トラップ地獄
「いけええええ!! 叩き潰せえええええ!!」
先頭を駆けるマルクは雄叫びを上げる。彼をはじめ、兵士達は血走った目をしていた。全ては、蓮が言った言葉――挑発は見事に成功し、それこそ徹底的に叩き潰すつもりだった。特にマルクの怒りは凄まじい。蓮の顔が頭に過る度に、憤怒の念が彼を支配していた。
「あの小僧……絶対叩き潰す!!!」
忘れているかもしれないが、マルクは大将である。彼が倒れれば敗北が決まるため、本来なら最後部で様子を窺いながら自身の身を考えなければならない。しかしマルクにはそういう思考がなかった。ただ怒りの矛先である蓮を目掛け、自ら先人を切って突き進む。グルモントの言葉を借りるなら、これも驕りの結果なのかもしれない。
兵士達はただ山林を疾走する。その様子を見ていたアサギは一言呟いた。
「……グルモント、基地に戻ったら、ぜひとも“冷静さ”に関する訓練をしてみたらどうだ?」
「……ああ、そうしよう。情けない……」
兵士達を見る限り、そこには学錬院に来た時の集団行動はなかった。全員がばらばらの動きをしながら、何一つ作戦を練ることなく一斉に敵陣を目指していた。グルモントは、その様子に思わず天を仰いだ。
一方教場では、再びざわつきが起こる。見ればモニター上では、警備兵隊のマークが一斉に修練クラスの方に向かっていた。策略も何もなく、ただ一直線に。
以前来た警備兵隊はこんなことはなかった。何手かに別れ、じわじわと追い詰める様に勝負を決めた。だが、今の警備兵隊はまるで野蛮人の集まりのようだった。それほど、彼らの知る警備兵隊とは異なっていた。
それは、アーシアも同様に察知していた。
「どういうことよ……」
モニターを見つめながら、アーシアは呟く。……が、すぐに見当がついた。思わず背もたれに寄りかかり、呆れるように溜め息を吐く。
「……また、アイツが何かしたんでしょうね……」
もはや統率も何もない集団と化した兵士達は、ひたすらに山林を駆け抜けていた。
――が、ここで異変が起こる。
一人の兵士が地面を踏みしめた瞬間、その地面に淡い光が零れた。
「――あん?」
兵士がそれに気付いた瞬間、地面は突如としてうねり始める。
「な、何だ!!??」
かなりの範囲の地面が、まるで海原のように波を打っていた。走っていた兵士達の足は止まり、全員がその場でバランスを取り始める。
当然大将であるマルクもその中心地にいた。
「何だこれは!? 何が起こってる!?」
その問いに誰も答えることは出来ない。何しろ全員が突撃をしている状況であり、警備兵隊の人員全てが身動きを取れなくなっていた。そして次の瞬間、更に異変が起こる。
「―――うわああああああ……!!」
突然兵士の悲鳴がこだました。全員がその方向に目をやれば、声の元の兵士の姿はなく、ただ地面がまるで塔のように空へ突き伸びていた。
「何だあれは!?」
さらに混乱するマルク。すると悲鳴は、次々と起こり始める。
「おおおおおお……!!??」
「ああああああ……!!!」
次々と消えていく兵士達。彼らの周囲では、地面が次々と上に突き伸び、兵士達を上空にかち上げている。上を見れば兵士達が上空を舞い、そのまま地面に落下。うねる地面に叩きつけられた兵士は動けなくなっていた。
「これは―――!!!」
マルクはすぐに現状を理解する。
「全員気をつけろ!! トラップだ!!」
彼らが立つ地面――そこには、多数のトラップが仕掛けられていた。おそらく符術の一つだろう。地面は激しく脈動するように隆起を繰り返し、次々と兵士達を上空へと放り投げる。しかし撤退しようにも、うねる地面で踏み込みなど出来るはずもなく、皆一様にその場で蹲るしか出来なかった。
結果、マルクの指示も虚しく、兵士達は次々と吹き飛ばされ続けた。
「……何、あれ……」
修練クラスの陣営は、呆気にとられていた。彼らの視線の先では、悲鳴を上げながら放物線を描きながら上空を舞うたくさんの兵士達の姿が。何が起こったのだろうか。自分達に猛進していたはずの兵士達は、まるで小さな人形のように成す術なく空を舞う。
「……お前、何をした」
その光景を呆然と見ながら、ダヴィーは蓮に小声で確認する。
「別に。ただ、地面にちょいと細工しただけ」
「符術か?」
「そうそう。ま、ここまで見事に引っかかってくれるとは思わなかったけど」
そう話す蓮は、小馬鹿にするように次々と空を飛ぶ兵士達を見ていた。もはや勝負は決まったようなもの―――畏怖していた生徒達も、それを理解していた。
「――退避!! 退避しろ!! 一度体勢を整えるぞ!!」
ぐらつく地面で何とか立っていたマルクは、必死に声を出す。だが気が付けば、彼の周囲にいた兵士はほとんどが地面に倒れていた。その光景に、マルクは歯ぎしりをする。
(僕達は警備兵隊なんだぞ!? エリート中のエリート――選ばれし者達なんだぞ!?)
目の前の光景が信じられない。誇りと自信は今にもぐらつきそうだった。それでもマルクは何とか踏み止まる。今は自分が突き上げられないことを祈るばかりだった。もし自分さえ生き残れるなら、単身で相手大将を倒すことが出来る――そう考えていた。
ぼーっとしながら兵士達の様子を見ていた蓮は、一人呟く。
「……もういいかな。面倒になってきたし……」
彼がそう呟くのと時を同じくして、マルクの周囲の地面は落ちつきを取り戻した。地面の隆起は収まり、ただ力なく気絶する兵士達の姿だけが残った。
「はあ……はあ……」
マルクは息を切らせながら、修練クラス陣営の方を睨み付ける。
(この屈辱……何倍にもして返してやる……!!)
マルクは剣を強く握り締め、再び駆け出した。
――と思いきや、一歩踏み出した瞬間、彼の足元が赤く光り輝いた。そこに目をやれば、彼の足元には六芒星が浮き出ていた。
「―――ま、まさか……!!」
彼は瞬時に理解したが、時すでに遅し。
「――はい、終了」
蓮の呟きと共に、マルクの足元が爆発を起こす。
「があああああああああ!!!」
爆風に吹き飛ばされたマルクは、一際大きく空に吹き飛ばされる。空中を漂いながら悲鳴を上げたマルクは、そのまま地面に落ちる。そして彼の意識は、強制的に断裂された。
モニター上では、全ての兵士の反応が消える。それが意味することは、ただ一つだった。
「……勝負あり、だな」
その光景を見ていたアサギは、にやりと笑う。グルモントは額に手を当て、ただ呆れる様に首を振っていた。そんなグルモントにアサギは笑みを浮かべながら言う。
「とはいえ、あれはどう見ても開始前に仕掛けたトラップだからな。一応筋は通すか……」
そう言い残すと、アサギは院長の元へ向かった。
「院長、あのトラップの件ですけど……」
「……そうだね、見事なトラップだけど、あれはいくらなんでも、ねえ……」
院長は苦笑いをしていた。アサギは、深く一礼をする。そして踵を返すなり、山頂から高々と宣言した。
「――今回の模擬戦術……修練クラスの、反則負けとする!!!」
……こうして蓮達は反則負けとなり、模擬戦術は終了した。




