21.栗ごはん その1
今日は藤村も加わって、賑やかに帰路につく。
夢ちゃんと一緒なのが嬉しいのか、藤村が始終ニコニコ笑顔で、わたしたちの後を少し離れてついてくる。
住宅街を真ん中くらいまで行ったところで夢ちゃんとはお別れだ。
いつもなら、ここの桜の木の下で三十分くらい立ち話をして別れるのだけれど、今日は藤村と合唱コンクールの練習をする予定になっているのでそうもいかない。
かといって藤村と二人っきりでうちに帰るのもなんとなく気が引けて、夢ちゃんにも一緒に来るように誘ってみた。
ところが、今日はお母さんが出かけていて留守なので、家で妹の面倒を見ることになっているらしい。
妹も連れてくればいいよと言ってみたが、やっぱりやめとく、ゴメンねと言って、そのまま駆け出して帰ってしまったのだ。
夢ちゃんがいなくなると急に会話もなくなり、無言のまま藤村がわたしの後ろをとぼとぼとついて来る。
藤村も、夢ちゃんがあまりにもあっさりと帰ってしまったのがショックだったのか、顔色も冴えないし覇気もない。
わたしが何かしたわけでもないのに、藤村に対して、申し訳ない気持になる。
でも藤村とは、幼稚園からの付き合いだ。
そのうちいつものペースを取り戻して、普通に話せるようになるだろうと思い、無理に話しかけるのはやめた。
家に着くと、ちょうど母さんが玄関を出てどこかに行こうとしているところだった。
「あら、柊。今日は早かったのね。今からおばあちゃんちに行くから、何かあったら隣に電話してきてね。……あらまあ、直輝君じゃない? 久しぶりね」
「あ、こんにちは。おじゃまします」
藤村が照れ笑いを浮かべながら、ぺこっと頭を下げた。
「何もお構いできないけど、ゆっくりしていってね。うふふふ……」
母さんは意味ありげに笑うと、食材をいっぱい押し込んだスーパーの袋を提げて、おばあちゃんちに向って走って行ってしまった。
すると突然立ち止まったかと思うと、くるりとわたしたちの方に向きを変えて叫ぶ。
「台所のテーブルの上に栗ご飯があるから。食べていいわよーーっ!」
そんなに大声で怒鳴らなくたって、ちゃんと聞こえてますから。
わかったから、どうぞこっちのことは気にせず、さっさとおばあちゃんちに行ってください……。
わたしがこくこくと二度頷いたのを見て、母さんは再び駆け出していった。
この時期、うちの裏山で採れる栗は絶品で、こうやって毎日のように栗ご飯や渋皮煮になって食卓に上る。
裏山には、栗や柿、ミカンに梨など木がいっぱいあって、木の実から季節の果物までなんでも採れるのだ。
昔は果樹の生産もやっていたそうだけど、今は人手不足を理由に家で食べる分くらいしか作っていない。
この裏山から一キロほど離れた隣街の境界線のあたりまでが蔵城家の山と土地だと聞かされている。
あまりピンと来ないけど、将来は遥と仲良く管理するようにと、ことあるごとにおばあちゃんから言われているのだ。
一応、登記簿上では、遥の家の土地とはきちんと線引きがされてるらしいけれど。
どっちかが宅地になると、一方も山のままでは放っておけなくなるので、両方とも今のまま維持するためには、業者や行政の口車に乗らないようにと、きつく言われている。
つまり、土地長者になるのではなく、先祖代々の土地を守りながら、慎ましく生きていくのがおばあちゃんのポリシーということなのだ。
わたしも少々家が古くても、雨露がしのげればそれでいいと思っているし、別段今の生活に不満があるわけでもない。
父さんの給料で、細々と暮らしていければそれでいいと思う。
遥の家も離れこそ現代風の建物だけど、暮らしぶりはうちと一緒で地味だ。
綾子おばさんはお嬢様育ちなのに、至って質素で堅実な人なのだ。
藤村をピアノのある居間に案内すると、わたしは制服のまま台所に入り、栗ご飯を大き目の器に盛って、ごま塩の入った小瓶とぬるめの麦茶もお盆に載せて、居間に運んだ。
「ねえねえ、練習の前に腹ごしらえしようよ。藤村も栗ご飯好きだよね? いっぱい食べて」
「サンキュー。堂野んちでもよく食べさせてもらったからなあ。いただきまーす」
藤村は畳の上にあぐらをかいて座り、両手を合わすと、箸を大きく動かして、口の中にごはんをかき込む。
「……う、うめぇ。めっちゃ、栗が入ってるぞ。ご飯粒より栗の方が多くない? なあ、蔵城。これ、堂野のおばあちゃんの作る栗ご飯と一緒の味がする」
藤村は見事な食べっぷりでどんどん平らげていき、あっという間に器はからになった。
「うちの味はすべておばあちゃん直伝だからね。お米もうちで作ったものだし、栗もうちの裏山の栗。遥んちも同じ材料で作るから同じ味なの」
「そっか。蔵城と堂野は、隣同士に住んでるもんな」
「うん。それに、おばあちゃんは、本当は遥のおばあちゃんなんだけど、うちの父さん、おばあちゃんに育てられたから、本当のお母さんだと思ってるっていつも言ってるよ」
「へぇー。そうなんだ。じゃあ、おまえの本当のおばあちゃんは早くに亡くなったのか? 」
「そう。父さんが子どもの頃に病気でね……。だからわたしも、隣の遥のおばあちゃんしか知らないんだ。母さんのおばあちゃんも、わたしが生まれてすぐに死んじゃったからね。お代わりは? 」
「うーーん、ホントはまだ食いたいけど、我慢する。だって今日の目的は」
「合唱コンクールの」
「指揮の練習! 」




