24.マエストロの宣言 その2
「……ったく、のん気に寝てるんじゃねえよ。人が訊いてるのによ」
「つ、つい、うっかりと……」
「なあ柊、なんでいつもそんなに眠いんだよ。夜、ちゃんと寝ろよ。いいか。今度こそしっかりと聞け」
「わ、わかりました。ごめん、遥、藤村……」
両手を合せて拝むようにして謝りながら、上目遣いで遥を見上げる。
「あのさあ……。俺、前から気になってたんだけど。そこのお二人さん、最近なんかコソコソしてないか? 俺、のけ者にされてる気分なんだけどなあ」
遥ったら突然何を言い出すのかと思ったら、そんなことなんだ。
ならば答えは簡単だ。
「別に、何もコソコソなんてしてませんよ。今日だって藤村がうちに来るよって、昼休みに遥に教えたじゃない」
藤村もコクコクと頷いて、なんで? というように不思議そうに遥を見ている。
「そんなんじゃなくて、なんかこう……。内緒話をしているような、なんというか……」
「内緒話? 」
「そうだ。まさかとは思うけど、おまえたち、実は付き合ってるってことは……」
なんでそうなるのよ。
なんてったって藤村は、遥の親友でしょ?
なのにこっそりわたしと付き合ってるなんてこと、ありえないし。
「堂野、いくらなんでもそれは話が飛躍しすぎだろうが。おまえ、俺の好きな奴が誰かって知ってるだろ? 俺にだって好みってものがあるし、蔵城はちっちぇえ頃から知ってて、そんな対象になるわけないし。それに、おまえの蔵城取ってどうするの? 」
そうそう! 藤村ナイス! ……って今、なんて言った?
ええ、ええ。そうでしょうとも。藤村君、わたしがあんたの好みじゃなくて悪かったわねえ。
それに小さな頃から知ってたら対象にならないって、理由になってないし。
だって夢美のことだって同じくらい小さな頃から知ってるくせに。
彼女みたいにかわいくなくて、ごめんね……じゃなくて……。
おまえの蔵城って言わなかったっけ?
それってわたしのことだよね。
わたしは遥のモノになってるのですか? い、いつの間に?
わたしがキョトンとしていると、バツの悪そうな顔をした遥が、余計なこと言うなと藤村の頭をポカッと殴っていた。
頭を掻きながら、スマンと謝る藤村は、心もちニヤニヤしたままだ。
「堂野、わかったよ。そんなに、怒るなよ。俺はただ、その……。夢美のことを、蔵城にいろいろ教えてもらってただけだから。何も隠しちゃいないってば。そうだ! 俺さあ……。文化祭が終わったら、彼女に告白するつもりなんだ。なので、二人とも協力よろしく! 」
突如、頬を紅潮させた藤村がとんでもないことを宣言する。
こ、こ、告白? 遥が顔を引きつらせて、黙り込んでしまった。
藤村くん、あんた衝撃的すぎますから。
そんな大事なこと、こんなところで堂々と言っちゃっていいのですか?
「早くしないと、誰かに取られてしまうからな。だって彼女、かわいいだろ? 」
ますます顔を赤くした藤村が、ガラにもなく照れてモジモジしながらそう言った。
確かに、夢美はかわいい。
わたしと違ってかなりかわいい。
だからって、遥まで一緒になって深く頷いてて大丈夫なのだろうか。
ボヤボヤしてたら藤村に先を越されちゃうよ。
遥も夢美が好きなんだよね。
だったら、今ここではっきりと言わないとだめだよ。
わたしはまだ、遥に本心を確かめられないでいる。
もし遥が本当に夢美を好きだとしたら……。
わたしは遥も夢美も。大事な人を二人とも同時に失くしてしまうことにもなりかねない。
「それに蔵城の様子だと、夢美の奴、別に好きな人が居るみたいな気もするし。彼女が行動起こす前に、俺、手を打つから」
ふ、藤村……。おとこらしいぞ!
遥が変な気を起こす前に、さっさと夢美を落とすんだ!
生まれて初めて、この昔馴染みの藤村が真の男に見えた瞬間だった。
でもね、夢美の想い人は、今、藤村の隣でお菓子を口いっぱいほお張っている、遥なんだからね。
どうかお願い。
わたしのためにも夢美の心をがっちりつかんでよね。
ね、藤村君。
もし親友であるならば、友人の恋を応援するのが友情の証でもあるんだけど、遥だけはどうしても、何があっても彼女には渡せない。
夢ちゃん、ごめんね。
とうとう、わたしと遥が二人でタッグを組んで、夢美との仲を取り持つため、藤村を全面的にサポートすることになった。
でも、このことが夢美に知れたら、彼女との友情も終わってしまう。
だってわたしは、彼女がどれだけ遥を好きかってことをわかっている。
なのに、好きでもない藤村をくっつけようと後押しするだなんて……。
夢美はわたしを困らせまいと気を遣っているのか、まだ一度も遥との仲を取り持って欲しいと言ったことがないのだ。
もしかしたら夢美は、わたしの本当の気持ちに気付いているのかもしれない。
最近特にそう思うようになってきた。
なのに彼女の本心を知りながら、全く違う男を押し付けようとしているわたしは、卑劣極まりない最低の人間なのかも……しれない。
ああ、どうすればいいのだろう。
その夜、苦しそうな顔をした夢美の姿が何度も脳裏をかすめて、なかなか寝付けなかった。
彼女を裏切るような気がして、心がしくしくと痛んだ。