2.朝の祈り その2
夢美は向かい合ったわたしの手を取って二人の間の顔の位置まで持ってくると、目を閉じてぶつぶつと何やらお願いを唱え始めたのだ。
ぎゅっと閉じたまつげを時々震わせ、あまりにも真剣に、もにゃもにゃとつぶやいているので、おかしくてついつい笑ってしまいそうになった。
これ以上彼女を見ていたら、本気で笑いのツボに嵌ってしまう。
いけない、いけない。
そうなる前に目を閉じなければ、夢美を傷付けてしまうしね。
笑い出す前におまじないの儀式に参加できたわたしは、夢美と同じクラスになれますようにと、見よう見まねで心の中でそっとつぶやいてみた。
これくらい願えばもう十分だろうと目を開けると、まだ彼女は、お願いの真っ最中だった。
くせ毛のくるんとカールした長い髪をゆるく二つに結び、白い肌にほんのり薄く色付いたピンク色の頬は、女のわたしから見てもかわいらしいと思う。
わたしもこんな風に、ふわふわとした雰囲気をまとった、リボンやレースの似合う女の子になりたかったなと思いながら、目の前の夢美に見とれていた。
わたしは……と言えば、肩の少し上で切りそろえられた何の変哲もないスクールカット風のヘアスタイルで、おまけに文化部なのに、なぜか肌がこんがりと日焼けしている。
今まであまり気にしなかった自分の外見に、最近はコンプレックスを感じ始めていた。
そして、そんな自分自身の心の変化に、私自身、少し戸惑ってもいた。
真剣に祈り続けている夢美をよそに、あれこれと思いをめぐらしている最中、耳元でクックックッと笑う声がした。
この声の主は。やはりあいつしかいない。
遥だ。
「おまえら気持ちわるっ。女同士で手なんかつなぎやがって。なあなあ、いったい何やってるんだよ」
「そんなの見ればわかるでしょ? 」
「ははん、クラス分けのおまじないか? 」
遥は腕を組み、横柄な態度でそう言った。
「そうよ。悪い? 」
「別に」
「じゃあ、ほっといてよ」
「けどさ、今さらお願いしたって、間に合うわけないだろ」
「どうして? まだ発表されてないんだよ? 」
「ったく、おまえっていつまでたっても成長しないんだな。あのな、もうとっくに、クラスなんてものは、決まってるんだよ。春休みの間に先生たちが会議して、確定済み。はーい、残念っ! 」
遥の言うことにも一理ある。まさしくその通りだ。
だが、しかし。
乙女のささやかなお願いの儀式に口を出すのは、いくら彼であっても許せない。
「はる……いや、堂野君。この神聖な儀式に何か文句でも? それとも、あんたも一緒にやりたかった? 」
こう言っておけば、男としてのプライドが許さない遥は、今すぐにでもここから逃げ出すだろう。
目の前の夢美が目をまんまるにして、言葉を失くしている。
まかせて。ここは彼女の親友であるわたしの腕の見せ所なんだから。
こんなやつに好き勝手言わせておく道理はないからね。
中学生になってからは、遥との会話は減る一方だった。
今、彼に話しかけられて、実のところは嬉しくて天にも昇りそうな気分なのだけれど、夢美に悟られないように冷静に彼とわたり合わなくてはいけない。
なのに、今日の遥は。いつもと違った。
「それは光栄だな。じゃあ俺も仲間に入れてもらおっかなー? 」
な、なんだって? まだここにいる、だって?
さっき、言ったじゃない。もうクラスは決まってるのだから、今さら祈っても無駄だって。
なのに、遥ときたら何を考えているのだろう……。
まさか遥が、こんなにも執拗に絡んでくるとは思わなかったので、たちまち返事に困る。
けれど、彼の目を見れば一目瞭然。あきらかに、わたしたちをからかっているのがわかった。
いや、わたしたち、ではなくて、わたしをからかっている。
でも自称オトナなわたしは、取り乱すことなくゆっくりと遥の手を取った。
いやだ。ドキドキするじゃない。
昔から、手くらい、いつも繋いでいたんだし。今更驚くことでもなんでもない。
落ち着け、落ち着くんだ。
くれぐれも夢美と遥の二人に心の内を気付かれないように、慎重にやらなければいけないのに。
わたしの心臓は、ありえないほど激しくドキドキと早鐘を打つ。
三人の手を重ね合わせようとしたその瞬間、夢美と遥が急に手を引っ込めた。
二人を見るとどことなく頬が紅い。
これって、もしかして……。
この二人は怪しいってこと? お互いに意識し合っているってこと?
夢美が遥に恋をしているのは知っていたけど、遥も夢美のことを?
それが事実ならば、ここでわたしは顔面蒼白になって、この場から逃げ出さなければいけない状況のはず。
こんなところにいつまでもいて、二人の邪魔をしてはいけないのに。
でも身体が動かなくて。逃げ出したいのに、足が言うことをきかなくて。
何も気付かないふりをして、そこに立っている。
そう。まだ誰にも言ってないけれど。
わたしも遥のことが。実は、好きだったり……するのだ。