虎の威を借る“小物”
二時間後、学錬院郊外。青空の広がる巨大な山林の中には、修練クラスの生徒達がいた。各々が緊張感のある表情をしていたが、どこか絶望に伏しているようにも見える。そしてその中には、気怠そうな雰囲気の蓮がいた。終始溜め息を吐く彼は、頭の中でぼやいていた。
(何で俺が奇襲なんてしなきゃいけないんだよ……)
蓮は大将であるダヴィーをジトリと見る。しかしダヴィーはそんな蓮の視線に気付くことはない。目を閉じ、精神を集中させるかのように佇んでいた。恨みを込めた視線が不発に終わった蓮は苦い顔をする。
ふと、そんな蓮の袖を掴む人物がいた。ルルである。蓮の苦い顔を見たルルは不安そうに彼を見ていた。
「ルル、怖いならさぼっちまえよ。今なら分かんねえだろ」
しかしルルは首を横に振る。そして袖を掴む手に力を込めた。私も参加する――そうとも捉えれる意思表示だった。それを見た蓮は、優しく微笑む。
「……そっか……なら、どっか隠れてろよ? ケガするぞ? 俺なら大丈夫だから、な」
ルルはようやく安心したのか、微笑みながら蓮の袖から手を離した。
蓮は周囲を見渡してみる。どこを見ても山林……確かこの模擬戦術はデモンストレーションと言っていたが……これでは誰にも見られることがない。近くにいたケントに聞くことにした。
「……ケント、この試合って他の生徒は見ないのか? 見れるとことかないみたいだけど……」
「え? 見てるよ?」
ケントはさも当然のように言う。
「見てるって……どうやって?」
「まったく……ほら、あの木を見て」
ケントは近くにあった木を指さした。その幹には、一枚の符が貼られていた。
「“索敵符”って言って、あれで僕達の動きを察知してるんだよ。あれが一定間隔で木に張られていてね、他の生徒は教場からそれぞれの生徒がどう動いているか見てるんだ」
「なら、だいたいの動きしか分からないのか?」
「うん、そうだよ。でも、これは“模擬戦術”だからね。それぞれ個人の具体的な動きまでは分からないけど、全体がどういう流れで攻略をしているかを見るのが主になるから、それでいいんだよ」
(なら、少々派手に動いても大丈夫ってことか……)
蓮は少しだけ安堵した。具体的な動きまで見られるとなると、また面倒なことになりかねない。そうならないことが分かっただけでも、少しはマシに思えた。
「……ああ、でも緊張するね」
「何が?」
「何って……もうすぐ警備兵隊の人達が来るんだよ? もう今からドキドキして……あ! 来た!」
ケントはとある方向に指をさす。蓮がその方角に目をやると、そこにはアサギに先導されて歩く、警備兵隊の兵士十数名がいた。
その姿は、やはり勇ましい。鋭い視線を放ちながら、まるで生徒達を威嚇するかのように歩く。兵士達の威圧的な雰囲気に気圧されたのか、生徒の何人かは既に顔が青くなっていた。
やがて生徒達の前に来たアサギは、声を上げる。
「――全員集合しろ! 間もなく模擬戦術を開始する!」
◆ ◆ ◆
山林の中央に、修練クラスの生徒、警備兵隊の兵士達がそれぞれ並ぶ。兵士の視線に怯える生徒達を、兵士は余裕に満ちた表情で見下すように見ていた。
「まず、双方の大将を発表する。――修練、ダヴィー」
「おう!」
ダヴィーは勇ましく声を出しながら一歩前に出る。
「そして警備兵隊、マルク殿」
「……フン」
名前を呼ばれて出たのは、短い金髪の男性だった。体格は中肉中背だが、他の兵士に比べ、兵装がどことなく厚い。そして他の兵士と最も違うところは、生徒達への視線であった。まるで汚い物でも見るかのように、ニヤつきながら生徒達を見渡す。その視線に、ダヴィーは眉を顰めた。
アサギも当然その視線に気付いてはいたが、特に何も言うこともなく続けた。
「この二名が本戦術の大将となる! 双方が相手の大将を倒せば勝敗が決まる! 注意事項として―――!」
「――ああ、もういいよ」
アサギが説明をする途中、マルクはそれを中断させた。アサギは少し睨み付けるように、マルクの方を見た。
「……マルク殿、“もういい”とは?」
マルクは、自信満々といった様子で答える。
「どうせ勝敗なんて決まってるんだし、余計な説明はしなくていいってことだよ。僕達は忙しいんだ。さっさと終わりにしたい」
「しかし、事前説明は規律で決まっています。もし生徒達の身に何かあったら……」
「大丈夫だよ。僕達だって、こんな“落ちこぼれ”に本気を出すこともないし、軽く気絶する程度にしかしないさ。剣だって模造だし」
落ちこぼれ―――それは、言うまでもなく修練の生徒を指していた。生徒達はざわつく。ダヴィーは眉間の皺を更に深くさせた。そして、さすがのアサギも顔を歪める。
「……マルク殿、生徒達をそういう言い方で呼ぶのは止めてもらいたい」
少し迫力が込められたアサギの言葉。しかしマルクは、依然として小馬鹿にするように話す。
「だって事実だろ? 兵兼クラスにすらいけない力しかないんだし。もし世界に災厄が来ても、一番足手まといになるのは目に見えてるだろ。そんな連中、“落ちこぼれ”で十分だ。……もっとも、“選ばれし者”である僕達が、わざわざこんな余興に付き合ってやってるんだ。僕達に感謝してほしいけどね」
