38.あんまり、そういうこと……するな その1
「あら? 堂野さん、行っちゃったのかしら……。どうしてあんなに急いでるの? ねえ、蔵城さん、どうして? 」
どうしてって言われても。
わたしだってよくわからない。
でもね、多分、白石さんにかかわりたくなかっただけだと思うけれど。
「あなたたち二人そろって仲良く登校かと思ったけど、そうじゃなかったのね。まあいいわ。ところで蔵城さん、これからよろしくね」
「えっ? う、うん」
改まってこういうことを言われると、なんとなくだが、後が怖い。
絶対、何か企んでいるに違いない、と思ってしまう。
「中学の時の同じクラスの女子は、私とあなたしか西山第一に行かないんだし。これからは二人で助け合っていきましょうね」
助け合うって、あなた。別に何も助け合うことなんてないと思うんだけど……。
それとも、高校って一人でいては危ないところなの?
大変なところなんだろうか……。
でもそんなこと、誰にも聞いたことが無い。
「ええ。まあ」
わたしはあいまいに頷く。
「ということで、今日からあなたと私は親友ね。となれば、お互いによそよそしい呼び方は辞めにしない? 」
「はあ? 」
ど、どういうこと?
なんで一緒の高校に行くってだけで、仲がいいわけではない人と親友にならなくちゃならないんだろう。
それが言いたくて、わたしに会うために待ち伏せしていたのだろうか。
「もう! あなたって、ほんとに鈍いわね。私の気持ち知ってるでしょ? あなたのご親戚の堂野遥さん。絶対に私の彼氏にしたいから、手伝って欲しいのよ。だから私たちは親友にならなくちゃだめなの、わかった? 」
なんてことだ。そんなあからさまに宣言されても、遥は、その……。
わたしのカレなんだけど。
「そうだ。あなたのこと、みんなみたいに、ひいらって呼んでいい? 」
「うん、別にいいけど……」
ダメと言う理由はない。
呼びたいように呼んでくれたらいい。
「そう? じゃあ、決まりね。で、私のことは何て呼んでくれるの? 」
「え? えーーと、白石さん……じゃ、だめ? 」
「やだ、だめに決まってるでしょ。だってよそよそしすぎるじゃない。そうね……。堂野さんに印象付けるためにもフミとかふみえちゃんとか、フミリンとか……ってもう! 私にそんなこと言わせないで。あなた、考えなさいよ! 」
は、はい! って、なんでわたしが白石史絵の言いなりになっているのだろう。
だんだん腹が立ってきた。
うっとおしいぞ、白石史絵!
呼び名なんてものは自然に付くものだから、無理やり考えてもうまくいかないに決まってる。
そういえば彼女ってクラスでなんて呼ばれてたっけ?
一部の女子にしらいしって呼び捨てにされてたのは聞いたことある。
それ以外は……ない。
困ったなあ。何かいい呼び方ないかな……。
これって結局、彼女の思う壺だよね。
必死になってニックネームを考えてるわたしって……。
「じゃあ、フミちゃんで」
こうなったら、もうなんでもいいや。
ありきたりだけど、これでどうかな。
「いいわ。ならこれから頻繁にそう呼んでね。特にお家に帰ってから彼の前では、何度も私の名前を連呼してちょうだい。頼んだわよ」
うわーーっ。大変だ。
そんなこと頼まれても、白石さんのことなんか何も話すことないんだけどな。
それにしても、フミちゃんか……。
まずはこの呼び方に慣れないとね。
でもね、白石史絵って、意外と美人な顔立ちをしている。
それが、ついこの間までは銀縁のいかにも賢そうに見えるメガネをかけていて、いや、実際秀才なんだけど、真面目一辺倒でクラスメイト達も引き気味の女子生徒だった。
ところが、春休みの間にコンタクトにしたらしくて、先日の入学説明会の時、彼女の隠されていた美しさに驚かされてしまったという経緯がある。
高校デビューナンバーワンのトロフィーは、間違いなく彼女の手に収まると思われるほど、その変貌振りは著しい。
セミロングのゆるくウェーブのかかったヘアスタイルは思わず触れてみたくなるほど柔らかそうでツヤツヤしている。
おまけに口元には薄く引かれたリップが濡れてきらめき、中三の時の面影などどこにも残っていないほどの人目を引く美しさだ。
もし、遥にまだプロポーズされてなかったら、絶対にやばかった。
わたしには、一ミリだって勝ち目はないもの。
それくらい白石史絵は美女へと大変身を遂げたのだ。
学校に着くと、体育館前の掲示板にクラス分けが発表されていた。
なんと、そこには遥の名前があった。そして藤村も。
もう一人、気になる人の名前を探したけれど。ない。
ああ、良かった。白石史絵はわたし達とは棟も違う離れたクラスになっていた。
取りあえず第一関門突破ということだ。