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こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第一章 めばえ
13/70

13.うそ

 花火も終わり、夏祭り会場の人足も途絶えた頃。

 家にもどると、やはりというべきか、当然というべきか……。騒動が巻き起こっていた。

 わたしより少し前に戻っていた母さんのところに、綾子おばさんが、遥を知らないかと相談に来たらしい。

 寝ているはずの遥が、部屋に居ないというのだ。

 もちろん居ないに決まっている。

 わたしが遥を最後に見送った張本人なのだから。

 今ごろはもう、遥は電車の中だ。

 もしかしたら、バスターミナルのある駅にすでに着いているかもしれない。

 時計を見ると約束の十一時までには、まだ間がある。

 今バレると、きっと遥は連れ戻されてしまうので、くれぐれも誰にも悟られないようにしなくてはいけない。


「ねえ、柊。はるくん、具合が悪かったの? 」


 夕方の騒動を知らない母さんは、当然遥も元気に祭りに参加しているものと思っていたみたいだ。


「う、うん。夏バテだった……みたい」


 バス発車時まで限定の、遥のニセ病状を、ためらいがちに告げた。


「いったい、どこに行っちゃったのかしらね? 」

「き、きっと、体調が良くなって、お祭りに途中から行ったんだと、思う。さっき、見かけたし……」


 これは本当だ。確かに見かけた。


「え? ホント? じゃあ綾子さんにそう伝えてきて。綾子さん、この頃体調が悪いから。これ以上心配させるとまずいわ。さあ、早く行ってきなさい」


 わたしは母さんに追い出されるようにして、浴衣姿のまま遥の家に向った。

 母さんに嘘をつき、そして今度は綾子おばさんにも嘘を言いに行く。

 遥のことをおばさんに知らせると、そう……とだけ言って考え込んでいる。

 もちろんおばさんに笑顔はなかった。

 すでに何か感付いているのだろうか? 

