18.テレビごっこ その1
お馴染みのプロダクションに所属している人気お笑いタレントや芸人がこぞって出演しているこの番組は、一般視聴者の投稿はがきを再現して笑いを誘う構成の、二時間特別番組だった。
出演者の中にも、何を言っても全くウケない若手から、そこにいるだけでおもしろい味をかもし出すベテランまで、様々なタイプの人がいる。
聞きなれたギャグが飛び出すと連鎖反応のように笑ってしまうが、こうやってじっくり見てみると、結構おもしろい番組だと気付く。
わたしとしたことが、もうすでに遥に感化されてしまったようだ。
でも遥は、わたしとは別のところで、笑ったり感心したりしているそぶりを見せる。
あっ、この人のコントは、次でお決まりのギャグとポーズがあるはず。
そう思っていても遥はそこでは笑わずに腕を組んで思案顔になっている。
いったいどこを見て、何を楽しんでいるのだろう……。
わたしはそれとなく遥の目線をチェックしてみた。
ギャグとギャグの合間や、司会進行のベテランタレントの動き、カメラワークが引いて全体が映った時などを真剣に見ている。
ひな壇上の座席から突っ込みを入れる芸人の見事な間合いにもひどく共感している。
何、それ……。
遥ったら、お笑いそのものは、あまり見てないじゃない。
わたしは在籍している文芸読書部で、放送劇用の脚本を書いたことがある。
その時にいろいろ調べて、テレビやラジオ番組の成り立ちを学んだ。
どんな番組にも脚本を手がける人がいて、それを表現するために集団をまとめて形にしていく監督や演出家、プロデューサーがいる。
もしかしたら遥は制作方面に興味があるってことなのかな?
食い入るように画面を見つめる遥に、疑問をぶつけた。
「遥って、もしかしてだけど。番組作りに興味があるのかな? 」
突然の質問に何故か驚いたようにわたしを見て、そして固まった。
「…………」
やっぱり……。図星だったみたいだ。
「ふーん。そうなんだ。だって、遥の笑うところ、わたしと全然違うんだもん。まるで監督みたい。だから、放送作家とかプロデューサーになりたいんじゃないのかなって思った」
「放送作家は、そっちだろ? 去年の文化祭の放送部との合同発表、あれはよかったな。柊があそこまで文章を操れるとは思わなかったから、本気で驚いた」
「え? そうだったの? なら、ちょっと嬉しいかも。それならそうと、もっと早く言ってよ」
今ごろ褒めてくれたって、嬉しさ半減ってとこかな。
文化祭が終わった後、すぐに言ってくれてたら、今年も何か書いていたかもしれないのに。
おだてられれば、わたしは木どころか、雲の上にまで乗ってしまう人間だってこと、遥はまだ知らないようだ。
「前に言ったと思ったけど……。あれ? 言ってなかったか? 」
「何も言ってないって。だって去年は、遥とはこんな風に仲良くなかったもん。ほとんど会話らしい会話はなかったし」
「そう言えば、そうだな。まあ、いいじゃないか、済んだことだし。で、俺はどっちかといえば、プロデューサーかな。以前からテレビ局の仕事に興味はあるよ。うまいもんの食べ歩きの番組作って、じいさんの和菓子を紹介するのもいいかもな? 」
冗談とも本気とも取れるようなことを言う。
「それって、職権乱用っていうんでしょ? 第一、遥は和菓子に興味ないんじゃなかったっけ? 」
「だから柊がうまいこと脚本作って、希美香にレポートさせればいいだろ? あっ……。もちろん、モテモテ、イケメンの俺様だけど、間違っても俳優・タレント志望ではないですから、ご安心を」
誰もそんなこと言ってないですから……。
一歩間違えたら、今の遥の発言は、世の中の全部の人を敵に回しかねない、とても危険な言い回しだ。
けれども、ぎりぎりコードで迫ってくる遥のその鼻持ちならないセリフですら、恋愛重症患者のわたしは完全に否定することができないのだ。
だってこのごろ、本当に彼がカッコよく素敵に見えてしまう。
ふと気付けば見とれてるなんてことはしょっちゅうだ。
くれぐれも遥本人や、周囲の人にバレないように気をつけないとね。
「あっ、そうだ。実はさあ、俺、ホームビデオでちょっとだけドキュメンタリー風の映像を作ったことがあるんだ。持ってくるから見てくれる? 」
そういえば親戚の集まりや希美ちゃんと遊んでいる時に、遥にカメラを向けられていることがあったような気がする。
遥は立ち上がり、ビデオを取りに母屋に向かった。
リビングにある裏戸を開けて部屋を出て行くその姿を見てると、どこかいつもと違うような気がする。
でもどこがどう違うのかわからない。気のせいだろうか。
わたしったら、本当に重症な恋の病に罹ってしまったようだ。
どんなに小さな行動であっても、遥から目が離せないのだ。
いつまでも彼を見ていたい、そんな不思議な感情に振り回されている。
でも裏戸を開けて外に出る時、遥が少しかがんだように見えたのは見間違いなんかじゃない。
そこは少し天井が低くなっているので、表玄関のドアよりも、戸口が小さくて狭い。
けれども俊介おじさん以外は、みんな楽々通れるはずなのだ。
なんで遥が腰を曲げる必要があるのか疑問が膨らむ。
わたしは165センチだけど、余裕で通れる。
遥はわたしより高くて2センチほどの違いだったはずだから、どう考えても彼の行動は不可解だ。
わたしは首をかしげながら、遥が戻ってくるのを待っていた。
そして、お待たせと言って入ってくる彼を見て目を疑った。
彼の頭の上が……。ギリギリっぽく天井が迫ってくる。
戸枠の上部に頭をこすったように見えた。
当時はDVDもありましたが、まだビデオデッキも活躍している時代でした。