46.男に二言はない!
「だから、柊と……結婚するんだよ」
「柊と? へえっ?? 」
遥ったら。
ついに言ってしまったよ……。
わたしは恥ずかしくておばあちゃんの顔をまともに見ることができない。
おばあちゃんはメガネを下にずらして、わたしと遥を交互に見てしきりに目をしばつかせている。
「お前達、もしかして一緒になってくれるのかい? 」
遥の言ったことなんて信じられるわけがないとでもいうように、大きくため息をついて疑わしい目でわたし達を見ている。
「ああ、そのつもりだ」
「私は、夢でも見てるんだろうかね」
「でもばあちゃん……。親父達にはまだ言うなよ。あいつらには知られたくないんだ。お袋だってまだ俺が東京で堂野を継ぐのをひそかに望んでるかもしれないしな。そうなったら柊とは引き離されてしまうだろ? 」
「親のことをあいつだなんて……。おまえはいつのまにそんなに口が悪くなったんだい? 」
確かに遥の口から出る彼の両親に対する物の言い方は、誰が聞いても横柄で尊敬の欠片も見当たらない。
でもそれは、中三の時、夏祭りの夜に逃亡したあの事件がきっかけになっているのだから、それも仕方ないのだが。
あの日以来遥は、彼の両親にかなり不信感を抱いているのだ。
大学に入れば家を出て、親から離れて生活したいというのは、彼の精一杯の反抗心の表れなのかもしれない。
おばあちゃんにたしなめられてもいっこうに反省する様子もなく、ちっ! と舌打ちして居心地悪そうにもぞもぞしている。
遥ったらまるで小さい子供みたいだ。
「でも……。よくぞおばあちゃんに話してくれたね。ほんとうにほんとなんだね」
「ウソついてどうする」
「なら嬉しいね。これで私にもまた新しい生きがいが出来たよ。卓も段々手が離れてくるだろうし、次はおまえたちの力になる番だね。おばあちゃんに出来ることはなんでもするからね。ところで将来はどっちの家に住むんだい? 柊の家は亮一郎たちもいるし、なんだったらこの母屋に手を入れて住むかい? 丁度来月満期になる郵便貯金があるから、あれ使って台所を改装しようか? 」
「いや、それは……」
「ちょ、ちょっと待って、おばあちゃん! 」
おばあちゃん。いくらなんでも、それ、暴走しすぎですから……。
わたしも遥も開いた口が塞がらない。
わたしたち、これから大学行って勉強して、それで四年後に就職して、結婚はそれからまだまだ先のことだと思ってる。
それに、その時お互いの気持ちが離れていたら、この話は白紙にもどることだってある。
「ばあちゃん、結婚はまだまだずっと先の話だよ。まだ大学も決まってないんだぜ。……ったく。ばあちゃんに俺達のこと話すの早まったかな? いつぽっくり逝ってもいいように、早い目に教えておこうと思った俺がバカだった……」
「ぽっくりっておまえねえ……。おばあちゃんはこのとおり、まだまだ元気だよ。でも、嬉しいね。おまえたちが結婚するなんて言うから、天にも昇りそうな気持ちになってしまったよ。ところで……。いつの間に二人は結婚の約束をしたんだい? ってことは、あれだよね、遥と柊は、恋人同士ってわけだよね。どう見てもそんな関係に見えなかったけどねえ」
そりゃあそうだよ。
当事者本人だってあまり自覚がないんだから。
それに見てのとおり、ちっともラブラブじゃないしね。
「柊は本当にそれでいいのかい? こんな口の悪い孫が相手じゃあ、不満だらけなんじゃないの? 私が若い娘なら、こんな男は絶対に選ばないだろうね……」
「んもう、おばあちゃんったら。遥はね、わたしのことならなんでも知ってるし、わかってくれてるんだ。全然不満なんてないよ。だからプロポーズしてもらった時はほんとに嬉しかった。わたしね、一生、遥のそばにいたいと思ってる。でもね、遥の方がわたしじゃ物足りないんじゃないのかな? きっと、美人で優しい人がよかったと思うんだ、あたしみたいじゃなくて……」
きっとそうだよ。
いつも文句ばっかだし、三年前の約束が重荷になっているかもしれない。
「柊っ! ぷ、プロポーズとか、ばあちゃんの前で言うなっ! あ、あれは、ただの提案だ」
──提案?
耳まで真っ赤にした遥が、なぜか憮然とした態度で吐き捨てるようにそんなことを言う。
それじゃあ、わたしが三年間誰にも言わず大事に胸にしまっておいたあの夕日の約束は、なんだったって言うの?
わたしの思い上がり?
それとも、ひとり相撲?
自分でも気付かないうちに、おもいっきり遥を睨みつけていた。
「お、おい。そんな怖い顔するなよ。い、言っとくけど俺は柊のこと、そ、その……。物足りないとか思ってないから。……ってなんでばあちゃんの前でこんなこと言わせるんだよ! たのむから。この話しは、もう勘弁してくれよ」
何をどうたのむのか知らないけど、遥の慌てっぷりったら……。
ここは勘弁してあげるべき?
こんなにオロオロしている遥を見るのは久しぶりだからね。
おばあちゃんときたら、泣いてるのか笑ってるのかわからないようなくしゃくしゃな顔をして何度も何度も頷いている。
「柊はいい子だよ。おまえにはもったいないくらいだね、まったく……。ちゃんと好きだと言わないと逃げられてしまうよ。ほんとにだらしないったらありゃしない。これ、遥! 男に二言はないよ。提案とかぐだぐだ言ってないで、柊との約束はきちんと果たしなさい。いいね! 」
いつになく厳しい口調のおばあちゃんに、わたしまで圧倒されてしまいそうになる。
「わ、わかったよ。だからこの話は、もう終わりにしてくれ。柊は俺にとってかけがえのない存在なんだ。ばあちゃんも家族もみんな大事にするから……。なので。東京行きよろしくっ! 」
これでこの場から退散できると腰を上げた遥に、おばあちゃんの最後の一撃が発射された。
「遥……。私は思うんだけどね。東京に行く前に、籍を入れたほうがいいんじゃないのかい? そういうのは早い方がいいからね」
だから、おばあちゃん……。
このことはまだ誰にも言ってないってさっきから言ってるんですけど。
内緒なんです……。
おばあちゃんにしか言ってないんです。
ほんとに大丈夫かな、おばあちゃん。