 わたしはどこかすっきりしない気持ちのまま、おばあちゃんのいる母屋に向った。


 希美香はとっくに浴衣を脱いで、自分の部屋に戻っていた。

 わたしはまるでネジの切れかけたゼンマイ仕掛けのおもちゃのように、ゆっくりとした動作で帯を外し、のらりくらりと腰紐をほどいた。

 おばあちゃんが不思議そうな面持ちでわたしに訊ねる。


「どうしたんだい、柊。帯が苦しかったのかい? なんだか顔色が悪いね」


 違うよ、おばあちゃん。帯のせいなんかじゃないんだ。

 わたしは力なくふるふると首を横に振ることしかできない。

 おばあちゃん、お願いだから、これ以上話しかけないで。

 それでないと、わたしはもっともっと嘘を重ねなくちゃならなくなる。


「柊。これでも飲んでゆっくりしていきなさい。なんなら今夜はここに泊まっていくかい? 」


 おばあちゃんはガラスのコップに入った良く冷えた麦茶をわたしの前に差し出してくれた。

 ありがとうと言って受け取り、少しずつ冷んやりした麦茶を口に含む。

 おいしい。からからになった喉が、やっと息を吹き返した。

 傷や落書きがいっぱいある柱の上の方に、古い時計がある。

 あと二十分で十一時になる。

 おばあちゃんは着物用の横棒の長いハンガーを取り出して、わたしと希美香の着た浴衣を、しわをのばすようにしてそれにかけ、鴨居にぶらさげる。

 帯も同じように小さなハンガーにかけて吊るしてくれた。


「お盆にもう一度着るだろ? こうやっておくと汗と匂いが抜けるからね」


 おばあちゃんは、本当に手際がいい。

 今日もいろいろと村の頼まれごとをこなしていたのに、家に帰ってからも休む間もなくこうやって動き回っている。

 浴衣はもちろんおばあちゃんのお手製だし、料理の腕前も村一番だと聞いたことがある。

 何でも出来るおばあちゃんは、わたしや希美香にとって自慢のおばあちゃんだ。

 でも……。

 もうこれ以上黙っているのは無理。

 遥との約束を果たせそうにないと悟ったわたしは、ゴメンと心の中で彼に謝った。

 十一時までに、あと十数分残した時計をぼんやりと見上げ、忙しそうに立ち働いているおばあちゃんに聞こえるように話しかけた。


「おばあちゃん、遥のことだけど……」


 おばあちゃんは別に驚く様子もなく、まるでそうなるのがわかっていたかのようにゆっくりと振り返ると、いつもの優しい笑顔を向けてくれた。


「なんだい、柊。遥がどうかしたのかい? さっき綾子さんが、遥がいないと言ってたけどね……。まあ、あの子は男の子だし、もう大きいんだから、そんなに心配しなくても大丈夫だと思うけどね。それで。柊は何か知ってるのかい? 」

「うん……。遥、行っちゃった」

「行った? どこへ? 」


 おばあちゃんがその場にかがみこみ、わたしにも座るようにと、腕をゆっくりと引っ張る。


「東京……」


 わたしはおばあちゃんの目と同じ高さになるように膝をつき、そう言った。


「東京? ……ああ、そういうことかい」


 おばあちゃんはしばし何かを考えているように天井を見上げ、しばらくすると、わかったというように大きく頷く。


「それで、さっきから柊の様子がおかしかったんだね。で、そのことを、遥に口止めでもされてるのかい? 」

「そう……。わたし、心配してる綾子おばちゃんにも母さんにも、嘘ついちゃった……」


 さすがおばあちゃんだ。何もかもお見通しだったみたいだ。

 もうこれで何も隠していることはない。

 きっと今から、みんなに本当のことを知らせに行きなさいと言われて、おばあちゃんにも怒られるんだろうな、と覚悟を決めたのだが。


「遥も何か思うところがあったんだろ? 東京……か。綾子さんの実家にでも行くのかね。ねえ、柊。あの子のしたいようにさせてやろうか? 」

「お、おばあちゃん! 何言ってるの? 早くおじちゃんやおばちゃんたちに言わないと、遥、本当に行っちゃうよ。十一時発の夜行バスに乗るって言ってた。今なら駅に電話すれば、引き止めてもらえるかも! 」

「十一時か……。あと十分だね。十一時を過ぎたら離れに行って、綾子さんも心配だろうから、柊の口から本当のことを話してやりなさい。いいね」


 おばあちゃん! ホントにそれでいいの? 

 嘘のような本当の話しに、わたしはすぐには信じることが出来なかった。

 ということは。このまま遥の好きなようにさせてもいいんだね? 

 ああ、よかった。ありがとう、おばあちゃん。

 まるで自分のことのように嬉しくなる。


 この後、綾子おばさんに本当のことを話すと、別段驚きもせずに黙って頷いてくれた。

 きっとあの子、実家に行ったんだとおばあちゃんと同じことを言う。

 昨日の夜、おじさんとおばさんが話をしているのを、遥に聞かれたのかもしれないとも言っていた。

 詳しくは教えてもらえなかったけど、遥の将来にかかわることを二人は話していたらしい。

 それなら遥の取った突飛な行動も理解できる。


 せっかくおばあちゃんが、泊まっていくようにと言ってくれたのだけど、今夜は自分の部屋で眠ろうと決めた。

 だって、明日の朝、遥から電話がかかってくるかもしれないんだもの。

 遥の第一声を聞きたかった。そして彼の無事を確かめたい。


 自分の部屋に戻り、押入れから布団を出していつものように寝る準備をする。

 そして、電話の子機を枕元に置いて朝の連絡に備える。準備は万端だ。

 遥は今ごろどうしているのだろう。

 ちゃんと眠れているのかな。

 一人でさびしくないのかな……。


 目をつぶっても思い浮かぶのは遥のことばかりだ。

 どうか無事に東京に着きますように。

 そして、遥の望みが達成されますように。

 わたしは祈りながら、いつしか眠りについていた。


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