42.あきらめないから! その2
わたしの部屋の真ん中にある小さなテーブルには紅茶とクッキーが並んでいて、それを間にはさんで白石史絵がわたしと向かい合うようにして腰を下ろしていた。
「ねえ、大事な話って何? もったいぶらないで、早く教えてよ。堂野さんのこと? 何か、新情報でもあるの? 」
白石史絵はカールのとれかかった毛先を指に巻きつけながら、ぬっと身を乗り出す。
瞳をキラキラと輝かせながら、わたしの言葉を待っているのだ。
そんなにも、遥のことが知りたいだなんて……。
白石さんの待ちきれない気持ちはわかるけど、この場での偽善的な仏心は、かえって彼女の気持ちをもてあそぶことにもなりかねない。
わたしは意を決して口を開いた。
「あのね、堂野は……。その、堂野遥は……」
言わなきゃ。ちゃんとはっきりと言わなきゃだめだ。
遥のことを好きだと気付く前のわたしなら、これくらいのこと、すぐにでも言えたはず。
なのにどうして? これが恋を知るということなのだろうか。
目の前にいる無邪気に振舞う彼女を傷つけるのが怖いのだ。
「何? いったいどうしたの? ……もしかして、言いにくいことなのかしら」
白石史絵の笑顔が消えた。
もう後には引けない。
「う、うん。あのね、堂野はね、その……付き合ってるんだ」
「堂野さんが付き合ってるの? 」
「うん……」
「……誰と? あたしの知ってる人? それとも知らない人? ねえ、誰? 教えてよ」
「あの……。わたし……と」
「…………」
目を見開いたまま何も言わず、じっと固まっている眼前の白石史絵は、急に手を伸ばしたかと思うと紅茶の入ったカップを取り、ごくごくといっきに飲み干した。
そして、下を向いたまま肩を震わせている。
泣いてるのだろうか。
そんなの困るよ。
わたしが泣かせしまったことになるのだろうか。
「う、うそ。……うそよ。そんなはずないわ。あなたたちって親戚同士でしょ? 幼馴染なんでしょ? だったら、恋愛感情なんて無縁のはずよ。だって、中学の時もけんかばかりしてたじゃない……」
「うん……」
「そうだ! もしかしたらひいら。あなた堂野さんに片思いしてるんじゃないの? で、わたしに彼を取られたくなくてそんな嘘言ってるんだわ。ね、そうなんでしょ? 」
白石史絵が、必死になって食い下がってくる。
わたしだって負けてはいられない。
「そうじゃない。そうじゃないんだってば。最初は片思いだったかもしれないけど、今は違う……と思う。堂野は、いや、遥はわたしにとって、とても大切な人だし、遥だって、わたしを……」
「じゃあ、証明してよ。今すぐ証明して! 」
「証明? 」
「そうよ。手紙とか、指輪とか……。恋人同士だっていう何か証拠があるでしょ! 」
手紙とか、指輪?
……そ、そんなあ。どうしよう。何もない。
証明できるものなんて何もないよ。
それに、彼女には言えないけど、正式に付き合ってくれともましてや好きだともまだ言われたことがない。
うわ……。ほんとに何もないよ。
絶体絶命、人生最大のピンチかもしれない。
「ご、ごめん。何もないんだ、証明できるものなんて」
「いったい、どういうこと? 」
「お互いが思い合ってるだけじゃあ、だめなの? 付き合ってるよ、多分、わたしたち……」
「たぶん付き合ってる? 何よそれ。何も証拠がないんなら、嘘に決まってるし。私、あきらめないわ。ひいらの思い過ごしに決まってる。あなたって、ほんとうにひどい人ね。優しそうな顔しちゃって、心の中は悪魔が潜んでるのよ。堂野さんがかわいそう。こんな人がいつもそばにいるなんて……」
な、な、なんだって? わたしが悪魔だって?
言わせておけば、こいつめ……!
でも、落ち着け。落ち着くんだ。
ここで言い合いになっても売り言葉に買い言葉。どこまでも平行線になる。
ああ……遥。早く帰ってきて。
白石史絵、すごすぎるよ。最強だよ。
「もう明日からあんたとなんか一緒に学校に行ってあげないから。ひいらも彼にベタベタくっついてるんじゃないわよ。彼だって迷惑だからいつも一人で改札に走って行くんだわ。いい、わかった? それじゃあ、さようならっ! 」
言いたいことを言って、もう思い残すこともないのか、白石史絵はすくっと立ち上がると、大股でつかつかと玄関に向かった。
ローファーをはいてハイソックスをクイクイと引っ張り上げ、風を切るようにして外に出て行く。
とても見送れるような状況じゃない。
だって彼女の背中には怒りのオーラがとげとげしく取り巻いているのがはっきりと見えるのだ。
明日から一緒に学校に行かなくてもいいのはありがたいが、さっきのはまるで戦線布告。
遥をめぐって、女の戦いが始まろうとしてる。
どうしてこんな事になるのだろう。
好きな人と付き合うことがこんなにも困難を極めるなんて、今まで読んだ本のどこにも書いてなかった。
わたしはガックリと肩を落として、遠ざかる白石史絵を部屋の窓から呆然と見ていた。
すると彼女が突然立ち止まる。
わたしは目を凝らしてその先をよく見た。
遥だ。遥が帰ってきたのだ。
わたしはまだ制服のままだったことも忘れて、玄関のサンダルを突っかけると、過去最高タイムともいえるほどの猛スピードで二人のところに走って行った。
もちろん、スカートが跳ねてもおかまいなしにぐんぐん遥に近づいていく。
「ひいらぎ……」
何事か、とでも言うようにびっくりして立ち止まっている遥。
言葉を失くして呆然と立ちすくんでいる白石史絵。
そして、突然猛スピードで走ってきたわたし。
これだけの状況を見れば、何があったかなんて説明しなくても遥にはわかるはずだ。