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こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第一章 めばえ
17/70

17.こたつ その2

 にもかかわらず、彼のお気に入りのテレビ番組のビデオ予約は完璧で、おばあちゃんのビデオまで我が物顔で予約ランプを点灯させる有様だ。

 いつそれを見るのか……。

 あれほどの立派な成績を維持しながら、はたまたどこにそんな時間があるのかは、今もって謎だ。


「ねえ、遥。ちょっと訊いてもいい? あのさあ、その録画したビデオ、いつ見てんの? 」


 謎が知りたくて、ことの真相に迫ってみることにした。

 相手に警戒させず、さりげなく聞き出すのがポイントだ。


「夜中に宿題やりながら見てる。主に金、土の晩に、みんなが寝静まってから、離れのリビングでCMぶっとばしながら見るのがいいんだよな」

「ふーん、そうなんだ」


 金曜日と土曜日の夜更かしが決め手のようだ。

 しかし、それはわたしにとっては一番難しい勉強法だと思う。

 テレビを見ながら勉強だなんて絶対に無理だし、週末はより一層眠くて眠くて、テレビなんて見ていられない。

 勉強なんてもってのほかだ。

 数学の問題をほんの一行読んだだけで、瞬時に眠ってしまう自信がある。


「そうだ。今夜、柊も見に来ないか? 今週の特番が二つほどたまってるんだ。うちの父さんも母さんもノリ悪すぎなんだよな。希美香は料理番組にしか興味ないし……。俺あの家ですんごい疎外感、味わってる。ねえ、お願い、ひいらぎさま。一緒に見ようよ、ね? 」


 両手をこすり合わせて拝んでくれても困るんだけど。

 もちろん、丁重にお断りした。

 どうも遥の好きなお笑い系の特番はあまり好みじゃないのよね。

 どちらかと言えば音楽番組か、ドロドロ愛憎系のラブロマンス、もしくはサスペンスドラマがいい。

 そして、夜中にビデオなんて見ようものなら、あっという間に寝てしまうのがオチだ。

 などと考えていたものの、わたしはその時、自分のおかれているすごいスペシャルな状況に、突如気付いたのだ。

 世間一般でいう所のあこがれの君は、わたしにとっては、今、目の前にいる堂野遥があてはまる訳だ。

 彼はクラスの人気者で、女の子達のあこがれナンバースリーにも選ばれている。

 彼と付き合ってみたいとか、一度でいいからデートしてみたいと、目をハートマークにさせながら噂話をしているライバル達に何度も遭遇した。

 つまりわたしは、そのみんなの望みをいつしか知らない間に、全部経験させてもらってるってことになる。

 もちろんおばあちゃん付きだけど、こうやって毎日遥と会って、一緒に晩御飯を食べたり、勉強したりしている。

 今夜もビデオ鑑賞会と言う名のデートに誘われた。

 前向きに考えると、これってすごい贅沢で幸せな状況ではないのだろうか……と思うのだ。

 いつしかひとりでに笑みが浮かび、せっかくのこのチャンスに甘んじてもいいのではないかと思い直す。


「ねえねえ遥。やっぱりさっきの返事、取り消すよ。今夜、一緒にビデオを見る。その代わり、今度はわたしのお気に入りのドラマも一緒に見てよ」

「えっ? ドラマ? 」

「そう。だって、うちの両親ったらドラマ嫌いでさ、いつもバラエティーばっかりなんだ。ほんと、ノリ悪すぎ! あんたの両親と入れ替わってたらよかったのにね……」


 危ない危ない……。せっかくの願っても無いチャンスをもう少しでフイにするところだった。

 夜中のビデオ鑑賞デートなんて普通ならそう簡単に出来るもんじゃないからね。こういう時、親族でよかったなと思う。

 全く他人の男子同級生の家に、それも夜中、娘をホイホイ行かせる親がどこにいる? 

 遥の家なら、わたしがそのまま一生入り浸っても、誰も何も言わないだろう。ノープロブレムだ。

 おばあちゃんの部屋からうちに電話をかけて、今夜はこっちに泊まると知らせた。

 それなら少々夜更かししても叱られないしね。


 ところがいつもなら二つ返事でオッケーなのに、今夜に限ってなんだかんだ言ってくる。


『ひいらぎ! おばあちゃんに迷惑だよ。だから今夜は帰ってらっしゃい』

「ええっ! なんでだめなの? おばあちゃんに絶対迷惑かけないから……。それに遥と夜にビデオを見る約束したのに。母さん、お願い! 」

『それがダメだっていうの! あんたもそろそろ遠慮というものを学ばなきゃダメよ。それにいつまでも二人とも子供じゃないんだから、そんな夜にビデオなんて……。ケジメは大事だからね。今夜は帰って来なさい! 』


 わたしは、思ってもみない母さんの返答に言葉を失った。

 恨めしそうに遥に目を向ける。

 ピンチを察した遥は、わたしから受話器を奪い、いまだかつて聞いたこともないようなバカ丁寧な敬語を使って、うちの母親と話し始めた。


「すみません。俺が強引にひいらぎを誘ったんです。合唱コンクールや文化祭の打ち合わせもしたいので、ビデオを見ながら話を進めていこうと思って……。心配しないで下さい。はい……離れのリビングです。両親もいるので大丈夫です……」


 わたしは横でこっそりと声を立てずに、お腹を抱えて笑っていた。

 遥の不自然なそのしゃべり方がおかしくて仕方ないのだ。

 きっと母さんは仰天して言葉も出ないだろう。

 今まで電話でうちの母さんと話しても、ああとかうんしか言わなかった遥が、よそ行きの言葉を使って話している。

 それに打ち合わせって、何? 

 そんな話、ちっとも聞いていないし。

 さすが委員長だね。

 ただお笑い番組を見るだけなのに、大人を納得させるツボを知ってるこいつは、ほんとにただ者じゃない。


「……というわけで、おばちゃん、いいって言ってくれた。おまえ、言い方へたくそだもんな。ふっふっふっふ……。今夜は楽しみだなあ。俺のお笑いの原点を、よーくおまえに伝授するからな。絶対に途中で寝るなよ! 」

「わかったってば。寝ないように、指で目を開いておくからさ。にしても遥ってすごいな。あれだけ反対してた母さんをすぐに納得させるんだもん」

「あたりまえだ。俺の明晰な頭脳は、すべての行動に活かされるんだよ」


 はいはい、あんたにはかないませんとも。遥のおかげです。

 ああ、おばあちゃんがお風呂に行ってる間で助かった。

 だってこんな嘘つき遥の実態を知ったら、おばあちゃんの寿命が五年は縮まるに違いないからね。


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