39.あんまり、そういうこと……するな その2
学校に着くと、体育館前の掲示板にクラス分け発表の紙が貼りだされていた。
なんと、そこには遥の名前があった。
夕べ、布団の中で祈ったことが叶ったのだ。
遥も喜んでくれるだろうか。そうだといいな。
藤村の名前もある。
高校生活の第一歩はこれで安泰だ。
それと、もう一人。気になる人の名前を探したけれど。ない。
ああ、良かった。白石史絵はわたし達とは棟も違う離れたクラスになっていた。
取りあえず第一関門突破ということだ。
その日の夜、遥の部屋に行って、電車の中でのことを全て話した。
自分だけが心に留めておくにはちょっと気がめいる内容だったし、遥と付き合いたいとまで言われて、黙っていられるわけもなく。
いつもは希美香の部屋に行くのだけれど、今夜は違う。
彼女に気付かれないように、こっそりと彼の部屋に入る。成功だ。
話を聞いた遥はひとつ大きくため息をつくと、わたしを見て、「ほっとけ」と一言放つ。
遥はそれでいいのかもしれないけど、わたしはそうはいかない。
これから彼女にいろいろと迫られるのは間違いないし、遥との関係も嘘を付き通さなくてはいけない。
そんなの無理だ。
このままだと後々厄介なことに巻き込まれそうなのは目に見えている。
「ねえ、白石……じゃなくて、フミちゃんには、わたしたちが付き合ってるって言ってもいいでしょ? 」
あれれ? わたしったら、何を律儀にフミちゃんなんて言ってるんだろう。
別に遥にアピールする必要はないのにね。
「……」
当然遥は何も答えず、英語のテキストを眺めたまま微動だにしない。
こいつ、完全無視を決め込むつもりだな。
負けてなるものかと、まだ遥の背中に訴え続ける。
「ねえ、わたしの身にもなってよ。これからずっと、遥のことをあれこれ訊かれるんだよ? 」
遥の背中に少しだけ近付いてみた。けれど……。
「…………」
やっぱり同じ反応しかなくて。
わたしは少し身を屈めて、遥の真後ろから彼の耳元に口を寄せる。
「わたしが苦しんでても……平気なの? 」
おお! ちょっと体が動いた。これは好感触だ。
いいぞ、柊。その調子でがんがんいけ。もう少しで遥はオチル。
まるで小さい子供が内緒話をするみたいに、ヒソヒソと、それでいて感情をたっぷり込めて小声で気持ちを伝える。
「嘘ついて、人を傷つけるのは嫌なのよ。ねえ、遥……。いいでしょ……」
「……ったく、うるせえなあー。わかったよ。おまえの好きにしろ」
「いいの? いいんだね。ありがとう、遥! 大好きだよ、遥っ! 」
わたしはあまりの嬉しさに、何も考えずに椅子に座っている遥に後ろから抱きついてしまった。
ほんとうに何も深い意味は無く、いつも夢美や希美香に抱きつくのと同じ感覚で。
喜びを全身で表現したのだ。
すると突然立ち上がって前を向いた遥に、今度は逆に抱きしめられる形になって。
「おまえってヤツは……。今ここに誰かが入ってきたら、どうする? あんまり、そういうこと……するな」
遥の艶のあるバリトンが耳元をくすぐる。
そういうこと、するな、などと言いながら、彼の抱きしめる力が次第に強くなってくる。
ますます近付いた彼の口から熱い吐息が漏れ、首筋にほわっと……かかった。
ダメだ。身体中の力が抜けて行く。
膝が、腰が、上体が。床に沈みこんでしまいそうになる。
その時初めて自分のとったとんでもなく大胆な行動に気付いたわたしは、遥の顔をまともに見ることなど出来るはずもなく、彼の腕をすり抜けると猛スピードで自分の部屋に逃げ帰った。
後にも先にも、プロポーズされてから初めて遥に抱きしめられた。
ふわっと優しく、そして徐々に強さを増して……。夢にまで見たその腕にギュッと包み込まれたのだ。
わたしが先に抱きついたことなど、この際、記憶の向こう側にでも追いやってしまおう。
そして、遥に抱きしめられたことだけを憶えておくことにしよう。
その晩わたしは布団の中で、遥の温かい胸のぬくもりや耳のそばでささやいた声の感触を何度も思い出すたび、胸の奥の方がキュンとうずく。
一晩で何度キュンとしたのか、もう数えきれないほどだった。
到底深い眠りにつくことは不可能で、ひたすら悶絶を繰り返していた。
ちょっとだけ、それもほんのわずかの間、抱きしめられただけでこの心拍数。
もしキスなんかされた日には……。
きっとわたしは瞬時に死んでしまうだろうと、本気でそう思った。