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こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第一章 めばえ
32/70

32.栗の木 その1

 学校から帰り着くと大急ぎでジーンズと薄手のセーターに着替えて裏山に向った。

 今朝登校の途中に遥とすれ違った時、話があるから学校が終わったらいつもの裏山で待っててと約束を取り付けていたのだ。


 教室を出る時、遥はまだ室内に残っていて、クラスメイトとのおしゃべりに夢中だった。

 宿題がめんどくさいだの、テストなんかなければいいのにだの、五人くらいの男子が遥を取り囲んで愚痴を言い合っていた。

 朝の約束を忘れていたらどうしようとほんの一瞬不安がよぎったけど、きっと大丈夫だと思いなおす。

 彼は約束を破るような人間ではない。

 東京に行った時もちゃんと電話をくれた。

 遥との信頼関係はまだ壊れていないはずだと自分に言い聞かせる。


 なかなか帰宅しそうにない遥を残し、少し不安になりながらも先に学校を出る。

 この調子なら走らなくても充分間に合うだろう。

 いつになくパンパンに膨らんだカバンの重量をうまく分散させるように肩にかけ、タッタッタッタッとリズムよく坂を上って行った。

 今日はなんとしても、彼より先に約束の栗の木の下に着きたかったのだ。

 遥を待ち伏せて、藤村恋愛成就作戦の参謀を早々に辞退することをきっぱりと伝えたかった。


 山の中腹あたりに、見晴らしがよくて視界が開けたところがある。

 そのあたり一帯が、蔵城家の果樹園だったところで、栗や柿や柑橘類の木がいっぱいあるのだ。

 なかでもひときわ目を引くのが、今日約束した一番大きな栗の木のそばだ。

 小粒だけど甘くておいしい栗が採れるこの木の下は、小さい頃から二人のお気に入りの秘密基地だった。

 高さも手ごろで木登りにうってつけのこの栗の木は、いつでも温かくわたしたちを迎えてくれる。

 走って駆け上がると五分もかからずに家からここまでたどりつけるのに、運動不足なのだろうか。

 それともちょっとは受験勉強に励むようになったための睡眠不足のせいなのか、十分近くもかかってようやくたどり着いた。

 おまけにはあはあと息まで切れる始末だ。

 夕暮れまでにはまだ少し時間がある。

 夕日の沈む方向に向いて腰を降ろそうと木のそばまで行くと、驚いたことにもうすでに先客があるのがわかった。

 どこで追い越されたのだろうか。

 もう一つの獣道(けものみち)の方から上がってきたのかもしれない。

 遥は制服のままで、首もとのネクタイを緩めて落ちている栗のイガを避けるようにして、枯れ草の上に寝転んでいた。


「そっちの方が先に帰ったのに、遅いな。約束どおり来たけど……。何の用? 」


 そこにいるのは確かに遥なのに。

 全くの別人が話しかけてくるような不思議な感覚に包まれる。

 本当に今ここにいるのは、あのひょうきんでお笑い好きの遥なのだろうか? 

 あんなに仲間たちとのおしゃべりに夢中になっていたはずなのに、わたしが先に帰ったのを知っていた。

 いくつになっても彼のポーカーフェイスには翻弄させられっぱなしだ。

 わたしは少し大人びたまなざしをした彼を直視できないまま、そっと横に腰を下ろした。


「あの、遥……。忙しいのに呼び出したりしてごめん。実は藤村のことなんだけど……」

「へ? 藤村? 」


 寝ころんだままの彼が目を丸くする。


「うん……。わたしさあ。藤村の恋のお手伝い、もう辞めにしようと思ってるんだけど。だから遥ひとりで応援してあげてって、そのことを頼もうと思ってここに来てもらったんだ……」

「えっ? でも柊があいつの力になってやんないと、夢美との橋渡しできねえよ? 」


 突然のわたしのギブアップ宣言に驚いた遥は、枯葉を髪につけたままガバっとはね起きた。

 そしてわたしをまじまじと覗き込む。


「あ、遥、あのね。そ、それが問題なの……」


 遥の顔があまりにも近くにあって、恥ずかしさのあまりちょっとだけ後ろにずりずりと身体を動かした。


「実はわたし、夢ちゃんの、本当の好きな人のこと知ってて……。残念ながら、その相手は藤村じゃなくて。だからその、藤村を無理やり押し付けるようで、夢ちゃんに申し訳なくて……」

「そうだったのか……。じゃあ柊は、その夢美の本当に好きな奴との間を取り持ってやりたいんだな」

「え? あ、そうだね。そうしないと……いけないね」


 そういうことになるのか。

 夢ちゃんのために遥との仲を取り持つだなんて、切ないほど複雑な心境だ。


「わかった。そういうことなら俺にまかせておけ。俺は俺のやり方で藤村を応援する。柊は柊のやり方で夢美を応援する。そして後は、二人にまかせる。それでいいな? 」


 でも遥は本当にそれでいいのだろうか。

 夢美のことをあきらめたのかな? 

 結局は藤村との友情の方が大事とでも言うのだろうか。

 友のためなら好きな人もあきらめられるなんて、わたしにはできない。


 遥は落ち込んだそぶりを見せることもなく、これで話は終わりとでも言うようにすくっと立ち上がり、頭を二、三度振って髪についた枯れ葉を振り落した。


「あっ、遥。ちょっと待って」

「ん? 」


 歩きだそうとした遥が立ち止まり、怪訝そうにわたしを見下ろした。


「実はその……。夢ちゃんと藤村の二人にまかせるって、そうもいかないんだ……。夢ちゃんを応援したいのはやまやまなんだけど、その相手ってのが……」


 それは、遥、あなたです! だなんて、とてもじゃないけど言えない。

 どうしよう、どうすればいいのか……。




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