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こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第一章 めばえ
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16.こたつ その1

 学校の宿題と塾の高校受験対策夏期講習に追われて、瞬く間に夏休みは終わり、二学期もすでに十月半ばを迎えていた。

 体育大会に修学旅行。

 合唱コンクールに文化祭。

 中学校生活最後の華々しい行事が次から次へと目白押しだ。

 わたしは何かにつき動かされるように、どの行事にも一生懸命取り組んだ。

 去年まではいやいややっていたことも、これが最後だと思うとなぜか前向きになれる。

 ところが周りの皆が受験勉強にスパートをかけ始めるのも、悲しいかなこの時期ときている。

 係りの分担を決めるのも一苦労になってきた。

 毎日のように塾に通う人や家庭教師が家で待ち構えている人もいる。

 通信教育の教材がたまってしまった人も必死で言い訳をする……。

 それぞれが様々な理由を掲げ、役割を放棄しようとするのだ。

 中でも、必要不可欠なポジションである、合唱コンクールの指揮者とピアノ伴奏の正式担当がなかなか決まらない。

 この低迷した士気の上がらない状況を早くどうにかしなければと思うのだが、いい解決策が思いつかない。

 そうだ、こうなったらわたしがピアノ伴奏を引き受ければいいのではないか。

 合唱練習の時にクラス推薦を受けて弾いているので、本番も出来ると思う。


「委員長。あの、もしよければ、わたしがピアノ伴奏やります。みんな忙しそうだし……」


 恥ずかしかったけど、立候補してみた。


「じゃあ、俺は指揮をやります! 」

 

 わたしの後ろの席に座っている藤村直輝が同じように痺れを切らせたのか、自ら名乗りを上げた。

 すると副委員長の中野さんが黒板にわたしと藤村の名前を書き、委員長が皆にそれでいいかと問う。

 もちろん、反対の意見がでるはずもなくすぐに可決され、クラスのみんなの安堵のため息と共に、延長していた学級会議がようやく終わりを告げる。

 会議を進行していたのはクラス委員長の堂野遥。

 もしこのまま担当が決まらなければ、ピアノ伴奏は強引にわたしに押し付けて、指揮は自分がやるしかないと、内心はひどくあせっていたらしい。

 委員長はそれでなくてもその後の文化祭の重要な担当を受け持っているので、超が付くほど多忙を極める。

 できるだけみんなで分担してそれぞれの役割を担って欲しかったと、その日の夜、おばあちゃんの部屋のこたつでくつろぎながら、まだ少し青いミカンを口に運びつつ遥がぼやいていた。


 十月なのに、おばあちゃんはもうこたつを出している。

 黄色い水玉模様のカバーで覆われたこたつ布団が、少し冷え込む秋の夜、罪なことにわたしを至上の楽園にこまねいてくれるのだ。

 一応勉強道具を抱えてここに来ているのだけど、三十分もしないうちに、温もった足元に誘われるように、夢の中をさまよってしまう。

 すると決まって遥がこたつの中のわたしの足に蹴りを入れて起きろと怒鳴る。

 至福の時を奪われたわたしは、たちまち不機嫌になり、仕返しの蹴りを入れた瞬間、こたつ内での格闘技決戦が幕開けとなるのだ。

 同じこたつで編み物をしながらわたしたちの様子を見守っているおばあちゃんに、やめなさいと一喝されて、また勉強を再開させるというのが、最近のわたしたちのおおまかな日課になっている。


 中二まであれほど疎遠になっていた遥なのに、最近はこうやって一緒にいることが多くなった。

 というのも遥の母親である綾子おばさんが、体調が悪いのを理由に夏に仕事を辞めて以来、ずっと家にいるようになったせいだという。

 おばさんがいろいろうるさくてうざいから、おばあちゃんのいる母屋に入り浸っているというのがあいつの弁だ。

 でも、おばさんが仕事を辞めた本当の理由は、赤ちゃんが出来たから。

 切迫流産という症状が出て、夏休みの後半からひと月入院した後、今は家で様子を見ながら療養している。

 家事も最低限のことしかしてはいけないと先生に釘を刺されているから、遥も家の手伝いをしなくてはならないらしい。

 おばさんのお腹に赤ちゃんが出来たと聞いた時、まるで自分の妹が生まれてくるような気がして、その場で小躍りをしてしまうほど嬉しかった。

 性別はまだわからないけれど、なぜかわたしはその子が女の子であると決め付けて、名前まであれこれ考えている。

 (かえで)ちゃんとか(もみじ)ちゃん。桜ちゃんもいいな。

 だってこれだと、わたしの本当の妹みたいに聞こえるでしょ? 

 辞書をめくって、かわいい名前を考えている時が、今は一番楽しい。

 

 けれど、ここはやはり男女の違いなのだろうか。

 思春期真っ只中の遥にとっては、あまり触れて欲しくない話題のようで、クラスメイトはまだ誰もそのことは知らない。


「母さんの妊娠のことをクラスでバラしてみろ、ただではおかないからな! 絶対に誰にも言うな! 」


 というのが遥の言い分で、中三にもなって弟や妹が産まれるのはとても恥ずかしいことなんだそうだ。

 そんなことないのにと言っても全く聞く耳を持たない。

 そのうちおばさんのお腹もふくらんでくるから隠し通せないのにね。

 そんな風に恥ずかしがる遥をからかうのも、ちょっぴりおもしろかったりする。


 かと思えば、いつの間に勉強しているのだろうか。

 遥は驚くほど成績がいい。

 小学生の頃はわたしの方が良かったのに、今は完敗だ。

 一学期の通知表をおばあちゃんに頼んでこっそり見せてもらったら、五ばっかり並んでた。

 英語と音楽だけ四であとはみんな五。

 その英語もきっと今学期は五になると思う。

 だって、先週の中間テストで満点だったからね。

 わたしは英語が大好きなので、自信満々に臨んだテストだったのに、九十二点だった。

 がっかりだ。


 一度でいいから遥の頭の中を覗いてみたい。 

 そして、細胞をひとつ分けてもらって、わたしの脳に埋め込んで欲しい。

 わたしの成績はあまり言いたくないけど、三、四、五、が彩りよく並んでいる。

 母さんに遥の成績のすばらしさを報告したら、おばあちゃんの家で勉強するついでに、彼の必殺勉強隠し技を盗んで来いと鼻息も荒くスパイ指令を出された。

 もちろんわたしもその命令は喜んで遂行するつもりだ。

 ところが遥ときたら、別段変わった勉強法を隠し持ってるわけでもなく、時折教科書を見て何かブツブツ言って空中を見上げておしまい、といった感じのシンプルなやり方しか見せない。

 英単語と漢字はおばあちゃんが集めているチラシの裏が白い紙にぐちゃぐちゃっと書きなぐってすぐに終了してしまう。

 これでは隠し技でも何でもない。

 わたしが日常的に取り組んでいる勉強法より乱暴で雑だ。

 と言うことは……。

 きっと誰も見ていない夜中に秘策を講じているに違いないと、わたしなりの結論を導き出した。



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