食事をしたりデートも楽しんで、そして、そして……。

 ハーレクイーンな世界を夢見ているわたしは、そのどれもがまだ未経験で、いつかは遥に叶えてもらえるだろうと本気で期待して待っているのだ。

 でもね、遥がいい彼氏のつもりだったと言うのなら……。

 わたしってやっぱり鈍感なのかもしれないね。

 気付かなかっただけってことなのかも。


「模試の成績が上がったのは誰のお蔭? 」


 突然遥の腕がわたしの肩に回され、間近に彼の顔が寄ってくる。


「は、遥です」


 もう話どころの騒ぎではない。自分でもなんて返事してるのかわからないよ。


「そう。この遥様がおまえに手取り足取り特別仕様で勉強の面倒を見たからだろう? じゃあ、MDにダビングしてやってるのは誰? 」

「そ、それも遥です」

「ビデオにしても俺がいつも見せてやってるから学校でみんなの話題についていけるんだろ?」

「はい、おかげさまで……」

「ほら、見てみろ! 俺がいなかったらおまえは勉強も高校生活もまともに送れないんだぞ。こんないい彼氏どこにもいないだろ? 」

「た、確かに……」


 わたしはこれ以上、彼に何を望んでも無駄だと再認識した。

 やや(?)傲慢でロンマンちっくのかけらも持ち合わせていない彼だけれど、好きになってしまったんだもの。仕方ないよね。

 わたしの好きなアーティストのCDを発売日にしっかり買ってきて、ウォークマンで聴けるようにしてくれるのは遥だ。

 その後こっそり、わたしのCDラックにその新しいアルバムを並べておいてくれているのも知っている。

 勉強だって自分のことは後回しにしていつだってわたしを優先してアドバイスしてくれた。

 すっかり感化されてお笑い番組にはまったわたしに、今一番旬な芸人のネタを真っ先に教えてくれるのも遥だ。

 あまりにもあたりまえ過ぎて気にも留めてなかった遥の優しさが、今となってはどれも愛しい。

 ああ、このまま遥の腕に、ずっと包まれていたい。

 そう思った時、遥がすっとわたしの肩から腕をはずした。


 そろそろ帰ろうか……。と言って立ち上がったとき、いっこうに暖まらないわたしの手を遥が口元に寄せ、はぁーっと息を吹きかけてくれたその瞬間、手のひらが彼の唇に触れて、わたしの心臓が危うく止まりそうになったのを、彼は気付いたのだろうか。


 月夜の魔法よ、どうかこのまま、永遠に解けないでください……。

 

 わたしは帰り着いた自分の部屋の窓から夜空に浮かんだ月を見ながら、静かに、そっと祈るのだった。


    

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