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こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第一章 めばえ
20/70

20.大河内大輔

 円と三角形が、とてもチョークで描いたとは思えないほど几帳面に黒板に描かれている。

 三角形の頂点が円の中を動くって……。何度やっても苦手な単元だ。

 まだ二十代の若くて元気いっぱいの女性数学教師、梅谷彩加(うめたにさやか)先生は、わたし達のクラス担任でもある。

 何が嬉しくて数学の教師になんかなったのだろうなどと、授業そっちのけで梅谷先生への疑問を思いめぐらせていると、後ろからペンのような物でツンツンと背中を突かれた。

 梅谷先生が黒板に向った隙に後ろを振り返ると、藤村がノートの一部を黙ったまま指し示す。

 今日のほーかご空いてる? 指揮の練習に付き合って欲しいんだけど。

 と、やや斜めを向いた濃くて太い字を大胆にも披露してくれる。

 これぞまさしく、男子の文字という感じだ。

 わたしはすかさず、声には出さないで口の形だけでオッケーと言うとあわてて前に向き直った。

 幸い、先生はまだ黒板を見ながら説明を続けている。

 円の中には、無数の三角形が増殖していた。

 よかった。後ろを向いたことはバレなかったみたいだ。


 今日は月曜日。わたしの入っている文芸読書部は休みの日だ。

 藤村の所属していたバスケ部も、三年生はもうすでに引退しているので、指揮の練習に差し支えはない。

 後ろの席の藤村とは、近日中に合唱コンクールのピアノ伴奏と指揮を合せる練習をしようと思っていたところだった。

 でも、放課後はそれぞれの委員の仕事で忙しく、合唱コンクールを目前になかなか時間の都合がつかなかったのだ。


 さて、どこで練習すればいいのだろう。

 音楽室は吹奏楽部や合唱部の練習で使えない。

 体育館のグランドピアノは、バスケと卓球部がいるから、これまた無理そうだ。

 いろいろ思案した挙句、ノートの切れ端に、うちに来てと書いて小さく折りたたむと、前を向いたままそっと後ろに手をのばして、藤村の机の上にそれを載せた。


 藤村は遥の一番の親友で、小学校の時からよく知っている間柄だ。

 彼に音楽のセンスがあるかどうかは未知数だけど、持ち前の体育会系のノリでクラスをまとめてその気にさせるのは、多分お得意の分野だろう。

 ただわたしは、藤村にひとつだけ弱みを握られている。

 もちろんわたしも藤村の弱みを握っているのでおあいこなんだけどね。


 修学旅行に行く少し前のことだけど、一時間だけ自習になった日があった。

 立ち歩くのは禁止なので、近くの席の人と小声で話すくらいしか自由にならない。

 その時わたしは後ろを向いて、藤村と修学旅行の班のメンバーについて情報交換をしていた。

 女子四人男子四人がひと組の八人グループになるのだけど、藤村と遥以外の二人の男子は、初めて同じクラスになったメンバーだったから少し不安もあった。

 藤村の話だと、どの人もいい人みたいだったので一安心したところに、彼から唐突な質問が舞い込んだのだ。


「なあなあ、蔵城。おまえ、堂野と付き合ってるんだろ? いいなあ、好きな奴と一緒の班で……」


 と、急に声のトーンを抑えて、ぼそぼそとそんなことをのたまうのだ。


「ええっ? 何言ってるんだか……。そんなことあるわけないでしょ。藤村こそ、中野由美に気があるんじゃないの? 一緒の班で良かったじゃん」


 わたしも負けずに小さな声で言い返す。

 中野由美はうちのクラスの副委員長で、美人でとっても優しい女の子。

 休み時間に藤村と楽しそうにおしゃべりしているのを目撃した時、ピンときたのだ。


「ナカノ? 別にあいつのことはなんとも思ってないけど……。っておまえ、堂野のこと好きなんだろ? だってこの前、あいつの家に泊まっていたよな? 」


 ちょ、ちょっと。藤村ったら声が大きいよ。

 泊まったとか言わないで。誤解されるじゃない。


「あ、あれはたまたま、遥と一緒にビデオ見てて、気がついたら朝になってたってだけだよ。だーかーらー。遥は親戚だって、いつも言ってるでしょ! 特別な相手じゃないって……」


