43.あきらめないから! その3
「堂野……さん。あ、あの……。今、ひいらから聞いたんだけど……あなたたちのこと」
「ああ……。悪いけど、多分柊の言ったとおりだ。じゃあ……」
ええ? それだけ?
ぽかんと口を開けたままの白石史絵をそこに残し、何事も無かったかのように家に帰ろうとする遥。
もちろんわたしだって呆気にとられてその場から動けない。
「ひいらぎ、いつまでそこにいる気だ。帰るぞ」
一度帰りかけた遥がまた引き返してわたしの手を取ると、強引に引いて家に向おうとする。
白石さん、こっち……見てるよ。
これってもしかして、口で言うより態度で示す作戦なのだろうか。
百聞は一見に如かず、とか?
「ひいら、私あきらめないから! あなたになんか負けないから……」
すれ違いざまに彼女が言い残した言葉は、とても強気なものだった。
わたしがもう一度振り返った時には、彼女はもうそこにはいなかった。
坂を駆け下りていく後姿が見る見る小さくなっていく。
彼女にとって残酷な一部始終だったかもしれない。
明日から学校で、どんな顔をして彼女と会えばいいのだろう。
わたしに負けないって言ってたよね。
勝つとか負けるとか、そんな悲しいこと言わないでよ。
遥は言っていた。わたし以外の人とは誰とも付き合わないと。
彼の揺るぎない気持ちがある限り、戦いも何もそこには存在しないのだ。
勝ち負けもあるはずがない。
遥の家の玄関に入ったとたん、わたしは彼に抱きしめられていた。
自分でも気付かないうちに涙をいっぱいこぼしながら、彼の腕の中に抱きとめられていた。
怖かった。白石史絵が本当に怖かった。
彼女を傷つけたことにも胸が痛んだ。
わたしは遥の胸に顔をうずめてしばらくの間、泣きじゃくっていた。
「ちゃんと、言ったんだろ? 」
うん……。
声になんかならないよ。
遥の胸元でこくりと頷くことしか出来ない。
「柊があいつに俺達のことを言うって決めたんだろ? 」
「うん……」
「だったらもう泣くな。あいつのことだから、明日になったらケロっとしてるさ。もう、白石のことは放っておけばいい。あいつは俺のことより、柊に対してライバル心があるだけだろ? 勉強も何もかも誰にも負けたくないんだよ。な? 」
遥はそう言うけど、わたしは同じ女の子だから彼女の気持ちが痛いほどよくわかる。
ライバル心だけではないことが……。
彼女だって、わたしと同じように遥のことが大好きなんだ。
でもね、今すごく幸せな気分になっていた。
小さい頃に悲しいことがあって母に慰められた時とはまた違った安心感とでもいうのだろうか。
もうわたしは一人じゃないっていう、確固たる気持ちっていうものかもしれない。
遥がこうやって支えてくれるのなら、これから起こるどんな障害だって乗り越えられそうな気がする。
ようやく涙が止まって、平常心が戻ってくると、やっぱり夕べと一緒でこの状況が恥ずかしくてたまらなくなる。
ずっと背中を撫でていてくれた遥の手の動きが止まり、見上げた格好のわたしと目が合った。
やだ。見詰め合ってるよ。
これって……相当。や、ヤバイ状況なのかもしれない。
ど、どうしよう。どうすればいい?
やっぱりここは目を閉じるべき?
心なしか遥の顔が近付いて、ああああああああ……。きゃーーーーー。
「さっ、なんかうまいもんでも食って、病院に行くか。柊も赤ん坊見に行くだろ? 着替えて来いよ。それにしても、柊がそこまで制服好きだったとはな……」
……えっ? そういうこと……ですか。
そりゃあ、そうだよね。
次第に冷静になってくる。すると。
うわーーっ。恥ずかしいよ。恥ずかしすぎる。なんてことだろう。
わたしって早合点しすぎだったってわけだよね。
目を閉じかけたこと、気付かれたかな?
いかにもキスして下さいって感じで、遥も驚いたに違いない。
でも、遥だってそのつもりだったんじゃ……。
まだまだわたし達の関係は始まったばかり。
これから少しずつ分かり合っていけばいいんだよね。
急がずに、焦らずに、ゆっくりと。
次の日、白石史絵になぜか全く学校で出会わなかった。
その次の日も、そして一週間たった今も。
おかしいなと思っていると、電車の同じ車両にどこかで見たことある人が……いるのだ。
銀縁メガネに、肩までのストレートヘア。
なんと、昔のままの白石史絵が……そこにいた。
あの、ツヤツヤふわふわのセミロングはいったいどこへ?
「……ひいら。久しぶりね。堂野さんの趣味って意外と地味なのね。これならあなたといい勝負でしょ。わたし、絶対にあきらめないから……」
た、た、たしかに、その日の白石史絵はわたしの雰囲気に似てた。
でもね、白石さん。あなたの選択、間違ってますから。
前の方が絶対にいいよ!
あんなにきれいだったのに。なんで辞めちゃったの?
声を大にしてそう言いたかったけど、もうこれ以上彼女にかかわるのは辞めた方がいいと学習したわたしは、返事もそこそこに、隣の車両に逃げるようにさっさと移ったのだった。