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こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第二章 きぼう
40/70

40.同情は禁物

 小鳥の鳴き声が騒がしい春の朝。

 東の空が白み始める頃、少しだけうとうとしたのだろうか。

 睡眠不足を物語る頭痛をこめかみに感じながらも、なんとか起き出した。


 台所からは味噌汁と焼き魚の匂いがほんわり漂ってくる。

 今、何時だろう? 七時? それとも七時半?

 こんなことしていられない。

 もたもたしていると遥が迎えに来てしまうではないか。

 今朝はなんとしても一人で学校に行きたいのだ。

 夕べの遥のぬくもりがまだわたしの身体から消え去らない以上、彼をまともに見ることなんてできないし、この上なく気まずい雰囲気に直面するのは避けられそうにないと思ったからだ。

 素早く着替えると、朝食をががっと口に詰め込み、母の作ってくれた弁当を持って家を出ようとした……のだが……。


 なぜかテーブルには大きめの弁当箱がもうひとつ。

 そうだった……。これは遥の弁当だった。

 彼の母親は、今、出産のため入院中だ。

 帝王切開での出産だったので、退院までまだ一週間かかる。

 その後もしばらくは、わたしの母が遥の弁当を作る予定になっているのを、たった今思い出したのだ。

 このまま知らないフリをして早く家を出ないと、わたしの計画は見事に打ち砕かれてしまうだろう。

 母が洗濯物を干しに裏庭に行った隙に、小走りで玄関に向った……まではよかった。

 ところが。


「い、痛っ! ……あ、アレ? 」


 おもいっきり何かを踏んづけて、おまけにぶつかって。

 見上げた先には……。今、一番会いたくない人。

 そう、遥がそこに、ぬっと立っていたのだ。


「痛いなあ。……謝れよ」

「は、は、はるか! なんでこんなところにいるのよ」

「いたら悪いか」

「いえ、そんなことは。ご、ごめんなさい! 」


 わたしはすぐに謝った。

 長年の経験上、これが一番解決が早い。

 ところが遥がいつにも増してギロリとわたしを睨む。

 もしかして、かなり怒ってるのだろうか。


「そんなに力任せに踏まれたら、俺の足、折れてしまうだろ? ……気をつけてくれよ」


 そんなあ。いくらなんでも折れるなんて大袈裟だよ。

 だってわたし、遥より、多分十キロ以上軽いはずなんだけど。

 でもここは逆らわない方が身のためだ。


「は、はい」


 気持ちを抑えて、しおらしく頷く。


「……えらい素直だな? 」


 そりゃあそうですとも。今朝は特別ですから。

 だから……。お願いだから、そんな目でじっとわたしを見ないで。

 ずっと怒ったままでいいから。ね? 

 でないと、夕べのこといろいろと思い出してしまうじゃない。

 朝っぱらからこんなにドキドキしてたんじゃ、身が持たないよ。

 それにしても遥は、この状況で何とも思わないのだろうか。 

 そうだよね。結局のところ、わたしばっかりが遥のことが好きなんだ。

 でなきゃ、そんなに落ち着いていられるはずないよね。


「柊、俺の弁当は? 」


 遥が、唐突に訊ねる。


「あっ……忘れてた。ごめんごめん。ちょっと待っててね」


 さっき見て見ぬ振りした罰がこれだったのだ。

 わたしは大急ぎで身を翻し、台所にもどって遥の弁当を手に取った。

 そして、台所の入り口横の壁にもたれている遥に「はい、これ」と言って、顔も見ずに弁当を差し出し玄関に向かおうとした……が。


「柊。俺の弁当、置いたまま出て行こうとしたんだろ? 一人で学校に行くつもりだったのか? 」


 遥に腕を掴まれ、凄まれる。


「い、い、いや、ちがうって。本当に忘れただけなんだってば。今から、その……。誘いに行くつもりだったんだよ、遥のこと」


 ダメだ。やっぱり目が合わせられない。

 わたしったらおもいっきり挙動不審者になってるよ。


「ふうーん。……なら、そういうことにしておいてやろう」


 そう言って、ようやくわたしの腕を離してくれる。


「さ。早く靴履けよ。で、柊。なんで制服なわけ? 今日から私服にするって言ってなかったか? 」


 言った。確かに言ったけど……。

 だって仕方ないじゃない。

 夕べ遥に抱きしめられた後、何も考えられなくて、今日の服の準備なんて出来る状態じゃなかった。

 起きてからも慌ててたし、ハンガーに吊ってある制服を着るのが一番手っ取り早かったのだ。

 遥は薄手のインナーにシャツをはおって、たっぷりしたストリート系のパンツスタイルだ。

 髪も少しスタイリングしてある。

 まるで、最近読んだ漫画の主人公の柚亜菜(ゆあな)が付き合っているカレシの拓海(たくみ)が、そのまま抜け出してきたような感じだ。

 足の長い遥は、ちょとずらしたパンツがバランスよくみえる。

 これではもうほとんど拓海状態ではないか。

 その横に並んで歩くのが学年一の美女とささやかれる柚亜菜ではなくこのわたしじゃあ、遥が気の毒な気もしないでもない。


  わたしたちは特に何を話すでもなく、黙々と靴音だけを響かせて坂を下りて行った。

 ふと視線を感じて横を見ると、ちょうど遥と目が合う。

 うわっ、どうしよう。と思ったその時だった。

 なぜか真っ赤な顔をしている遥が、突如わたしから目を逸らした。

 今度は明らかに遥が挙動不審者になっている。

 そんなはずないと、もう一度彼を覗き込もうとすると……。


「そ、そんなに……見るな。ちょ、ちょっとだけ、夕べのこと、その……思い出していただけだ。いいか、柊。今度あんなことしてみろ。俺、もう、自信ないから。覚悟しておけよ……」


 そうですか、自信ないですか……。って、そ、それって。つまり、そういうことだよね? 

 抱きしめるだけでは終わらないって……こと。

 覚悟しなきゃならないんだ。


「覚悟……するんだ」

「ああ……」


 遥ったら、朝っぱらからなんでこんなに恥ずかしいこと面と向かって言うんだろう。

 わたしもきっと、ゆでだこより真っ赤になっているに違いないよね。

 わたし達は今から、電車に乗って学校に行こうとしている。

 けれど、とてもじゃないけど、こんな状態で二人並んでプラットホームに立てないよ。

 どう見ても怪しすぎるもの。


 でも、ちょっとだけ嬉しいかもしれない。

 やっぱり遥も心穏やかではいられないんだ。

 少しはこのわたしにドキドキしてくれたってことだよね? 

 わたし達って、やっぱ、柚亜菜と拓海のように両思いなのかな? 

 ねえねえ、遥。あなたの本当の気持ちを教えて欲しい。

 わたしのことが好きなのかどうか、早く知りたいよ。  




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