37.制服 その2
とにかく、平穏無事に学校生活が送れればそれでいいと思ってる。
ラブラブでなくても別に構わない。
わたしだって、遥とのことを他人にべらべらしゃべる気はない。
「う、うん。じゃあ、わたしたちのこと、藤村にもまだ内緒? 」
「う……ん。そのうち俺が言う。あいつ、夢美に告白した後、相当落ち込んでいたからな。これみよがしに、俺たちのことひけらかすわけにはいかないだろ? 」
「そうだね。あのね、遥。わたし、思うんだけど。……夢ちゃんさあ、まだ遥のこと、その、好きなんじゃないかな」
様子を窺いながら、それとなく訊ねてみる。
「だから? 」
ひえっ! 遥に睨まれた。
「いえ、なんでもありません……」
そんなに、怖い顔しなくてもいいじゃない。
遥が藤村のことを心配するように、わたしだって夢美のことが心配なんだ。
去年の文化祭の後、宣言どおり夢美に告白した藤村は、残念ながら当初のシナリオどおり、見事にフラれた。
受験が終わるまでは何も考えられないからと、やんわりと夢美に断られたらしい。
その後の藤村の落ち込みようったらなかった。
受験にも支障がでるんじゃないかってくらいボロボロだった。
ただ、一学期の内申点が遥に負けず劣らず立派なものだったおかげで、今、こうしてわたしたちと一緒の高校に通えているというわけだ。
とにかく、わたしと藤村が、若きクラス担任、梅谷彩加先生の肝をこれでもかというくらい冷やしたとんでもない生徒だったのは、決して言い間違いではない正真正銘の事実だった。
隣を歩く遥は、まだ成長が止まらない。
かなり大き目のサイズの制服を注文したせいか、だぶついた感じは否めないが、黒の詰襟の制服姿が新鮮で、とても似合っている。
首元を緩め、少し気崩しているのもサマになってるんだな。
くーーっ。かっこいいかも。
胸のキュンがなかなか収まらない。
あまりジロジロ見ると怒られるから、ちらっと盗み見程度しか出来ないのが非常に残念だ。
出来ることならカメラでパチリとベストショットを撮っておきたいくらいだ。
そしてその写真を生徒手帳にしのばせて、時折り眺めてはニヤニヤしてみたい。
遥は、朝おばあちゃんに、きちんと首元を締めなさいと叱られていたけど、今どきそこまでビシッとしてる人なんてどこにもいない。
髪は染めていない。名門バスケ部に入部するつもりらしいから、カラーリングは絶対に無理だと言っていた。
わたしは春休みに、ちょっとだけ染めてみた。
言わないとわからないくらいの濃い目のブラウンだ。
母はいいんじゃないと言ってくれたけど、父はうちにはそんな不良娘はいないと、わけのわからないことを言って怒り出し、ただいま少し、親子関係にひびが入っている最中だ。
遥は、はあ? と言ったきりで、あくまでも無関心。
「柊、とても似合ってる、かわいいよ……」なんてセリフは彼の口からは一生聞けそうに無い。
いい加減、ロマンチックな夢を描くのはあきらめないといけないのかな。
そう、遥は最近ますます無愛想になってきたのだ。
中三のクラスの仲間内では、相変わらず、ひょうきん者でとおっているんだけど、家に帰るとわたしには超が付くほど冷たくて、愛想のかけらすらも見せない。
釣った魚にエサをやらないどころか、干物にでもされそうな勢いだ。
小説に出てくるような、恋に芽生えた幼馴染同士の甘い日常なんてものは、どこにも見当たらない。
これなら、プロポーズされる前の方が、よっぽど遥とはうまくコミュニケーションが取れていたと思うくらいだ。
もちろん中学校でも二人の関係は誰にもバレなかったし、親も当然気付いてない。
つまり、気付かれるような接近は全くなかったということだ。
誰にも遠慮することなく自由に振舞えるのはありがたいけど、やっぱり、少し寂しいな。
遥と腕を組んで歩いてみたいし、甘えてみたいとずっと思っている。
「……くーーん! 」
あれ? 今、誰かの声が聞こえたような気がしたけど。気のせいだろうか。
「……うのくーーん、くらしろさーーんっ! 」
今、わたしの名前も呼ばれたような気がする。
おもわず隣の遥を窺い見る。
彼も聞こえたのか、怪訝そうにわたしを見返す。
「あれは誰だ? 」
駅の方に目をやると、そこにはわたしと同じ制服を着た元クラスメイトが手を振ってこっちを見ていた。
白石……史絵、だ。
な、なんで、彼女がそこにいるのだろう。
待ち合わせなんかしてないのに。
「おい、柊があいつを誘ったのか? 」
遥の声の怒り度合いが増す。
「ち、ちがうよ! 誘ってなんかいないよ。なんでいるの? 白石さん」
「んなもん、俺も知るか! じゃあ、俺、先に行ってるから。後で学校でな……」
そう言って片手を上げると、目の前に近付く白石史絵を軽く無視して、そのまま改札に駆け込んで行った。
「じゃあ後で、って、はるか! ちょっと待って! 」
と呼んでみても、彼はあっという間に視界から消えてしまう。
そんな彼と入れ替わるようにわたしの目の前に立ちふさがるのは……。
「お、おはよ、白石さん……」
「あら、おはよう、蔵城さん」
一人になったわたしは、とたんに不安に襲われ、目の前の白石史恵の顔すらまともに見ることが出来なかった。