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こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第二章 きぼう
36/70

36.制服 その1

 裏山のあちこちに山桜が咲き、ついこの間まで小雪が舞っていたなんて信じられないくらいうららかな陽気の四月の初旬。

 今日は待ちに待った高校の入学式だ。

 初めての電車通学に胸を躍らせながら、新品の制服に身を包んだわたしは、遥と一緒に藤村の家に向っていた。

 中三の時の同じクラスからは五人、西山第一高校に行くことになっている。

 もちろん、わたしもそのうちの一人にもぐり込めたわけで……。

 いまだに信じられない気持ちだけど、合格発表の日の生きた心地のしないあのドキドキ感だけは、もう二度と味わいたくないと心に誓った。

 ほんとうに奇跡だったとしか言いようが無いのだから。


「ねえ、遥? わたしさ、今回の受験で一生分の運を使い果したような気がする。だってこの制服が着れるなんて、ほんとに夢のようなんだもん」


 オーソドックスなデザインなんだけど、特別な思いがこの制服に込められているんだ。


「はん、何言ってるんだか……。隣の西山第二でも同じ制服だろうが」

「もーーっ。遥ったら、乙女心がちっともわかってないんだから! よーく見てよ! 左胸のポケットにある校章のマークが、第二とは微妙に違うんだからね。縫い取りの刺繍糸の色も違うし」


 わたしは遥に見えるように、おもいっきり胸を張った。


「そんなもん、別にどうだっていいじゃないか。男の詰襟なんて、日本中、どこも同じなんだぜ。制服なんてもんは、所詮その程度のもんだよ。なあ柊。おまえもどうせ明日からは私服で行くんだろ? 」

「そりゃあそうだけど……。じゃあ遥は、わたしが西山第一、落っこちた方が良かったっていうの? 」


 遥のどうでもいいようなその言い方が、気に入らない。

 わたしはどこまでも食らいつく覚悟を決めた。


「そんなこと、言ってねえだろ? 」

「言った。西山第二でも同じだって言った」

「はあ? ……ったく話になんねえよ。おまえの頭、前よりもひどくなってるんじゃないの? 」

「な、なによ。そうですよ。わたしはあほです。バカです。悪かったわねっ! 」


 遥にあこがれの制服に込めた乙女心をわかってもらおうと思ったわたしが間違ってたんだ。

 夢美は花山大付属だし、中学の同じクラスの女子といえば白石史絵しかいないし……。

 遥と一緒に入学式に行くんじゃなかった。

 これなら一人の方がましだ。


 白石史絵といえば……。

 この人、ちょっと苦手なんだよね。

 彼女がちゃっかり遥狙いなんだってことは前から気付いていた。

 でも、もう遥はわたしのものなのだから、関係ないんだけど、妙に引っかかる人ではある。

 それに、まあ、遥の意地悪は、今日だけがまんすればいいんだし、明日からは別々に登校すれば何も問題はない。

 わたしだってそのうち新しい友達もできるだろうしね。

 にしても、記念すべき高校生活スタートのこの晴れがましい日に、いきなりけんかだなんて。

 先が思いやられるよ、全く。


 藤村の家の前に着いてから、かれこれ五分程経っただろうか。

 なかなか出てこない藤村にしびれを切らせた遥が、彼の家のインターホンを鳴らした。


 ──はい!


 中から藤村のお母さんの元気な声が聞こえる。


「ああ、堂野です」


 ──あら、はるか君。ごめんなさいね。直輝ったらさっき起きたばかりで。もう少しかかりそうだから先に行っててくれる?


「はい、わかりました」


 ──あっ! ちょっと待って。はるか君のお母さん、退院なさったの?


「まだです」


 ──そう。それじゃあ、ひいらぎちゃんのお母さんと一緒に後で入学式に行くわね。


「あ、はい……」


 遥のだるそうな返事が耳に痛い。

 藤村ったら、また寝坊したんだ。

 中学の時も、誘いに行っても一緒に学校に行けたためしがないと言ってたっけ? 

 高校になっても改善される見込みはなさそうだ。

 電車に乗り遅れたらどうするのだろう? 

 朝練とか大丈夫なのかな?


 遥のお母さんは出産でちょうど今は入院中だ。

 三月の出産予定だったが、ひと月近くも延びてやっと四月二日に元気な男の子が生まれたばかりだ。

 だから今日は、うちの母がわたしたち二人の保護者代わりで入学式にやってくる。


「あ、相変わらずだね、藤村」


 機嫌の悪さが滲み出ている遥に、恐る恐る声をかける。


「ああ。あいつ、ふざけてるのか? これから誘うの辞めにする」

「そ、そうなんだ……。じゃあ、遥は、一人で登校するの? 」


 男子は一人で行動する人が多いもんね。

 遥だって、きっとそうするんだ。


「いや。柊の面倒みるだけで、俺は手一杯だからな」


 ええっ? それって……。

 これから毎朝、遥と一緒に登校するのだろうか。 

 このわたしが? な、な、なんで?


 今日は入学式だから特別だと思っていた。

 でも、わたしたちって、その、付き合ってるんだったっけ? 

 その辺りがまだはっきりしないんだけど、そういうことなんだろうね。きっと。


「あっ、でも誤解するなよ。俺たちのことは学校でみんなにばらすつもりないからな。人前でベタベタするのって、見てらんねえだろ? 」


 いやいや、はるかくん。

 みんなが見てなくても、一度もベタベタされたことないですけど?

 これだけは断定できる。

 見つめ合ったこともなければ、愛をささやかれたこともない。

 あの日栗の木の下で手をつないだのが、最初で最後のスキンシップだった。 

 これで付き合ってるって、相当わかりにくいカップルだと思うんだけどね、わたしたちって。

 

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