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世界樹の下のルル  作者: 井平カイ
第二幕 学錬院にて
8/21

模擬戦闘

 蓮達は屋外の演習場へと出た。演習場はちょうど陸上競技場のようなものであり、観客席も設けられている。地面は固い土で、風が吹くたびに土埃が舞う。そこに集まる生徒達は、符が入ったケースを腰に付けていた。そして生徒達の前では、アサギが事前説明をしていた。


「――というわけで、中級符の訓練から入る。各人爆炎符を持って一列に並べ」


 アサギの指示で、全員が横一列に並ぶ。蓮も他の生徒に合わせて並び、目立たぬように一番端に立っていた。


「隣の者との距離を取れ! 符を投げる時は近くには投げるなよ! それと、符の暴走に気を付けろ!」


 符術を使用する際、稀に符が暴走をすることがある。不安定なアルマを流され続けると、符が一種のオーバーヒートを起こし暴発するのだ。符が暴走すれば、本人はもちろん周囲もただでは済まない。故に符を持つ生徒達は、皆真剣そのものである。……ただ一人、蓮を除いて……


「全員準備はいいか? ――では、アルマを込めろ!!」


 アサギの指示により、生徒達は一斉に符に力を込め始めた。汗を流し、全身全霊を込めてアルマを注ぐ。――そう、それこそが、中級符を使う場合の一般的な光景であった。中級と言えど、込めなければならないアルマ量は多い。唸り声や叫び声が演習場に響き渡っていた。

 一方蓮は指で爆炎符を持ち、声を出していた。


「――んんはああああ……」


 ……もちろん、見せかけの声だった。力が込められているようで、よく聞けば脱力してしまいそうになるような声。ある程度の生徒が爆炎符を投げたのを見計らって、蓮もしれっと投げるつもりだった。全ては、目立たないために……

 だがその姿は、アサギにばっちり見られていた。


「……何を遊んでるんだ、アイツは……」


 アサギは呆れながら蓮を見ていた。蓮のアルマ量であれば、とっくに符にアルマを込め終わってる頃なのだが、未だに符には何の反応もない。


(まったく……しょうがない奴だな……)


 アサギが溜め息を吐く中、いつしか何人かの生徒が爆炎符を投げ始めていた。最も早くアルマを溜め終えたのはダヴィー。彼が投げた爆炎符は遠くの位置で爆発を起こす。

 アサギが見守るべき生徒は多い。これからは更に注意して生徒を見守らなくてはならない。蓮なら放置しても全然かまわないレベルであることも知っている。アサギは、とりあえずは蓮のことをスルーすることとした。

 それに甘んじた蓮は、他の者が爆炎符を投げる中、紛れるように投げるのであった。




 ◆  ◆  ◆




 その後も符術の訓練は進んだが、やはり蓮は誰かに紛れるように符術を使う。彼にとって、目立つということは禁忌であった。目立てば色んな人に目を付けられる。目を付けられれば、何かしらの騒ぎに巻き込まれる。騒ぎに巻き込まれるということは、彼の最上の望みである“のんびり生活”とは程遠くなる。……彼は、意地でも目立つ訳にはいかなかった。

 そんなことを繰り返しているうちに、符術演習は終わった。そしてアサギは全員の前に移動した。


「――では、15分の休憩の後、模擬戦闘の演習に入る!! 各人準備をしておけ!! ――解散!!」


 アサギの声で、生徒達は一斉にざわつきながら散り散りに動き始める。ある者は座り込み、ある者は飲み物を飲む。当然ながら、蓮もまた休憩モードに入っていた。全くと言っていいほど疲れてはいないが、とにかくゆったりしたかった彼は、観客席の壁際までノロノロと歩き、壁にもたれかかるようにドッカリと座る。そして、体全身を使ったかのような超弩級の溜め息をつくのだった。


「……はああぁぁぁ……メンドクサイ……」


 項垂れる蓮。それもそうなのかもしれない。アサギによるシゴキが終わった後、ここ最近はのんびりとグータラ生活をしていた彼にとっては、学錬院初日から屋外演習というのが苦痛以外の何物でもなかった。


「――なんか、かなり疲れてるみたいだね。大丈夫?」


 ふと、蓮は誰かの影に覆われ、その影の主からは声がかかる。蓮は誰だかすぐにわかった。何しろ演習が始まる前に話したばっかりだったからだ。

 ゆったりと顔をあげ、予想通りの相手であることを確認した蓮は、怠そうな表情をしながら言葉を返す。


「……すんげえ疲れた……ケント、お前は疲れてないのか?」


 するとケントは笑顔を見せながら爽やかに答える。


「ちょっとは疲れたけどね。……でも、中級符でも時間をかけてアルマを注ぐからそこまではないよ」


「そうか……俺は疲れたぞ……この空気に……」


「……それ、もしかして精神的な話?」


「色々だよ」


「……キミ、変わってるって言われない?」


「たまにな」


 ケントはただ苦笑いをすることしか出来なかった。


「――たかが中級符でそこまで疲れるなんて、ホント情けないわね」


 突然、蓮達の頭上から声が響いてきた。どこか小馬鹿にするかのようなその言い方に、蓮はすぐにピンと来た。ケントは聞き慣れない声に上を見上げる。だがその方向は、日の光が逆光となって射し込んでいて、顔や姿が見えなかった。


「……ケント、反応しなくていいぞ。あれは幻聴、気のせいだ。スルーしろスルー……」


「ちょっと!! 聞こえてるわよ!!」


 蓮の言葉に怒りを露わにしたその人物は、颯爽と壁を飛び下り蓮達の前で仁王立ちをした。その姿を見た瞬間、ケントは固まる。制服こそ同じだが、右腕に赤の腕章がされている。その腕章こそ、上逸クラスの証―――


