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こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第一章 めばえ
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11.逃亡計画

 ドアの前で一度大きく深呼吸をして、コンコンとノックする。


「……」


 返事はない。でも中に遥がいるのは間違いないのに。

 ドアに耳をくっつけて中の様子を窺ってみる。

 何も音がしない。

 寝てしまったのだろうか。


「遥、いるんでしょ? ここ開けて」


 出来るだけ優しく、今まで遥に聞かせたことのないような高い声で呼びかけてみた。

 きっと、何か面白くないことがあったんだ。それで機嫌が悪いのだろう。

 案外、一学期の成績が思わしくなかったので落ち込んでいるのかもしれない。

 が、それはありえないと気付く。

 定期テストの結果をこっそり覗き見した限りでは、成績が下がっている可能性はゼロだ。

 となると、友人とのもめごとか失恋? 

 よし。ここは、三ヶ月だけ年上であるわたしの出番だ。

 年下の手のかかる男の子の世話くらい、簡単簡単。

 遥の悩みならこのわたしが解決してあげよう。まかせておきなさい。

 ドアノブに手をかけた瞬間、突然ドアが開き、中からぬっと伸びてきた手がわたしの腕を掴まえたかと思うと、そのまま部屋にひきずりこまれた。


「ちょ、ちょっと、何すんの! 」

「いいから、黙って中に入って……」


 そして遥の部屋の中を見て再び驚くことになる。

 床には大きめのスポーツバックが広げられ、中に無造作にTシャツやズボンが放り込まれていた。

 何なの? この荷造りは。


「俺、今夜、逃亡するから……」

「と、逃亡? 」


 どういうこと? 遥をじっと眺めてみても、答えはそこにはなかった。


「お、おい。そんなに怖い顔すんなよ。ちょっと、考えてることがあるだけなんだ」

「でも、逃亡って、その、逃げるってことでしょ? 」

「ああ、そうだ。今夜。夜行バスで東京に行くことにした」

「東京? ちょっと待ってよ、東京って……」

「だから、俺がバスに乗り込んでから、みんなにそのことを言って欲しいんだけど……」

「へ? 何それ。おじちゃんとおばちゃんには黙ってここを出て行くの? 意味わかんないよ。ちゃんとワケを話してから行けば? 」


 それではまるで家出少年だ。何も言わずに東京まで行くだなんて、無謀すぎる。


「そうはいかないよ。だって今日は祭りだろ。本当のことを言ったら最後、絶対に村から出してもらえないに決まってる。どうしても今夜発ちたいから、柊の協力が必要なんだ。帰ったら理由を全部話すから……」


 いったいどうしたと言うのだろう……。

 今から東京に行くって、あまりにも急すぎる。

 ここから電車で一時間ほどのところにある駅から、夜十一時ごろ発って早朝に東京に着く人気の高速バス路線がある。

 それに乗るってことだよね? 

 けど、東京に行ってどうするのかな……。


「俺はこのあと、ますます気分が悪くなって、祭りに行けないことにするからな。九時ごろこっそり家を出るつもりだから、家の者を祭りの会場に留めておいてくれ」

「いや、だから、それは無理だって」

「特に希美香が忘れ物をうちに取りに帰ったりしないように、しっかり見張っておけよ! 」


 そ、そんな……。逃亡の片棒をかつげっていうの? このわたしが?


「わけも訊かないで、遥を逃亡させるわけにはいかないよ! いったい何があったの? どうして東京なの? 」

「今は言えない……。そんな簡単なことじゃないんだ。そうだ。じゃあ……。柊も一緒に行く? 行けばわかるよ」

「そんなあ……。理由もわからないのに行けないよ。そんなことしたら、大騒ぎになるって。……わかった。遥がそれほどまで言うのなら協力する。みんなになんて言われようとも、バスの出る十一時までは何も知らないふりしてる」


 これが彼を好きになった弱みとでもいうのだろうか……。

 遥のわけのわからない突然の暴挙にも、結局は同意してしまうのだから。


「ねえ、遥。ひとつだけお願いがあるんだけど」


 切羽詰った状況の彼に取引なんて卑怯かもしれないけど。

 でも、これだけは譲れない。


「東京に着いたら、うちに電話して。どんなに朝早くてもいいから。だってみんなが心配するもん……」

「うち? それってどっち? 柊の家か? それとも俺の家? 」


 わたしの家に電話するに決まってるじゃない。

 でも、何でそっちにかけるんだって訊かれたら何て答えればいいのだろう。

 わたしが遥のことを好きだって勘ぐられるのも恥ずかしいので、ここは彼に委ねるのが得策だ。


「どっちでもいいから。とにかく連絡すること! いい? わかったら早く寝る! 気分悪くて、今夜はお祭りに行けないんでしょ? 夏バテってことにしておいてあげるから」


 しぶしぶベッドに横になった遥にタオルケットを掛けてあげる。

 小学生の頃、一緒にくるまったことのある、ブルーのストライプのタオルケット。

 角がほつれているけれど、まだ現役バリバリのタオルケットだ。


「柊、助かるよ。そ、その……。一緒に夏祭りに行けなくて、ごめん……」

「はあ? 別にいいよ、そんなこと。中学生になってからは、いつも別行動だったじゃない。何よ、いまさら……」

「あはは。そうだよな。でも、今日の柊、ちょっとイケてるぞ。馬子にも衣装とは、ホントよく言ったもの……」

「ど、どの口がそんなことを言うの! 病人は黙って寝る! 」


 わたしは部屋に転がっていたバスケットボールを拾い上げると憎まれ口をたたく彼に力任せに投げつけた。


「おっと危ない。セーーフ! 」


 顔面すれすれのところで遥がボールを受け止める。


「じゃあ、よろしくな」


 片手を上げて、笑顔を向ける遥を見たとたん、心臓がトクトクと鳴り始めた。

 遥に見つめられるだけで、胸が苦しくなる。

 わたしは、きっと赤くなっているに違いない顔を隠すようにして、急いで遥の部屋を飛び出した。



 ……イケてるぞ? これって、浴衣姿のわたしを褒めてくれたのかな。

 おばあちゃんの帯の力は、やっぱりすごいよ。効果てきめんだ。


 それに、もし遥が東京に行かなかったら、わたしと一緒に祭り会場を回ってくれたってことだよね。

 やだ。嬉しすぎてまたもや胸がどきどきするじゃない。

 でも、今夜の祭りはクラスメイトもほとんどみんな来るはずだ。

 遥と二人で並んで歩いたりなんかしたら、すぐに噂になって、わたしの命が危なくなるのは目に見えているからね。

 なんてったって遥はモテモテなんだもの。

 遥を好きな女子の怨念を甘く見てはいけない。

 それにしても、最後のひとことは余計だと思った。

 わたしは馬子なんかじゃないんだからね。全く!



未成年の夜行バス乗車については≪15.修行 その2≫の後書きで見解を述べていますので、そちらを参照してください。(ネタバレを含みますので、15話の後に説明しています。)

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