マルクは饒舌に語る。それを聞いたアサギは、一度溜め息を吐き何かを悟った。
(なるほどな……こいつもか……)
アサギはマルクのような人物を多数見たことがある。本国警備兵隊とは、彼の言う通り選ばれた者だけが入ることが出来る、いわばエリート集団。そこに属していることをアイデンティティーにしている人物も少なくない。
――マルクは、その典型的な例とも言えた。そしてアサギは知っていた。こういう輩には、何を言っても無駄であることを。しかし、言われた側の生徒の大多数は、酷く憔悴していた。彼らの気持ちを考えると、何も言わずにはいられなかった。
「……マルク殿、一つ勘違いをしないでいただきたい。学錬院のクラス分けは、身分差を作ることではない。それぞれの生徒の能力に合わせて、その生徒が最も効率的に成長できるようにするためのもの。修練の生徒は、皆よく精進していると私は思っている。見ている私も誇らしくなるほど、鍛錬に励んでいる。
――それを、そうやって決めつけるのは止めてくれないだろうか」
アサギの言葉に、生徒達は救われていた。中には感極まり涙を流す者すらもいた。何しろマルクの言葉は、彼らのコンプレックスを直接斬り付けるようなもの。一番下のクラスにいることの劣等感を抱く生徒達にとっては、聞きたくない言葉だった。
……だが、アサギのその言葉すらも、マルクには届かなかった。
「何言ってんだか。決めつけじゃなくて、事実を言ってるだけじゃないか」
その言葉に、我慢の限界に達したダヴィーが力強く足を一歩前に出した。
「――ハハハ! 何あいつ! すげえ笑えるんだけど!」
その時、重い雰囲気を破るように、ケラケラ笑う声が響く。全員がその方向を見ると、マルクを指さして笑っている人物がいた。――蓮である。
「ちょ、ちょっと蓮くん!」
ケントが止めに入るが、蓮は笑い声を止めない。それどころか、さらに続けた。
「いやだって、普通に自分のことを“選ばれし者”とか言ってるんだぞ? バカみたいじゃねえか!」
まったく空気を読まないように、蓮はケラケラと笑い続ける。その姿に、マルクは顔を真っ赤にさせて激情した。
「貴様ぁ!! 僕を侮辱するつもりか!? 叩き斬るぞ!!」
すると蓮は、急に表情を引き締めた。
「……なあアンタ、“虎の威を借る狐”って知ってるか?」
「知るか!!」
「そうか……まあ、“こっち側”の言葉じゃないからな。知らなくて当然だろうけど。
――お前さ、自分が恥ずかしくないか? だって今のお前、本国警備兵隊って肩書にしがみ付いて、人を見下すことしか出来てない“小物”じゃねえか。そんな奴が災厄が来た時に何が出来るって言うんだよ。それに、それは他の兵士さんも同じだな。何しろ、自分たちの“株”を下げてるそこの“小物”を、誰一人止めようとしてないんだからな。
これじゃ、本国警備兵隊もたかが知れてるな。スゲエ奴ばっかりって聞いてたけど、正直がっかりだ」
蓮の言葉に、他の兵士もまた顔を赤くさせる。確かに傲慢になっていた。見下していた。それは認める。だがそれ以上に蓮の言い方が癪に触っていた。
そしてマルクは、彼ら以上に怒りを覚えていた。更に顔を赤くさせ、腰の剣に手をかける。
「この雑魚が!! 言わせておけば―――!!」
「―――待て!!」
今にも斬りかかりそうなマルクに、アサギは声を荒げた。余りの怒声に、マルクをはじめ、全員が体を硬直させる。
「……マルク殿、間もなく模擬戦略を開始します。その剣は、その時に抜けばいいでしょう」
「チッ……分かってるよ!!」
マルクは踵を返し、急ぐように歩き始めた。――と、急に足を止めたマルクは後ろを振り返り、蓮に鋭い視線を送った。
「……貴様の顔、覚えたぞ。覚悟しておけ……」
「へいへい。ほら、さっさと行けよ」
威嚇したつもりのマルクだったが、蓮はひらひらと手を振りながら軽くあしらう。その姿に、マルクは歯をギリギリと噛みしめる。そして再び、山林の奥地に歩いて行った。
兵士達がいなくなると、生徒達は力が抜けるようにへたり込んだ。凄まじいほどの緊張感から解放されたのか、誰もが大きく息を吐いていた。
「……蓮、アンタ度胸あるわね……見てるこっちが心臓に悪いわ……」
ネラは呆れるように蓮に話す。それに同意するように、生徒達は蓮の方を見ていた。
そんな彼らを、アサギは手を叩きながら立たせる。
「ホラ立て! 間もなく模擬戦術を始めるぞ! 全員配置に付け!」
アサギの言葉に、重い腰を上げた生徒達はゾロゾロと歩き始めた。蓮も行こうとしたが、ここでアサギに肩を叩かれた。
「……蓮、あれは言い過ぎだ。連中は血眼になって襲って来るぞ?」
「まあそうだろうな。てか、それが目的だけどな」
蓮はニヤリと笑いながら言う。
「まったく、お前と来たら……だが、よく言ってくれた。感謝する」
「よせよ。痒くなってくるぞ」
蓮は頬をかきながら照れ隠しをした。その姿に、アサギは微笑みを見せる。そして、もう一度肩を叩き横を通り過ぎようとした。
「――それと、何か考えがあるなら遠慮はいらない。……徹底的に、やってしまえ」
そう言い残したアサギは、どこかへ歩き去って行った。残された蓮は、笑みを浮かべる。
「……言われるまでもねえよ」
蓮は再び歩き始めた。その足取りは、いつもに増して力強く見えた。




