選別試験
「……はあぁ……」
翌日の朝方、トボトボと道をあるく蓮は、最大級の溜め息を吐いていた。制服に身を包みながら、かったるそうに歩く彼。制服はネクタイとブレザーではあったが、学生服というよりもどちらかと言えば軍服に近いのかもしれない。動きやすく通気性にも優れている。だがそれでも学校の制服というイメージは払拭されず、蓮のテンションを更に下げることとなっていた。
そんな彼の横には、凄まじく不機嫌な表情を浮かべたアーシアが歩く。彼女もまた、昨日と同じ制服に身を包んでいる。彼女は蓮に一切視線を送らないまま、淡々と話した。
「……ちょっと、朝からそんな溜め息つかないでくれない? こっちまで気分が悪くなるわ……」
「……あのなぁ……俺、昨日の夜はロクに寝れなかったんだぞ? おまけに今日から学校と来たもんだ……ルンルン気分なんかになれるわけないだろ……」
「学校? 何それ? 学錬院でしょ?」
「どうでもいいだろ……はあ、眠たい……」
「さっさと寝ないからよ。自業自得じゃない……」
「お前がそれを言うか!? 誰のせいだと思ってるんだよ!!」
「お互い様でしょ!? ドアまで壊してどうすんのよ!!」
「それもお前のせいだろ!!」
昨日の夜、結局アーシアは蓮を外に出したままドアを閉め鍵までかけてしまった。何を言ってもドアを開けないアーシアにカチンときた蓮は、なんと符術でドアを破壊してしまった。おかげでドアは跡形もなく消し飛び、中は荷物が散乱。結果、二人は言い合いをしながら朝まで片付けるはめとなっていた。どちらが悪いかと言えば、結果どちらも悪いのだが……この二人、決して自分の非を認めようとしないのであった。
「……ホント最悪……お姉ちゃんの頼みじゃなきゃ、誰がアンタなんかと一緒に行くもんですか……」
「ならほっとけばいいだろ。俺はもっと寝たかったぞ……」
「お姉ちゃんから言われてるのよ。“何があっても蓮を学錬院へ連れて行くこと”ってね」
「チッ……アサギの奴……」
「だから何でお姉ちゃんを呼び捨てにしてるのよ。アンタ年下でしょ?」
「うっせぇな……別にいいだろ? アサギは何も文句言ってないぞ?」
「常識の話よ! ……ホント、朝から最低……」
「そりゃ俺も同じだ……」
「「はあぁ………」」
今度は二人揃って、大きく溜め息を吐くのだった……
◆ ◆ ◆
学錬院の正門に着いた蓮は、その門の巨大さに目を丸くして見上げていた。日本では考えられないほど巨大な鉄の門。二つ扉は内側に解放され、門の上部には鐘が付けられている。そして続々と蓮達と同じ制服に身を包んだ少年少女が敷地の中へと入っていっていた。
「はあ……でっけえ門だなぁ……」
「当たり前でしょ? ていうかアンタ、私と同い年なんでしょ? これまでどうしてイークスにいなかったのよ……」
「まあ、話せば長くなるんだよ。メンドクサイから話さないけど」
「あっそ。――ホラ、さっさと来なさいよ。教官室に行くわよ」
「ああ……分かったよ……」
再びトボトボと歩き始める蓮。その最中、彼は気になっていた。学錬院に入る生徒達は、皆それぞれ固有の武器を携帯していた。それは剣であったり槍であったり……日本では到底考えられない光景であり、とても不思議な姿に思えた。
(剣道とか柔道みたいな武道の授業でもあるのか? それにしても物々しいな……)
「ホラ! さっさと来なさいよ!」
考える蓮を、もう一度呼ぶアーシア。そしてスタスタと歩いて行った。
「へいへい……」
蓮も仕方なく、それに続いて行った。
◆ ◆ ◆
「――失礼します」
教官室に着いたアーシアは、挨拶をしながらドアを開ける。そして中をキョロキョロと見渡し、アサギの姿を見つけるとその方向へと歩いて行った。
「……アサギ教官、連れてきました」
「ん? ああ、ご苦労だったな」
アーシアに気付いたアサギは、笑みを浮かべて返事を返す。アサギもまた制服のような服装となっていた。しかし蓮やアーシアとはどこか違う、威厳があるような見た目をしている。なるほど、見れば確かに教官と言える服装だろう。
「おお、なんかホントに教官っぽいな、アサ―――」
そこまで言いかけた蓮だったが、その時アサギの射殺すかのような視線に気付いた。それを見た蓮は、昨日アサギに言われたことを思い出す。
「……アサギ教官……」
「結構。……さて、さっそくだが蓮には“選別試験”を受けてもらうぞ」
「し、試験!?」
蓮は絶句した。試験と言えば、机に噛り付き、謎の象形文字とも言える分が羅列された紙と睨み合いをするという蓮が、最も嫌いな行事――蓮の本能は、離脱の二文字を静かに選択する。
「……教官、急用を思い出しました。ちょっと失礼して―――」
だがアサギはすぐに蓮の襟元を掴む。
