34.夕日の約束 その1
なんで夢美はこんな人がいいのかなあ……。
勘のいい遥のことだ。わたしの言った言葉に隠された真実を知るのに、そんなに時間はかからないだろう。
「夢美の好きな人って……。もしかして、俺? 」
ほら、やっぱり。
わかってしまったようだ。
ど、どうしよう……。
夢美の了解も取らないうちに、遥にバレてしまった。
いくら故意にばらしたわけではないとしても、この事実を彼女が知ったらどんな気持ちになるだろう。
それに、もしもまだ遥も夢美が好きだったとしたら、わたしはとんでもない墓穴を掘ってしまったことになる。
四月のクラス分け発表のあの日。
遥と夢美は確かにお互いに意識し合っていたのだから……。
動転してパニック寸前なわたしをよそに遥は腕を組み、思案顔になる。
そしてわたしの顔をじっとのぞき込んだ。
もう何も話さない方がいい。
これ以上ことを大きくしないためにも黙っている方が得策だと判断した。
口をぎゅっと閉じて、ただひたすら時が経つのを待った。
「うーーん。それはそれで嬉しいことかもしれないけどな」
ようやく彼が発したのはそれだけだった。
けれど嬉しいという言葉とは裏腹に、困惑した表情が見て取れる。
これはいったい……。
「なあ、ひいらぎ。俺、夢美のこと、別になんとも思ってないから。だからその話、乗らねえ。悪いけど、あいつと俺をくっつけようなんてのはなしね」
え、うそ。そうだったの?
夢美のこと、本当に何とも思っていないのだろうか。
するとその返答を待っていたかのように、わたしの心臓が急に早鐘を打ち始める。
「そ、そうだったんだ。わたしはてっきり遥も夢ちゃんのことを……。そうだ! 藤村に遠慮してるってことはない? 親友と同じ人を好きになるのって、辛いよね」
わたしは真意を確かめるべく、その場に立ち上がり、遥の目をじっと見た。
「ははは、ちがうよ。……絶対にちがう! 」
遥もわたしをまっすぐに見て、そしてきっぱりと否定した。
「そ、そうなんだ。あははは、あはははは……」
わたし、何笑ってるんだろ。
夢美のことを思えば、とても笑ってなんかいられないはずなのに。
友としてあるまじき態度だ。
でも、なんだか急に身体中の力が抜けて、ひとりでに頬が緩んでしまう。
遥が好きな人は夢美じゃなかったんだ。
大きな肩の荷が下りたような安堵感に包まれる。
でも、わたしにとっての幸福は、夢美の不幸に繋がる。
そう考えたとたん、いままでの浮かれた自分が恥ずかしくなり、自己嫌悪に陥る。
ごめんね。夢ちゃん……。
ところで幸福を手に入れたのは本当にこのわたしなのだろうか?
それは違う。さっき遥が言っていたよね。彼にも好きな人がいると……。
夢美じゃないとすると、別に好きな人がいる、ということになる。
じゃあ、いったい誰なの?
わたしの知っている人だろうか。それとも後輩とか、他校の人とか。
やだ。涙が出そう。
喉元がぎゅうっとなって、息をするのも辛くなる。
でも面と向かって彼に訊く勇気はない。
「おい、柊。何にやけたり、怒ったり、はたまた泣きそうになったりしてるの? 変な奴」
「ちがうってば。いろいろびっくりして気持ちがついていかないだけだってば」
「ふーーん。で、ひいらぎ。確か、夢美のことを素直に応援できないって言ってたよな? 」
「え? そ、そんなこと言ったっけ? 」
「って、もう忘れたのか? そんなはずはないだろ? 忘れたとは言わせない。ということは……」
な、なに? そんなに近寄らないで。何も深い意味はなく、ただそう言ったまでで……。
「柊も俺のことが。実は……好き。とか……」
「…………」
遥がじっとわたしを見てる。
目を逸らすことなんてできない。
どうしてこんな展開になってしまったのだろう。
いつものように不敵な笑みを浮かべた遥は、悪びれることなくさらりとそんな大胆なことを言う。
ああ、恥ずかしすぎる。
お願い、そんなにこっちを見ないでよ。
だからと言って、この切羽詰まった状況で、うんそうだよ、遥が好きだよ、なんてとてもじゃないけど言えない……。
どれくらいそうやって見つめ合ったまま沈黙していたのかわからないけど、ふっと遥の口元が緩み、白い歯が覗く。
ズボンのポケットに手を突っ込んだまま足先の栗のイガをころころと蹴り、ゆっくりと話し始めた。
「なあ、ひいらぎ。俺は……。おまえに好きな人が出来たら、応援するって言ったろう? 」
「あ、うん……」
「もし、ひいらぎの好きな相手が俺ならば……。その話乗った! 」
えっ? ……の、乗ってくれるんですか?
それって、それって……。
わたしはおもいっきり激しく、何度もコクコクと頷いた。
そうだよ。わたしが好きな人は遥だよと、心の中で唱えながら。
彼の気が変らないうちにしっかりと受け止めてもらえるように、真剣にうなずき続けた。
「そうか! よっしゃっ! それならこの話、決まりだな」
き、決まりって……。
ポケットから手を出した遥が、胸の前で作った拳を誇らしげに何度も振りかざす。
「あのな、俺、前から考えてたんだけど……」
足元に視線を落としながら、彼がぼそぼそと話し始める。
「もし二十五歳になって、お互い誰も相手がいなかったら」
「いなかったら? 」
いったい遥は何が言いたいのだろう。
「俺たち結婚しよ。な? そうしよう」
わたしは目の前の遥を凝視したまま固まった。