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こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第二章 きぼう
44/70

44.とんだ受験勉強 その1

 高校生活も残りあとわずか。

 中学校の三年間よりもそれはあっという間に過ぎていった。

 今再び、受験勉強一色の毎日を送っている。

 一学期まではのん気そうにしていたクラスの面々も、今ではすっかり真面目モード全開で、ピリピリと張り詰めた空気が教室中に漂う。

 わたしはどうにかぎりぎりの成績でこの高校にもぐりこんだらしく、入学後初の全国模試の散々たる結果がご丁寧にそれを証明してくれたのを昨日のことのように思い出す。

 学年人数四百人中、校内順位三百六十五位をゲットしたわたしは、まだ後ろに三十五人いるというのを心の支えに、なんとか今まで学校にしがみついてきたようなものだった。


 ところが最近では努力のかいあって、希望の大学の合格判定はようやくBをもらえるようにまでなったのだ。

 これで少しは心のゆとりが持てるようになるだろう。


「ねえねえ遥、聞いてよ。Bよ! B判定! 最初担任にあの大学は絶対無理って言われてたけど、どう? これで滑り止めのランクも少し上げることが出来るかも。わたしってすごいでしょ? わたしだってやれば出来るんだから」


 模試のデータをこたつの上に載せて、遥に自慢してみる。

 我関せずを決め込んだ遥は、誰のお蔭だと思ってる? と言わんばかりの横柄な視線でチラリとわたしを見る。

 そしてフッと小さく鼻で笑ってまたすぐに英語の長文読解の問題を目で追い始める。

 常にA判定をもらえる人には、この喜びはわからないのだろう。


 わたしの希望する大学は東京にある結構……いやかなり名の知れた私立大学だ。

 ここの文学部からは各種の文芸賞を受賞する先輩が大勢名を連ねる。

 別に小説家になろうとは思わないけれど、図書館司書の資格と教員の免許を取るのを目標に、あこがれの東京暮らしを満喫しながら青春を謳歌する……と夢は大きく膨らんでる。なんてね。


 というのは表向きの建て前論。

 実はわたしの想い人である目の前の遥も、この大学を狙っているのだ。

 つまりわたしがこの大学を目指す理由はただひとつ。

 彼と離れたくない……。

 と、まあ、この上なく不純な動機だったりする。


 ただし彼の希望する学部は政治経済学部。

 文学部よりもずっと偏差値も高くて政界や財界に名を残す卒業生をざくざく輩出するようなところ。

 当然入試の倍率も高く、A判定でも気を抜くことは出来ないと今まで以上に勉強に力が入っている。

 たった一度のB判定ごときで模試結果を自慢するわたしを尻目に、遥は黙々と勉強を続けているのだ。

 その鋼鉄のような強い意志と集中力はどこから来るのか? 

 残念ながらその謎はいまだに解明されていない。  

 どうせわたしの成績アップの理由の半分、いや九割は遥のお蔭だというのは重々わかっている。

 でも努力したのはわたし。

 自分の部屋に帰ってからも夜中まで問題集に取り組んだのだ。

 少しはその辺も認めて欲しいんだけどな。


 高校入試の時とは全く違うやり方だけど、遥直伝の必殺受験勉強法は、とてつもなく効力を発揮した。

 まず過去の入試問題を夏休みにおおまかにやって自分の不得意分野を探し、他の問題集でその苦手部分を徹底的に何度も繰り返し解く。

 答えがすらすら暗唱できるくらいまで同じ問題に取り組むのだ。

 ある意味とてもシンプル。

 でもこれが確実に点数アップに繋がったのだから返す言葉もない。

 入試問題ほど洗練された問題はない! というのが彼の持論で、過去の出題問題を分析できた時点で七割は完成らしい。

 あとの三割は問題集を繰り返すことと重要事項の暗記でカバーするという、かなり危険度も高いかいつまんだやり方だけれど、わたしには合っていたみたいだ。

 おばあちゃんの部屋の隅にはカラーボックスが二つ並べられ、そこにわたしたちの受験用参考書、問題集がぎっしり詰まっている。

 高校入試の時とは比べ物にならないほどのテキスト量の多さに、おばあちゃんがたまりかねて備えてくれたのだ。

 うちの母は、わたしが西山第一高校に入学できたのは百パーセント遥のお蔭だと思っている。

 あわよくば大学入試も……と二匹目のドジョウを狙っている母は、この勉強会をことのほか推奨してくれている。

 これがわたしたちの日々のデートみたいなものだから、母の遥への信頼度が高まれば高まるほど、彼と一緒にいられる時間が増えるという利点はあるのだけど……。


 中学三年の時に遥にプローポーズされ、一応彼とは結婚をも約束した仲では……ある。

 でも高校に入ってからも別段二人の関係に進展がみられるわけでもなく、未だに恋人らしい言葉さえ掛けてもらったこともない。

 夏休みに大学のオープンキャンパスがあって、東京まで一緒に行った時はわくわくしたけれど、遥のおじいさんの家に泊まったので、結局心ときめくような状況は何も起こらなかった。

 でも最終日の半日は渋谷や青山あたりを手をつないで結構ラブラブモードで歩いたのは二人だけの思い出。

 甘い秘密だ……とわたしは思っている。


 学校ではもちろんのこと、家でも世間一般の恋人同士には程遠いわたしたち。

 おばあちゃんが席を外した時に、たまーにそばに寄ってきて、わたしの膝に頭を載せてくることがあるくらいで、まだキスもしたことがない。

 何度かニアミスはあったけど、どうもタイミングが悪くて、それ以上の瞬間は訪れない。

 わたしと遥のことを唯一知っている高校の友人にそれを言ったら、マジでどん引きされた。

 信じられないって。

 おまけに遥のことを男としてどうよと異常者扱いまでされて、それ以来この手の話は彼女とはしなくなった。

 わたしだって正直、不安だ。

 あの時の結婚の約束なんて実はもう忘れてしまっているのではないかと、ふとそう思ったりもする。

 わたしがB判定をもらっても喜んでくれるでもなし、返事すらなしで無視され続けているこの悲しいまでの現実。

 そんなわたしたちの様子を目の当たりにしているおばあちゃんは、ことあるごとに仲良くしなさいよと、たしなめることを忘れない。

 わたしがちょっと問題の解き方を間違えると、バカだのアホだの容赦なく罵声をあびせる遥に、幾度となくおばあちゃんの鉄拳が飛ぶ。

 女の子に向かってそんなこと言うもんじゃないと厳しく叱ってわたしをかばってくれるのだけれど、昔から慣れっこになっているせいかもう何とも思わなくなっている。

 習慣って恐ろしい。





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