「逃げるな蓮。試験と言っても、ちょっとお前の力を見せてもらうだけだ」
「ち、力っすか……?」
「そうだ。会場は医務室だぞ。――アーシア、同行しろ」
「わ、私がですか!?」
「ああそうだ。蓮は学錬院の中は初めてだからな。場所が分からんだろう。お前が案内するんだ」
「で、でも、私もそろそろ教場に行かないと……」
「安心しろ。教官には話を通してある。――頼んだぞ」
「……はい……」
アーシアは肩を落とすと、一度頭を下げて教官室を出て行った。大志も肩を落としながらそれに付いて行く。そんな二人を、困ったような表情でアサギは見送った。
◆ ◆ ◆
「……なあ、“選別試験”って何だ?」
廊下を歩きながら、蓮はアーシアに訊ねた。それを聞いた瞬間、アーシアは驚いた表情で蓮を見る。
「はあ? そんなのも知らないの?」
「知ってたら聞かねえよ」
「……アンタ、ホントにどんな田舎から来たのよ……」
「別にいいだろ。……で? 何なんだ?」
「はあ……」
頭に手を当てながらも、アーシアは面倒そうに話し始める。
「……選別試験ってのは、アンタのアルマの量を図るテストよ。その結果がランクで表示されるから、それ次第でアンタが編入するクラスが変わるの」
「へえ……アルマの量でクラスが変わるのか……」
「そうよ。ちなみに、ランクは全部で五段階だから。一番下がD。次からC、B、Aと続いて、一番上がSよ。――ま、Sなんてのはアンタには一切関係ないでしょうけどね」
「Sを取ったらどうなるんだ?」
「はあ? だから、Sなんてアンタなんかが出せるわけないでしょ?」
「例えばの話だよ。どうなるんだ?」
「どうって……当然“特務”に編入されるでしょうね」
「特務?」
「それも知らないの? ……まあいいわ。特務は、言うなれば“エリートの集団”よ。イークス内で上位数名のみが配属される、頂点に立つクラスよ」
「ふ~ん……じゃあDを取ったら?」
「Dなら間違いなく“修練”ね。一番下のクラスよ。ちなみに、クラスは大きく分けて、上から特務、上逸、兵兼、修練の四つのクラスに分類されるの。上であればあるほど、より濃密な鍛錬をしてるのよ」
(なるほどな。特務隊ってのは、とどのつまり学校の特進クラスってことか……それは勘弁だな……)
特進……つまりは特別進学……勉強を他のクラスよりも多くするクラス。特務がその位置であると悟った蓮は、静かに特務だけには入るまいと決意を固めた。
◆ ◆ ◆
医務室は学校の保健室と大差ない内装だった。ただ、通常よりもかなり広く、白衣を着た職員らしき人物が多数いた。ベッドも十数台完備されており、まるで戦時中の医療テントのような風景だった。そしてその奥には、何やらゴツゴツした機械があり、コードが至る所に伸びている。
「――君が蓮君? よく来たわね」
職員のうちの一人、白衣で黒縁メガネをかけた短髪の女性が、蓮達を見るなり歩み寄ってきた。アーシアは彼女に深く一礼をする。それを見た蓮もまた、軽く会釈をした。
「おはようございますアンナ医務長」
「アーシアちゃんありがとう。ご苦労様ね」
(へえ……こんだけ広くて生徒が多いのに、アーシアの名前を知ってるんだ……)
「さっそくだけど、蓮君の選別試験の始めましょうか。――蓮君、こっちに来て」
そうして蓮が案内されたのは、先程の機械の場所。そこにはお立ち台のような台があり、そこへ登るよう指示される。
「はいこれ」
そう言ってアンナが蓮に手渡したのは、コードが数本繋がったハガキサイズの金属の板。蓮はそれを手に取り、表と裏をじっくり眺める。
「……これは?」
「それが測定器よ。方法は簡単。符術を使う容量で、それにアルマを送り込むのよ」
「それだけでいいのか?」
「そう。それだけよ」
アンナはニッコリと笑顔で返す。どうやら筆記試験は本当にないようだ。それを知った蓮は、人知れず安堵の息を吐く。
「じゃあさっそく始めるわよ。さあ、アルマを送ってみて」
「へーい……」
蓮は金属板を右手の人差し指と中指に挟み意識を集中した。むろん、最小限度にするために。
(下手に強く反応させたら特務隊とかいう所に送られそうだしな……慎重に慎重に……)
だが彼の考えとは裏腹に、慎重になり過ぎたがためにアルマはほとんど送られない。当然、機械は全く反応しなかった。中々送られないアルマを見て、アーシアはイライラを募らせていた。
「何してんのよ。早くアルマを送りなさいよ。……まさか、これで全力とは言わないわよね?」
アーシアは見下すように笑いながら蓮を挑発した。それを見た蓮は少しだけ心がざわつく。――そして、思わず金属板を持つ手に力を入れてしまった。
その瞬間、機械から甲高い警報音のような機械音がけたたましく鳴り響いた。
「えッ――!?」
(――あ!! ヤベッ!!)