 興奮のあまり、ついついわたしまで大声で叫びそうになるのを必死で抑える。


 実はあの日、明け方までビデオを見てたんだよね。

 気がついたらそのまま毛布だけ被って、遥んちのリビングで二人並んで、朝を迎えてしまった。

 毛布は綾子おばさんが掛けてくれたんだと思う。多分……。

 目が覚めたら隣のキッチンからハムの焼けるいい匂いがして、まどろんでいたら玄関のチャイムが鳴って……。

 遥の脇腹辺りに頭を押し込むような形で寝ていたわたしは、音のするほうに、よっこらしょっと身を起こした。

 続いて、遥がおばさんにたたき起こされると、借りていた本を返しに来たという藤村が、リビングの中を覗きながら戸口に立っていたのだ。

 ぼーっとした起きぬけの顔で、テレビの前にのっそりと起き上がっているわたしたちを見て、藤村がニタニタしていたのを鮮明に思い出す。

 いくら遥と親友だからって、どうして藤村をリビングに通してしまったのと、おばさんを恨むのもお門違いだとわかっている。

 わかっているけど……。

 要は、わたしがちゃんと、おばあちゃんの部屋に戻らなかったのが悪いのだ。

 でも。だからと言って、なんで藤村にわたしの好きな人を教えないといけないのだろうか? 

 そんな義務も必要性も全くないのだから、ここはわざと曖昧な答えを出して、うやむやにしておこうと思ったのもつかの間、藤村が先に爆弾宣言を始めてしまった。


「じゃあ俺の好きな奴、先に教えるからな。そ、その……。よ、四組の……。おまえも良く知ってる六年のとき同じクラスだった……。夢美……なんだ」


 わたしは驚きで声もでないまま、藤村を穴が開くほど見つめてしまった。


「蔵城……。夢美の奴、誰か好きな人とかいるのかな? 俺のこと、どう思ってるんだろ」


 そういうことだったのか。

 わたしが夢美と仲がいいのを知っている藤村は、夢美との仲を取り持って欲しいのだ。

 でもそれは無理な相談。

 夢美は藤村の親友である遥が好きなのだからこの話に未来はない。

 ってなわけで、藤村くん。あんた、脈なんてこれっぽっちもないですから。残念でした。

 返事に困って黙り込んでいるわたしに、藤村は追い討ちをかける。


「ところで、蔵城は誰が好きなの? 俺も教えたんだからおまえも教えろよ。堂野でないとなると……俺か? 」


 なんでそうなる。

 遥といい、藤村といい。ちょっと自分がモテるからって、そんな風に決め付けないの!


「残念でした。ハズレ。……誰にも言わない? ホントに? 」


 藤村の好きな人を知ってしまった以上、わたしも誰かの名を挙げないとそれは不公平というもの。

 わたしはあれこれ考えた挙句、隣のクラスのスポーツ万能、そして甘いマスクの人気者、大河内大輔を思い浮かべると、彼の名をそっと告げた。

 彼だったら、罪はないだろう。

 去年同じクラスだったけど、あまりにも人気者すぎて、少々名が挙がったところで誰も本気にしないし、カモフラージュには最適だと思ったから。

 それに、大河内はとてもいい奴なんだ。

 朝の読書タイムで読む本の交換をしたり、恋愛物のハリウッド映画の話をしたり……。

 意外にも趣味が似ていたので、そこそこ仲の良かった相手だったから、全くの嘘でもない。

 まさか、わたしの好きな人はやっぱり遥なんだよなんて、今さら恥ずかしくて口が裂けても言えないしね。

 藤村に冷やかされるのだけは避けたかった。


 それからというもの、わたしと藤村は、秘密を共有している者同士ならではの奇妙な連帯感を持ちつつ、お互いを監視し合うという間柄になっていたのだった。


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