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こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第一章 めばえ
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14.修行 その1

 遥が東京から帰ってきたのは、祭りの日から二日経った昼前だった。

 帰ってくるなりジャージに着替えると、部活にまだ間に合うと言って家を飛び出して行ったらしい。

 だから彼とはまだ何も話していない。


 昨日の朝、正確には早朝の六時前ごろに、わたしの枕元の電話が鳴った。

 両親が起き出す前にあわてて子機の通話ボタンを押すと、前夜別れたばかりの遥の声が妙になつかしくわたしの耳に響く。

 そんなわたしの不安などよそに、結構快適なバスの旅だったと明るく元気な声が返ってくる。

 今から堂野のおじいさんの家に行くと宣言した遥は、とてもきっぱりとしていて、迷いなど少しも感じられなかった。

 姿は見えないけれど、男らしくて頼もしく思えた。

 そして今夜また、夜行バスでトンボ返りするとだけ言って電話は切れたのだ。


 ところがさっきの綾子おばさんの話では、バスではなく新幹線に乗って帰って来たと言う。

 ということは……。東京のおじいさんの家に一泊したということなのだろうか。


 遥の東京のおじいさんの家というのは、綾子おばさんの実家のことだ。

 昔から和菓子屋さんを営んでいて、都内では結構有名な老舗でもある。

 大手デパートにも一部出店していて、売上が徐々に伸びてきているらしい。

 わたしも六年生の夏休みに、一緒に連れて行ってもらったことがある。

 本店や、銀座のデパート内の店舗にも案内してもらったけど、前日に行ったテーマパークの印象が強烈すぎて、あまり店のことは覚えていないというのが正直な感想だ。

 遥のおばあさんは、とても若くて上品な感じの人だった。

 おじいさんは大きな身体をしているのに、静かな優しそうな目をした人だったのを覚えている。


 わたしはともかく、遥は和菓子に関しては、食べることも店の経営のことも何も興味がないようで、広いお屋敷のような家の廊下を走り回ったり、土蔵の中を探検したり、大人が知ったら腰を抜かすようなとんでもないイタズラまで、思いつく限りの悪行を満喫した夏休みだった。

 大事そうな古い掛け軸の紐を引きちぎってしまった時の遥のあわてようは、今でもはっきりと目に焼きついている。

 そんな兄とは反対に、妹の希美香は、和菓子を見るのも食べるのも大好きで、おばあさんにくっついて工場の方まで見学に行ったり、おじいさんと家でケーキを焼いたりして、遥とは興味の矛先が全く違っていた。

 店舗ではカステラ類も販売しているので、店にはおいていない洋風のケーキも、おじいさんはとても器用においしく作ってくれた。


 遥が東京に行ったのには、きっと何かわけがあるにちがいない。

 ひょっとしたら、いや多分、一昨日、綾子おばさんが言っていた遥の将来にかかわることが、関連しているのではないかと思う。

 難しいことはわからないが、遥がその和菓子屋の跡取りであることは、おぼろげながらにも理解できる。

 まさか中学を卒業したらすぐに、和菓子屋の跡取りになるための修行をしなくてはならない、なんてことはないよね?

 親方にののしられ、番頭になじられ。

 涙を見せまいと必死に歯を食いしばって修行に耐える、けなげな少年……遥。

 これって、明治、大正時代が舞台の連続テレビドラマの見過ぎだってことはわかっている。

 でもわたしの乏しい人生経験では、こんなことしか想像できない。

 だって遥に他の選択肢があるなんて、考えられないんだもの。

 おじさんとおばさんは、そろそろ遥を上京させて、修行させようと密談していたにちがいない。

 現実とも空想ともとれる目の前に迫る遥の試練に、暑さも忘れて思わず身震いをしてしまった。



 日も暮れかかったころ、表の戸が開く音が聞こえた。

 誰が来たのだろうか。おばあちゃんかな? 

 そしてすぐに、わたしの部屋の前でその誰かの足音が止まった。


「おれ……。入ってもいいか? 」


 遥の声だ。心臓が止まるかと思うほど、びっくりした。


「……いいよ」


 待ち構えていたと思われないように、少し間を空けて返事をする。

 出来るだけ普段と変わらない態度で接しようと思う。

 たった今まで勉強してましたと言わんばかりの顔をして、しぶしぶ遥を部屋に招き入れるフリをした。

 こんな大事件に巻き込んで、わたしをこんなにも心配させたこの目の前の男。

 ちょっとやそっとで許してはいけない。

 ここは心を鬼にして、彼と向き合う必要がある。

 

「さっき、柊のおばちゃんがうちに来てた。今夜は、ばあちゃんのところで夕食らしい」

「ふーん。そうなんだ。で、何か用? 」


 あくまでもそっけなく訊ねる。

 わたしから逃亡の詳細を訊くのは、なんだか悔しい気がする。


「ちょっとな……」


 そう言って畳の上に寝転がり、黙りこんだまま天井を見ている。

 いったいどう言うつもりだろう。用があるなら、さっさと言えばいいのにといらいらする。


 早く東京で起こったいろいろなことを知りたい。

 わたしからは絶対に訊いてあげないから。

 ……けれどもう我慢の限界がやってきた。

 真実が知りたくてたまらないわたしは、外堀を崩すべく、遠まわしに質問を開始した。


「そうそう。ねえ、遥。なんか綾子おばちゃん元気ないけど、大丈夫? 」


 最近、元気がないおばちゃんのことは、本当に心配だ。

 それが遥の家出のせいなのか、病気のせいなのか。

 その辺から事の本質に迫っていけば、すべてがわかるかもしれない。


 けれど本当は、東京であったことが真っ先に知りたいのだ。

 そんなことなど、これっぽっちもおくびにも出さない遥に対抗するように、わたしもノートに単語を書き続け、知りたがりオーラをひた隠しにした。



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