アンナの驚愕する声を聞いた蓮は、すぐに力を調節した。すると瞬時に機械音は停止した。
「え――あ、あれ?」
アンナは一度メガネを外し、目頭を手で押さえる。そして改めてもう一度モニターを注視した。そのアンナの言動を見たアーシアは、少し不安げにアンナに訊ねる。
「アンナ医務長? どうしたんですか?」
「い、いや……でも……」
アンナはアーシアの問いにすぐに答えず、しばしモニターを観察した。それを台から見る蓮は、ビクビクしながら金属板を持つ。全神経を指先に集中させ、額には汗が滲んでいた。
「……んん、今一瞬だけ、モニターで測定量がランクS近くまで跳ね上がったんだけど……」
「え……?」
「あ、でもほんの一瞬だったのよ。今は数値も落ち着いているわ。たぶん、初期不良ね。この機械もかなり使い古しだしね」
「そ、そうですか……」
アーシアは一瞬心臓が止まりそうになっていた。こんな何も知らない少年が、そんな数値が出るはずがない。改めて、そう言い聞かせていた。
「……ありがとう蓮君。もういいから楽にしていいわ」
アンナの言葉に、ようやく蓮は全身の力を抜いた。
「……ふいぃ……」
やっと解放された蓮は、その場にへたり込む。それを見たアーシアは、手で口元を隠しながらクスリと笑う。
(何アイツ……試験くらいであんなに疲れちゃって……)
言うまでもないが、蓮の疲労の理由はアーシアが考えるものとは大きく違うが、アーシア本人はそれを知る由もなかった。
モニターから一枚の紙を印字したアンナは、ゆっくりと蓮に近付く。
「お疲れ様。あなたのランクはDよ」
「ランクD……」
ランクDということは、一番下のランク。蓮はホッと息をつく。どうやら、調整がうまくいったようだ。
「ただ、あなたのアルマはかなり不安定のようね。データ上ではかなりの振れ幅があるわ。最大の時は、ランクCの上の方まで上がってたわ」
「へえ……」
アーシアは不安定とはいえ、ランクCまでアルマ量が増加したことに少しだけ感心した。アーシアは、蓮のあの様子から、もっと低いかと思っていた。
「まあ、これからの訓練次第ではきっとアルマ量も上がるだろうから頑張ってね」
「へーい」
そしてアンナは、後ろにいるアーシアに先ほどの紙を渡す。
「アーシア、悪いけどこれをアサギ先生に渡してきてくれない? 試験結果だから」
「あ、はい」
「蓮君は少し休んでてね。あなたが編入するクラスがすぐ決まるだろうから」
「マジっすか!? 喜んで休ませてもらうわ!!」
勢いよく立ち上がった蓮は、飛び乗るようにベッドに上がり、さっさと布団を被ってしまった。
「……何よ、アンタ元気じゃない……」
アーシアの言葉に、アンナは苦笑いをするしか出来なかった。
◆ ◆ ◆
「――アサギ教官、蓮…くんの試験結果です」
「お、ご苦労だったな」
教官室に入ったアーシアは、医務室で受け取った蓮の試験結果をアサギに渡していた。それを受け取ったアサギは、上機嫌にアーシアに聞いてみた。
「お前も蓮の試験に立ち会ったんだろ?」
「ええ、まあ……」
「そうか。どうだ? 驚いただろ?」
「驚く?」
「アイツの結果だよ」
「ああ。まあ、確かにランクCの上の方まで上がったのには驚きましたが……。でも、結果はDでしたし驚く程では――」
「……何だと?」
アーシアの口から“結果はD”という言葉が出た瞬間、上機嫌だったアサギの表情は一気に険しくなる。いや、まさに鬼の形相となっていた。それを見たアーシアはビクッと体を震えさせた。
そしてアサギは、受け取った紙をじっくりと眺める。そして、椅子の背もたれに体重を掛け、手を頭に当て天井を仰いだ。
「……アーシア、お前もしかして、医務室に向かう途中で、蓮に特務について言ったか?」
「は、はい……聞かれたもので……」
「やっぱりか……あの、バカ……」
「え? どうかしましたか?」
「……いや、何でもない。ありがとう。下がっていいぞ」
「は、はあ……」
アサギの態度の急変に戸惑いつつも、アーシアは頭を下げ教官室を後にした。一方アサギは、しばらく天井を仰いだまま動かなかった。
(まあ、アイツの性格を考えれば、当然特務なんかには入ろうとは思わないだろうがな……)
そして体勢を戻したアサギは、ニヤリとほくそ笑んだ。
(……だが蓮、お前は大きな勘違いをしているようだな……。お前の望み通り、修練に編入させてやろうじゃないか。後悔するなよ……)
一人ニヤつきながら蓮の編入手続きをするアサギ。その姿は客観的に見ると異様な光景だった。周囲の教官達はアサギの姿を見て固まる。
そして、蓮は修練への編入が決まったのであった―――