31.ありえない誤解 その2
「いや、違うの。おばあちゃんちでたまにあいつに会えば、わたしの不真面目なところを、その、指摘されて、言い合いになって、最後はけんかになるっていうか……」
「ふふふ。そっか、けんかになるんだ。ダメだよ、仲良くしなきゃ。二人とももう中三なんだから。本当にひいらと堂野ったらいつまでたっても子どもみたい。遠慮なく言いたいことが言えるなんて、ちょっとうらやましい気もするけど、私がそんな風に彼に指摘されたら落ち込んで立ち直れないかも。ホント、ひいらは強いよ」
「堂野より成績も悪いし、わたしのこんなのんびりした性格だって、あいつには許せないみたいだから。すぐ、けんかになっちゃうんだ。でもね、いちいち気にしてたらやってられないもんね。わたしって、相当鈍感なのかも」
「んもう、ひいらったら」
夢美の頬に明るさが戻ってきた。
よかった。なんとか苦境を乗り切ったようだ。
「じゃあさ、ひいらは特別なことは何もしないで今の状態なんだったら、ちょっとがんばったら勉強だってもっと出来るんじゃないかな? それってすごいよ! 今度の期末がんばんなよ。文化祭終わったら、もうこんな勉強ごっこやめて、一人で集中してやってみるといいんじゃないかな。わたしもなんだかやる気が出ちゃった」
「うーーん。それもそうだね。勉強、ちょっとはまじめにやってみようかな? 今こそその時だよね。って、ところで夢ちゃん、藤村の事なんだけど……」
わたしはどこか気の進まない思いを抱えながらも、藤村の願いが成就するためのささやかな手伝いも忘れなかった。
「藤村? 彼がどうしたの? 」
「えーっと。そうそう、彼っていい奴だよね」
わたしったら、いったい何言ってるんだろ。
いきなりこんな話題を持ち出して、怪しさ全開だ。
「……そうだね。藤村はいい子だと思うよ。って、ひいら、急にどうして藤村なの? 」
おっしゃるとおり。夢美の言うことはもっともだ。
シリアスな高校受験の話からいきなりこれだもん。やっぱり怪しすぎる。
でもここでひるんではダメだ。
「その……。藤村って運動神経抜群で、一年からバスケのレギュラーに選ばれてたよね? 短距離走も陸上部の人よりも速かったって噂だよ。すごいね。藤村はやっぱりすごいよ」
「……そうみたいだね。って、ひいら。なんかおかしい。いったいどうしたの? 」
「…………」
ど、どうしよう……。
藤村が直接夢美に告白するんだって言ってたから、今ここで余計なことは言えないし。
困った、困った。
「わかった! ひいら、もしかして……。藤村のこと、好きになった? ねえ、そうでしょ? 」
夢美の顔がぱっと輝き、こちら側に身を乗り出してくる。
「えっ? い、いや、そういうわけではないけど、あいつはなかなかいいやつだと思って……」
わたしは後方に身体をずらし、高速で首を横に振った。
「ひいら、やっぱりおかしいよ! ふふふ……そうなんだ。ひいらもやっと恋に目覚めたんだね。去年は大河内君のことが好きなのかと思ってたけど……そっか、藤村だったんだ。でも良かった。だって……もしかして、もしかしたらだよ? 」
「もしかしたらって、な、何? 」
「あのね。ひいらも堂野が好きなのかな? って思ったりもしてたんだ。だって、ひいらと堂野、けんかもするけど、なにげに仲いいしさ。ただの親戚って感じじゃなくて、何か不思議な空気が伝わってくるんだもん」
ドキ───ッ!! やっぱ、気付いてた?
ど、どうしよう。大事件勃発のきざしだ。
「そ、そんな……わ、わ、わけ……ないじゃん。堂野はわたしのことなんて、何とも思ってないし、わたしだって……その……好きとかそういうんじゃないし。さっきも言ったけど、けんかばっかだよ。家族みたいなもんだから」
ふうーーっ。言えた。これでなんとかごまかせたよね。
「で、藤村なのね? これはビッグニュースだよ。あたしの中で今年度最高のサプライズだし。そっか。なるほどね。昔から仲良かったもんね。ひいらと、ふ、じ、む、ら、くん」
「だから、違うって! 藤村はただの友達だよ。ほんとにほんとに友達なんだから。だからさ、ほんのちょっと、いい奴だなあと思っただけ」
「ほんとに? 」
「ほんとだって。ウソは言わないってば」
もちろんです。藤村に恋をするなんてことは絶対にありえない。
彼も言ってたけど、幼稚園の時から知ってるんだよ。
そんな人にどうしてときめかなきゃならないのよ。
……って、ちょっと待って。
なら、遥はどうなるのだろう。
幼稚園どころか、赤ちゃんの頃から知ってるはずなのに、好きになってしまったではないか。
これはどのように説明すればいいのだろうか。
いや、それはともかく。
藤村に関しては正真正銘、何もありませんから。
わたしは嘘偽りない気持ちを込めてはっきりと否定した。
ああ……。だからいやなんだよね。こんな風に慣れないことをするのは……。
これ以上、藤村の恋のお手伝いをするのは無理だと悟る。
夢美の気持ちは遥一筋だもの。
わたしの力ではどうにもならないということを思い知らされた。
悪いけど藤村には一パーセントだって夢美と両思いになる可能性はない。
こうなったら一日でも早く遥に脈なしだと伝えなくてはいけない。
キューピット役は御辞退申し上げます。今後一切この問題にかかわりません。
とはっきりと言っておかなければ……。