22.栗ごはん その2
藤村の声とわたしの声がひとつに合わさる。
あまりにも息が合いすぎているのがおかしくて、お互いに顔を見合わせて、ぷっとふきだしてしまった。
「さあ、そろそろ練習しよっか? 」
食べ終わった食器を台所に運ぶため、立ち上がる。
後片付けも終わり、お腹もいっぱいで準備万端だ。
練習への意欲がむくむくと湧き上がって来た。
藤村は、わたしと遥の家の関係を知っている数少ない友人の一人だ。
そのせいか、うちの家庭の内情も、つい気安く話してしまうのだ。
栗ご飯のおかげで、すっかりいつものように打ち解けて、学校に居る時と同じように藤村と話すことが出来た。
ピアノのふたをあけて楽譜を立て、合唱コンクールの課題曲を前奏から弾いてみる。
近所に他人の家がないので、音漏れを心配する必要も無い。
グランドピアノの弦の上の蓋も、おもいっきり開けっ放しだ。
「すっげぇーー! ピアノの弦って、こんな風になってたんだ」
中を覗き込みながら藤村が感嘆の声を上げる。
学校のピアノは普段は黒いカバーがかかったままだから、あまり中まで見えることはない。
藤村にとっては、そんなあたりまえのピアノの仕組みも、新たな発見だったみたいだ。
そういえば昔、遥が弦の上にブロックを乗せたりして、おばちゃんに怒られていたっけ。
「なんでおまえんち、こんな大きなピアノがあるの? 蔵城は、ピアニストにでもなるつもりなのかあ? 」
グランドピアノに釘付けになった藤村が、不思議そうに訊ねる。
「ピアニスト? ないない、ありえないって! そんなの無理に決まってるし! 」
「でも、蔵城はピアノ弾くの、すげえうまいし」
「そんなことないって。わたしなんかより、夢ちゃんの方がずっとずっとうまいよ」
「そ、そうか? 」
藤村は、夢美の話題になったとたん、デレデレして、真っ赤な顔になる。
藤村って、本当にわかりやすい性格してる。
「それにこれ、わたしのピアノじゃないから……。遥のピアノだよ」
「はあ? どういうことだよ。 あいつピアノなんか弾くのか? マジでえ? 」
まるで天と地がひっくり返ったかのような彼の驚きぶりに、ちょっとだけ遥が不憫になる。
ピアノを弾ける男子は希少価値があるし、好感度アップでかっこいいとは思うんだけど、残念ながら遥は弾けない。
小さい頃に、キラキラ星をでたらめな指使いで弾いているのは見たことがあるけど、左手の伴奏をつけると右手と同じようにしか動かなくて、逆ギレしていたのを思い出した。
「ぜんぜんっ! 遥はピアノは嫌いなんだ。全く弾けないよ。キラキラ星だって、めちゃくちゃだもん」
「じゃあ、なんで? なんであいつのピアノがあるわけ? 」
「あのね、東京にいる遥のおじいちゃんとおばあちゃんが、小学校入学のお祝いにって贈ってくれたらしいんだけど。あの家じゃあ、誰も弾かないのよね。で、中学に上がる時、わたしが借りることになったの」
「へえー。そういうことか。まさか、堂野のピアノだとは……」
藤村はますますピアノに親近感を覚えたのか、ポロンポロンと音を鳴らしてみたり、ペダルを踏んでみたりして、興味が尽きないようだった。
東京のおじいさん、おばあさんとは、遥のお母さんである綾子おばさんの両親のことだ。
おばさんは東京の老舗の一人娘なので、新幹線で二時間以上かかるこの町へ嫁ぐのは、すごく反対されたらしい。
俊介おじさんと結婚するのはどうにか許してもらったけど、名前だけは堂野姓を継いでくれと条件を出されて、おじさんは養子になったという経緯がある。
うちと違って、おばさんの実家は超のつくお金持ちらしくて、ある日突然ピアノが届いた日には、隣のおじさんもおばあちゃんも、そしてうちの両親も、目玉が飛び出るくらいビックリしたと言っていた。
最初は興味本位で喜んでいた遥も、三日後には飽きてしまい、見向きもしなくなった。
もちろん、ピアノのレッスンも、一回行っただけで辞めてしまった。
それ以降しばらくの間、おばあちゃんのいる母屋の奥の和室に、でーんと置きっぱなしになっていたのだ。
綾子おばさんも少しはピアノが弾けるらしいけど、こんな大きなピアノがあっても宝の持ち腐れだからと、小さい頃から習ってたわたしに、ラッキーにも白羽の矢が当たったというわけだ。
東京のおじいさんとおばあさんには、嫌がる遥をどうにかピアノの前に座らせて写真を撮った物を送って、ことなきを得ているらしい。
遥が小一の時、油性の黒マジックペンで、鍵盤をすべて塗りつぶし、ブラックに統一しようとしたことは、東京のおじいさんたちは知る由もない。