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こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第一章 めばえ
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3.クリスマスの出来事 その1

 遥のことが好きかもしれないと自覚したのは、確か去年のクリスマスの頃だったと思う。


 無駄に広い典型的な古民家であるわたしの家は、クラスの女子全員が集まるのにちょうど都合がいい。

 仲良しグループだけで集まりたかった夢美からは、なんでクラスの女子全員を呼んだのかとちょっぴり反感を買ったりもしたけれど。

 呼んだ呼ばないで人間関係がこじれることを考えると、気に入った人だけを選ぶなんて芸当は、とてもじゃないがわたしにはできなかった。

 けれど、クラス全員の女子を招いたことが、結果、自分の首を絞めることに繋がろうとは、その時は思ってもみなかったのだ。


 二十人近くが続き間の和室に集まって、ゲームをしたりお菓子を食べたりして賑やかなひと時を過ごした。

 わたしには姉妹がいない。もちろん、兄も弟もいない。

 でも、隣の遥の家は彼の両親が共働きなので、日中は遥の妹の希美香がうちに来ていることが多い。

 遥と希美香とわたしの三人は、まるで本当の家族のように育った。

 なので自分が一人っ子だという自覚はあまりない。

 それに希美香とは二つしか年が違わないこともあって、お互いにいい遊び相手になっているのも寂しくない理由だ。


 この日も希美香は違和感なくわたしのクラスメイトたちに溶け込んで、一緒にクリスマス会を楽しんでいた。

 すると、突然、クラスメイトの一人が希美香を指差して、驚きの叫び声をあげた。

 いったい何だろうと、皆が一斉にそっちを見る。


「えええっ! うっそー? そんなの知らなかった。この子ひいらの妹じゃなかったの? 」


 クラスメイトが不思議そうな顔をしてわたしに訊ねる。

 違うよと首を振ると、彼女はますます仰天して、わたしに詰め寄った。


「ねえねえ、堂野の妹って、本当なの? それならそうと早く言ってよ」

「う、うん……」


 最初に紹介しなかったのが悪かったのだろうか。

 というより、もう誰もが知っていると思っていたわたしが、いけなかったのだ。


「んもう、ひいらったら、水臭いんだから。ねえねえ希美香ちゃん。お兄さんもここに呼んで来て? お、ね、が、い! 」


 今度は希美香ににじり寄る。

 すると希美香が困ったような顔をして、わたしに無言で助けを求めているのがわかった。

 二つ違いといっても、希美香はまだ小学六年生。

 名前も知らない初めて会ったばかりの中学生のお姉さんに、突然至近距離で迫られてお願いまでされるのは、ショッキングな出来事だったのだろう。


「ちょっと、川田さん。もうそれくらいにしてよ。希美ちゃんがびっくりしてるし。それになんで、はる……いや、堂野をここに呼ばなきゃいけないのよっ! 」


 わたしが堂野なんて苗字で彼のことを言ったものだから、希美香はまたもやびっくりまなこで不思議そうにこっちを見る。

 まさかみんなの前で、馴れ馴れしく、はるかなどと呼ぶわけにもいかない。

 間に挟まれたわたしは、身動きの取れない息苦しさに、危うくめまいを起こしそうになった。


「ひいらは黙って。あたしは希美香ちゃんと話してるんだから。ねえ、希美香ちゃん? 」

「…………」


 あまりの川田の迫力に、希美香は怯えたように黙り込む。


「やだ、そんなに怖がらないでよ。だってさ、堂野だよ。このクラスにも彼にラブな人、何人かいるんじゃない? もちろんあたしもその一人。ねえねえ、堅いこと言わないで連れてきてよ。希美香ちゃん、お願い! 」


 川田がさもあたりまえのようにラブと言ったけれど。

 それって、あれだよね。遥が好きってことだ。

 

 ありえない。


 わたしは心の中で、川田のことを思いっきり嘲り笑ってやった。

 遥は最近、うちへの足が遠のいている。

 わたしは希美香と遊ぶのをいいことに、今でも頻繁にあいつの部屋に出入りしているけど、何故かよそよそしくて冷たい。

 なので遥とはもう他人も同然の関係だ。

 わたしや希美香を無視する人とはしゃべりたくもなかった。

 どうせ声をかけても、女子ばかりいるこの部屋には来ないだろう。

 ならば……。

 ここは、川田と目をきらきらさせて遥の登場を待ち望んでいる他のクラスメイトのために、誘うフリだけでもするべきなのかもしれないと思い始める。

 絶対に来ないだろうと確信したわたしは、彼に形だけ誘いの電話をしようと、しぶしぶ受話器を取った。


「もしもし、わたしだけど……」

『……なんだ、おまえか』

「わたしで悪かったわね」

『ああ、がっかりだ』

「それはこっちのセリフだし」


 ああ、気分が悪い。こんなんだったら電話なんかしなければよかったと思っても、もう遅い。


『それはどーも。それより、おめぇーんち、さっきからうるせーんだよな。ここまでギャーギャーと変な声が聞こえるし……』


 こっちの内情がぜんぶ筒抜けなのだろうか。なら話は早い。

 とっとと用件を言って、この話はすみやかに終わらせるのが賢明な行動だろう。


「何よ、その言い方。別ににぎやかにしてもいいでしょ? じゃあ言ってもしょうがないってわけだ。せっかく、クラスの女子が、あんたに会いたがっているんだけどね……」

『はあ? 』

「だ、か、ら。こっちに来ないかって言ってるの! ちょっと、ちゃんとわたしの話、聞いてる? ねえ! 」


 しまった。突然大声を出したものだから、みんながわたしに注目している。


「あ、いや。無理にとは言わないから。って、別に来なくてもいいからさ……」


 今度は感情を抑えて、小さな声で訊ねた。


『…………』


 きっと返事に困っているのだろう。

 受話器の向こうで、気まずい沈黙が続く。

 来たくないのなら、さっさとそう言えばいいのに。

 こっちは川田の顔を立てて電話してるだけなんだから、遥が悩む必要など全くない。


「ねえ、聞いてるの? はい、わかりました。来ないんだね? じゃあ! 」


 断りにくいのなら、こっちから切り出せばいい。

 これで遥もわずらわしい誘いから逃れられるのだ。

 こうやって電話までしたのだから、川田も納得するだろう。


「あっ、ちょっと待って。希美ちゃんのことだけど。今夜はこっちに泊まるから、綾子おばちゃんに言っといて。じゃあね、ばいばーーい」


 そのまま有無を言わせずに電話を切ろうとしたのだが。


『柊! ちょっと待て。わかったよ、そっちに行く。うめえもんもいっぱいあるんだろ? それに俺って……。もしかして、モテモテ? そこまで言うのなら、行かないとみんなに悪いではないか。そんじゃあ、あとで』


 わたしはあきれ返って力任せにガシャッと電話を切ると、皆に向って思いっきり低い声で伝えた。


「堂野が来るって」 と。



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