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こんぺいとう  作者: 大平麻由理
第一章 めばえ
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1.朝の祈り その1

 石やコンクリートの塊がゴロゴロしているまだ舗装されていない道を、ゆっくりと下っていった。

 道の脇にはタンポポが咲いている。その周りにはスギナ。

 ゆらりと風になびくと葉っぱの香りがした。春の香りだ。

 学校までの道のりは歩いて三十分くらい。距離にして二キロメートルくらいだろうか。


 新しい住宅街が農村の一部にまで入り込んで来るのを、ずっとこの眼で見ながら育った。

ブルドーザーが小高い丘を切り崩し、ダンプが運んだ土を池に埋め田畑に盛り、宅地造成が進んでゆく。

 重機が木を切り倒し、地面をならす。基礎を築いてパネルを組み合わせるようにして家やマンションが出来上っていく。


 そうやって、何もないところにある日突然姿を現す建造物。

 本当に人間が造ったの? と思えるほど、魔法のように瞬く間に建物が完成する。

 人はこれを自然破壊というのかもしれないが、人間が生命を繋いでいくために野山を切り開き住処を求めたのは、何も今に始まったことではない。

 太古の昔から人はそうやって村を作り、街を作り、人間同士支え合って生きて来たのだ。


 このあたりも昔は蔵城(くらしろ)家の土地だったと聞く。

 今では他人の手に渡り、各地からやってきた人々がここに根を下ろし日々の生活を営んでいる。

 その住宅街と新たな造成地の北側にわたしの家がある。

 日本古来の農家の典型のようなそのたたずまいは、一見冷ややかで寂しそうにも見える。

 でも決してそうではない。


 友達の家のように、おしゃれな門やカラフルなガーデニングの庭はない。

 けれど、朝一番に母さんが雨戸を開ける時の少し引き連れたようなぎいっという音や、畳の青い匂い、父さんが廊下を歩くとかすかに鳴る窓ガラスのカタカタと震えるような音に、ふと心の安堵を覚えるのだ。


 家から数十メートルほど離れたところに同級生の(はるか)の家がある 

 同じような農家だが、うちとは決定的な違いがある。

 母屋の少し離れたところに建っている洋風のペンションみたいな小さな家に、遥の家族が住んでいるのだ。

 広い母屋には彼のおばあちゃんが一人で暮らしている。

 遥と妹の希美香(きみか)とおじさんおばさんの四人は、なぜかその小さな家に住んでいて、それはとても不思議な光景に思えた。

 あんなに部屋が余っているのに、どうしてみんなで一緒に母屋に住まないのかと遥に訊いたことがあった。

 さあ、俺は知らない……と気のない返事をもらって、ますます疑問が膨らむ。

 母さんから、嫁姑の問題を避けるため別所帯にしているのでは、と聞いた時、子供ながらになぜか納得した記憶がある。


 わたしの家の軒先と遥の家のとんがり屋根が見えなくなるところまで下りて来ると、急にあたりに住宅が増え始める。

 初めての信号を渡って真っ直ぐ三百メートルほど行ったところにようやく通い慣れた中学校が姿を現した。



 今日は始業式だ。中学校生活もあと一年を残すだけになった。

 ついこの間に入学したばかりだと思っていたのに。月日のたつのはなんて早いんだろう。

 昨日、父さんに同じことを言ったら、おまえそれでも中学生かとあきれた顔をされた。 

 わたしは少し、おばさんくさいところがあるらしい。


 登校して来た生徒は体育館に集合して、クラス分けの発表を待つことになっている。

 ここは中学校にしてはクラス数が少ないのかもしれない。というのも、一学年、たったの四クラスしかないからだ。

 でも、街の人口は確実に増加しているので、これから先は、生徒数も増えていくだろう。


 同じ小学校からこの中学に進学してきた人が多いので、知らない人は別の小学校だった人とわずかな転校生くらいだ。

 誰と同じクラスになってもお互いに良く知った仲だから、別段クラス替えに不安はない。

 周りで心配そうな顔をしている同級生には悪いけど、仲のいい友達とクラスが分かれても、その時は新しい出会いに期待すればいいと思っている。

 少しばかり、少女らしからぬ冷めた考えを持ったわたしは、やっぱりちょっと変わっているのかもしれない。


「ひいら! おはよう。あーーん。ひいらと同じクラスになれなかったら、あたし、どうしたらいい。この世の終わりだよね。絶対に耐えられない! ねっねっ。ひいらもそう思うでしょ? 」


 朝の静寂を見事に破ってくれたのは、親友の夢ちゃんこと篠川夢美だった。

 この世の終わりだなんて、大げさな……。

 同じクラスにならなくても親友であることには変わりないのに、どうしてこんなに騒いでるのだろう。

 わたしには彼女の悩みがさっぱりわからない。

 こんな風に淡々とした自分の性格は、とっくの昔にわかっていることだ。

 あちこちで親友同士が固まって同じような会話をしているのが、滑稽に思える。

 あまり感情を表に出さない性格がそうさせるのだろうか。

 でもわたしはわたし。それでもちっともかまわない。


 そうは言っても、中学校生活の二年間でそれなりに人に合わせることも学んだ。

 ここで少しばかりその成果が発揮できたかもしれない。


「そうだね。わたしも夢ちゃんと離れるのは寂しいよ。同じクラスになれるといいな」


 表情まで寂しそうにできただろうか。

 棒読みになったけど、気持ちは伝わったと思う。

 一緒のクラスの方がいいのは嘘ではない。


「ふふ。ひいらも同じ気持ちだったんだ。嬉しいな。それじゃあ二人で祈ろうよ! 」

「祈る? 」

「そうだよ。こうやって手を握って目をつぶって、神様にひいらとあたしが一緒のクラスになれるようにって、お願いするの」

「へえ、そうなんだ。わかった、やってみる」


      

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