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こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第一章 めばえ
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26.柊、危機一髪! その2

 重いカバンを肩に掛け、上り坂を足早に駆け上がる。

 セイタカアワダチソウが群れを成す黄色い茂みのすき間から、とんがり屋根が見えてきた。

 遥の家だ。あと少しで帰り着く。

 息を切らせて玄関戸を開け、ただいまと部屋の中を覗きこむようにして、母さんに声をかけた。

 玄関の土間には見慣れない大きなスポーツシューズがきちんと揃えて置かれていた。

 遥だろうか?

 いや、あいつなら、こんな風に揃えない。遥じゃない。

 ならいったい誰?

 わたしは腕を組み、天井を見上げた。

 も、もしかして……。大河内君がもう来ている、とか。

 ま、マジで? 


 学校指定の大きなボストン型のカバンを床に置き、紐を解いて靴を脱ごうとしていると、母さんがバタバタとやってきて、興奮した様子で耳元でまくし立てる。


「早く、早く……。ほら、あの人……。誰だっけ……? そうそう、生徒会長さんだったわよね。彼がもう来てるわよ。柊と約束したとか言ってるけど、いつの間にあんな素敵な彼氏が出来たわけ? それならそうと前もって言ってくれなきゃ、気の利いたお菓子もジュースも。何もないんだから。ああ、どうしましょう……」


 母さん、耳が痛いよ。いくら興奮してるからって耳のそばでそんなに騒ぎ立てないで。

 やっぱりこのくつの主は大河内だったのだ。

 わたしは、はあーっとため息をつき、そばにいる母さんをギロっと睨みつけた。


「もう、母さんたら……。大河内君だよ。去年同じクラスだったでしょ? 映画の話とかしてた大河内君だよ。それに彼氏とか意味のわかんないこと言わないで。昨日の藤村と同じで、合唱コンクールの練習なの」

「あら、そうだったの? 」


 母さんは、おもいっきりつまらなそうに肩も声も落としてしょぼくれる。


「でも今は違うクラスじゃなかった? なのにどうして一緒に練習するの? 」

「別にどうだっていいでしょ? 」

「よくないわよ。それに大河内君、全くそんなこと言ってなかったわよ。おじゃましますって、とても丁寧にあいさつなんかしちゃって。うふふふ。背も高いのね。昨日の藤村君といい、今日の大河内君といい。素敵な子ばかり遊びに来てくれるものだから、なんだか母さん、嬉しいわ! 」

「か、母さん。声が大きいよ。あのね、大河内君のクラスは無伴奏のアカペラ風の合唱をするらしいの」

「アルパカの合唱? 」

「違うよ、ア、カ、ペ、ラ! それで、少し指揮のアドバイスをして欲しいっていうから、ちょっとくらいならいいかなと思って。コンクールでは敵として戦う相手だけど、同じ学校の仲間だもの。ボランティア、ボランティア! 」

「へえ、そうなの。アルパカ風ね。それって、温かいのかしら……」

「んなわけないでしょ! 」


 こんなところで長時間母さんに捕まっているわけにもいかない。

 わたしは母さんをそこに残したまま、大急ぎで自分の部屋に行き、レモンイエローのトレーナーとデニムのスカートに着替えて、ピアノの部屋に向った。


 テーブルの上には、お茶とおせんべいが二枚だけお皿に載って並んでいた。

 本当に何もなかったんだ。

 いくらなんでもこれじゃあ寂しいよ。

 わたしがその部屋に一歩踏み入れると、テーブルの前で足を崩してくつろいでいる大河内が、満面の笑みを浮かべてわたしを見上げた。


「忙しいのに、無理を言ってごめんね。君んち、ほんとに広いな。グランドピアノを置いても、部屋がちっとも狭く感じないよ」

「そっかな? 」

「僕の家なんか、ピアノの部屋はそれだけで、定員オーバーって感じだよ」


 店員オーバーって……。

 ってことは。も、もしかして大河内の家にもグランドピアノがあるのだろうか。


「君のピアノと僕んちのピアノ、型番が同じみたいだ。十年くらい前に発売された最もポピュラーな形の奴だな」

「お、大河内君。もしかして、ピアノ、弾くの? 」

「うん、まあね」


 まあねって、あなた。

 ピアノが弾けるんなら、楽譜も読めるだろうし、何もわたしに指揮のこと聞く必要なんてないのでは?

 それに、わたしのピアノにせっかく興味を持ってくれたのに、悪いけど。

 実はこのピアノ……。


「あっ、でもね。これ、わたしのピアノじゃないの。こんな立派な物、うちじゃあ、とても買えないもの」

「へぇ……。そうなんだ。じゃあ、どうしたの? レンタル? 」


 大河内はいつの間にか立ち上がって、ピアノに手をかけながら見入っている。


「あのね、実はこれ、隣の堂野のピアノだよ。あいつ弾かないから、半永久無期限に借りてるの……」

「…………」


 わたしは藤村に言った時と同じように、普通に、ごく普通に本当のことを言っただけなんだけど……。

 大河内は、それまで触れていたピアノの蓋からすっと手を離すと、ついさっきまで浮かべていた極上の笑顔を跡形も無く消し去り、今まで見たこともないような無表情な顔で、再び畳の上に座りなおした。

 わたし。何か気に障るようなこと、言ったのかな? 

 彼は一点を見つめたまま尚もわたしに質問を投げかける。


「堂野のピアノ? どうしてあいつからピアノを借りてるの? 近所だから? 」


 えっ? あっ。ああ……。そうか、そういうことだったのか! 

 わたしは彼が急変した理由が少しわかった気がした。

 それもそうだ。こんな高価な物を貸し借りするなんて、普通じゃ、考えられないよね。

 大河内は、わたしと遥が親戚ってことを知らないから、驚いているのだ。

 そうに違いない。



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