4.クリスマスの出来事 その2
何が俺ってモテモテよ。
ホントにもうっ! 腹が立ってしょうがない。
こんなことになるのなら電話なんかしなきゃよかったと思うが、後の祭りだ。
それから百も数えないうちに、遥がうちにやってきた。
わたしのことなどそ知らぬふりで、まるでこの家の主のようにみんなの中心になってはしゃいでいる。
みんなもみんなだ。遥にばかり話しかけないでよ。
ここは、わたしのうちだよ。
それなのに、それなのに……。
彼が現れてからは、わたしの気持ちはどんどん沈んでいったのは言うまでもない。
隣の堂野家はうちの親戚筋にあたるので、お互いにあまり遠慮がない。
わたしの曾おじいちゃんと遥の曾おじいちゃんは兄弟だ。
もちろんとっくの昔にその二人はこの世からいなくなっているので、仏間に飾ってあるしみがついた古い白黒写真でしか見たことがないんだけどね。
それで、次男だった遥の曾おじいちゃんを分家として敷地内に家を建てて独立させたのはいいけれど、とうとう子供に恵まれず、遠縁から養子を迎えることになったらしい。
今母屋に住んでいるおばあちゃんが、養子になったおじいさんのところにお嫁に来て、遥の父親である俊介おじさんが生まれたのだ。
ところが俊介おじさんが連れてきたお嫁さんは、ひとりっ子の綾子おばさん。
なので、またいろいろともめて大変だったらしい。
俊介おじさんは、綾子おばさんと別れたくない一心で、結局籍だけはおばさんの家の養子ということになっているけど、なんとか今は落ち着いている。
だからここに住んでいるけど、隣は堂野姓だ。
遥のおばあちゃんは、わたしと同じ蔵城姓。
俊介おじさんが堂野家の養子になると決まった時、おばあちゃんのがっかりした様子といったらそれはなかったと、今でも時々父さんがお酒を飲みながら残念そうに話す。
わたしもひとりっ子だ。
将来、よそへお嫁に行ったらどうなるのだろうと、ふと心配になることがある。
だって、蔵城の名前が途絶えてしまうんだよ。
その時は、遥に蔵城姓に戻ってもらって、希美香が堂野を名乗ればいいのかな?
いや、でも遥は長男だから堂野家を継がないといけないし、だったら、希美香が養子をもらって蔵城を継いでくれれば問題ない。
いやいや、希美香だって、どこかの長男と結婚することになるかもしれないし……。
考えれば考えるほどそれは答えの出ない迷宮のようで、子供のわたしは、たちまち理解不能に陥る。
つまり、わたしと遥は親戚筋というだけで、血のつながりはない。
小さい頃はそんなことを深く考えもしなかったけど、今はそれがとても重要なポイントなんだよね。
血縁関係がないことが、のちのちわたしの未来への希望へとつながっていくのだから……。
悔しいけれど、遥のおかげでどんどんクリスマス会が盛り上がり、彼のおもしろおかしい話にみんなが笑い転げる。
わたしは希美香と目配せをして、いやそうに首を振り、大仰に肩をすぼめた。
遥の言うことなんて、全然おもしろくもなんともないよねって。
家では意地悪全開になる遥の本当の姿を知らないみんなに、事実を暴きたくなるのを押さえるのに苦労した。
ところがみんなが帰宅したあと、わたしにとって天地がひっくり返るようなとんでもない事件が起きるのだ。
いや、事件というより、本当の自分の心の内を知る記念すべき日になったと言った方がいいのかもしれない。
誰もいなくなった散らかった和室を片付けて、自分の部屋にもどり、何気なく窓の外の遥の家に続く細い道に目をやった時だった。
ただならぬ空気を感じ取ったわたしは、曇っている窓ガラスを引っ張ったトレーナーの袖で拭って、顔を近づけた。
そこには、さっきまでうちにいたクラスメイト二人と遥が向かい合って立っているのが見えた。
何の話しをしているのだろうと耳を澄ませてみるけれど、何も聞こえない。
ならば、窓を開けて話声を聞いてやろうと思ったが、そんなことをすれば外の三人に気付かれる。
これは困った。
しっかりと目を見開いて、雰囲気から状況を読み取ろうとしたけれど、どんどんあたりは暗くなっていくばかりで、何もわからない。
遥の表情から察するに、ちょっと深刻そうにも見える。
少し時間をおいて部屋に入ってきた希美香が、わたしと同じように窓の水滴を拭って外を見た。
「ああ、また女の人が、お兄ちゃんに何か言ってる……」
希美香がぼそっとそんなことを言う。
「また? またってどういうこと? ねえねえ希美ちゃん。遥っていつもあんな風に女の人に何か言われてるの? 」
わたしは気になって、希美香に問いただした。
「うん。まあね。電話もいろんな人からかかってくるんだ。あんなののどこがいいのか知らないけど、お兄ちゃんって、モテるみたい。お姉ちゃん、知らなかったの? 」
「遥がモテるだって? ええっ? そんなの初めて聞いた。冗談言わないでよ」
「冗談じゃないってば。ホントなんだ」
「ホント? まさかそんなことが、あるわけ、ないし……って、でも……」
あんな意地悪なやつがモテるとか、信じられないけれど。
でも。そういえば、さっき川田さんもそんなこと言ってたような……。
「ねえ、希美ちゃん。わたしは何も知らないんだけど、ホントならびっくりだよね。それにしても、あんなののどこがいいんだろうね? イジワルだし、何考えてるかわかんないし」
「うんうん。お姉ちゃんの友だちも、他の中学生も、お兄ちゃんの本性を知らないんだよ。口は悪いし、乱暴者なのにね」
「そうそう。みんな騙されてるだけだよね」
希美香と顔を見合わせてフフフと笑ったその時だった。
どかどかと廊下を踏み鳴らす足音が聞こえて、誰かがやってきたかと思うと、ノックもせずに中に入ってくる。
「ちょっといいか? 」
遥だった。
つい今の今まで外で立ち話をしていた遥が、ここにいる。なんという素早さだろう。
というか、いったい何?
希美香は遥の姿を確認するや否や、ちょっとトイレ、と言って部屋から出て行った。
兄の横暴さに常日頃から気分を害している希美香は、この空間から一刻も早く立ち去りたかったのかもしれない。