「あ、あなたは……!!」


 期待通りの反応を見せたケントを見たその人物は笑みを浮かべ、高々に名乗りを上げた。


「――初めまして“二人とも”。上逸クラス所属、アーシアよ」


「じょ、上逸!?」


「………」

 

 アーシアの自己紹介を聞いた瞬間、ケントは更に体を硬直させた。そして蓮は、ポカンと口を開けている。そんな蓮を見たアーシアは、満足気に語る。


「フフ……さすがのアンタでも、私が上逸ということには驚いたみたいね」


「……ああ。正直かなり驚いた」


「そうでしょうそうでしょう」


 アーシアの心は満たされる。昨日から散々な目に遭わされてきたこともあり、蓮が自分のクラスを見て驚愕するのが心地よかった。


「ホントビックリだな。まさかお前が上逸なんてな。全く想像も出来なかった。いやホントに驚いた。だって全くそんな風に見えないしな。いやホントに―――」


「驚き過ぎよ!! 何気に失礼なこと言ってるんじゃないわよ!!」


 得意気にしていたアーシアは、今度は烈火の如く怒り出す。一気に蓮に食って掛かったアーシアだったが、相変わらず蓮は適当に流していた。

 その様子を見たケントは、呆然とする。修練クラスの蓮が上逸クラスのアーシアをからかうその状況は、とても奇妙な光景に思えた。


「……もしかして、蓮君この人と知り合い?」


「知り合いも何も、俺昨日コイツのせいで―――」


「ワーワー!!」


 アーシアは慌てて蓮の言葉を遮る。そして蓮の襟元を掴みズルズルと引っ張って行った。


「おい! 何だよ!!」


「いいから!! ちょっとこっちに来なさい!!」


 少しケントから離れた位置まで蓮を連れてきたアーシアは、誰にも聞かれないように小声で話す。


「アンタ何言おうとしてんのよ!」


「何って……お前のせいで昨日はエライ目に遭ったって話そうとしただけだろ」


「絶対ダメ!! アンタと部屋が同じなんて人にバレたらどうすんのよ!!」


「……ああ、そういうことか。確かにそりゃメンドクサイな……」


「当たり前よ! ……いい? そのことは、絶対秘密だからね?」


「……OK。俺だってゴタゴタなんてのは御免だしな」


 珍しく意見が一致した二人は、何食わぬ顔でケントの元へと戻っていく。


「蓮君? どうかした?」


「いや、別になんでもない。コイツとは、まあちょっと知り合いなんだよ」


「知り合いたくもなかったけどね」


 なにやら二人からは、それ以上聞くなという無言の圧力のようなものを感じる。ギスギスした二人の空気を感じ取ったケントは、これ以上妙な詮索をするのは止めることにした。


「……それより、蓮君大丈夫?」


「何が?」


「忘れたの? さっき教場でダヴィーに言われたじゃないか。“模擬訓練を楽しみにしてろ”って……」


「……ああ、そういえばそんなこと言ってたな」


「忘れてたんだ……」


 二人の会話を横で聞いていたアーシアは、キョトンとした顔で蓮に聞く。


「……アンタ、いったい何したのよ」


「別になんもしてねえよ。なんかさっき教場で、ゴツイ奴にからまれたんだよ」


「それってもしかして、あのデカい奴のこと?」


 アーシアが視線を送った人物は、やはりダヴィーだった。


「お前知ってるのか?」


「まあね。模擬戦闘の度に相手をかなり痛めつける“いい性格”をしてるってけっこう噂になってる奴だからね」


「へえ……そりゃ、確かに“いい性格”だな」


「蓮君他人事みたいに言わないでよ。キミ、そんな人に目をつけられてるんだよ?」


「そうなんだ。アンタ、けっこうヤバいんじゃないの?」


 そう言いつつも、どこかアーシアは面白そうなことを聞いたと言わんばかりの表情をしていた。多少なりとも痛い目に遭ってくれれば、蓮のこの態度も少しは改まるだろう――そんなことを期待していた。


「まあ、何とかなるだろ。それよりアーシア、お前一人で来たのか?」


「何勝手に呼び捨てにしてんのよ。……まあいいわ。もちろん私一人じゃないわよ」


 そう言って、アーシアは観客席に視線を送る。そこには、いつの間にか数十人の生徒が座っていた。彼らに修練クラスの生徒達は徐々に気付き始める。


「……おい、あれ……」


「ああ。上逸の奴らだ……」


 演習場はにわかに騒がしくなる。上逸クラスの面々に、演習場全体がどよめいていた。


「――じゃあ、私もそろそろ行くわね。蓮、アンタともし当たることがあったら、修練と上逸の違いを教えてあげるわ」


「へいへい」


「……フン」


 プイッと顔を逸らしたアーシアは、観客席へと戻っていく。やれやれといった顔でアーシアを見送った蓮は、少しため息を吐く。


「――やっぱり、なんか全員強そうだね。僕等とは格が違うって感じがする」


 ケントは怯えるように呟く。だが蓮は、相変わらず眠そうな顔で上逸の生徒を見ていた。


「……格が違う…ねぇ……」


「……?」


 蓮の呟きに、ケントは違和感を覚えた。蓮は彼らを見ても全く怯む様子はない。しかし、彼はどうやら人の何倍も知らないことが多く、まだ上逸の凄さを知らないだけだろう――ケントは、自分の中でそういう結論に達していた。


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